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青山泰の裁判リポート 第10回 大学病院の医師は、アルコールに薬物を混ぜて、性的暴行を繰り返した。

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私立大学病院の内科医・飯塚敏彦被告(30歳・仮名)は小柄で細身、丸刈り頭に黒ぶち眼鏡姿で、憔悴しているように見えた。
後輩の研修医・広瀬洋一被告(28歳・仮名)と東京都目黒区の居酒屋で知り合いの女性2人と飲酒。

二次会のカラオケ店で飲み物に催眠作用のある薬物を混ぜて、意識がなくなった女性をタクシーで港区内の自宅に連れ込んだ。
昏睡状態の女性に性的暴行。意識を取り戻した2人は逃げ出して、警察署に駆け込んだ。
 
 

「合意があった。薬物は
飲ませていない」主張した。


 
 
当初、飯塚被告は「合意の上で行為に及んだ。薬物は飲ませていない」と主張した。
しかし、加害者のマンションの防犯カメラには、正常な歩行ができない被害者の映像が残されていて、毛髪からは催眠作用のある薬物の成分が検出された。
警視庁の捜査の過程で、他の女性に対する性的暴行も発覚し、被害者は合計5人に。罪名は、準強制性交、強制わいせつ、強制性交。
 
飯塚被告の父親が証人として証言台に立った。
弁護側の情状証人は、多くの場合、被告人の家族や友人、会社の上司など。
法廷で被告人の行動や人柄などを証言し、再犯の可能性が低いことをアピールする。
社会復帰後の被告人を監督し、更生をバックアップする約束をすることも。
 
証人は、「良心に従って、偽りを述べないことを誓います」と宣誓。
記憶と違う嘘の証言をすると、偽証罪に問われる可能性もある。
 
 

被告人の父は

「家族全員で支える」と。


 
 
「息子が逮捕されたときは、人生で一番驚いた。愕然とした」
不動産会社を経営している父親は、そう証言した。
そして、「私は今62歳ですが、残りの人生を息子の更生にかけようと思っています。
家族全員で支えていければと思っています」とも。
 
その言葉通り、傍聴席には被告人の母と妹も座っていた。母はエステとメイクアップの仕事をして、妹は結婚して家庭を持っている。
家族で社会復帰後の被告人をサポートする姿勢を見せた。更生を支える環境があることを強調したのだ。
 
父は、被告人の性格に言及した。
「普通のおとなしい子どもだった。新しいことになかなかなじめず、人の評価を気にする面も。興味のあることには没頭する性格だった」
家族仲は良く、東北地方の医科大学へ進学してからも、月に一度は帰省して家族と食事していた、という。
 
 

妻は「息子のメンタルが
やられている」と。


 
 
飯塚被告は、医師国家試験を控えて心療内科に通っていた。
「国家試験に対するプレッシャー、ストレスがあったと思う。新しい場所への適応が下手。自分の中でストレスを解消できなかったのは心の弱さ。
私は、(息子が)薬を服用していたのは知りませんでした」
 
父親の証言は続く。
「(息子は自分の)幼いころの写真を見た時、号泣したことがありました。
事情を知っていた妻は『メンタルがやられてるんです』と。
食事に連れていったりしたが、自信をなくしている様子だった。
 
『外科医は手先が器用な人がなる、内科医は頭がいい人がなる。僕はどちらでもない』と話していた。
社会人になると苦しいこともある、と励まし、内科医志望だが、専門を変えてもいいのでは、と話したことも」
 
飯塚被告は、父親の証言を涙をボロボロ流しながら、必死で感情を抑えている様子で聞いていた。
これまで大切に育ててくれた両親を裏切る卑劣な犯罪を犯してしまったのだ。
しかし、本当に謝罪すべき相手は、家族ではなく被害者のはずだ。
 
 

「犯行を認めていないのに、
示談の提案をするのは……」
 


 
「(息子は)逮捕された当初は絶望している様子だった。しだいに反省していくように見えた」
そう話す父親を、検察官が追及する。
――被告人は、薬物を使って乱暴していながら、『被害者は同意していた』と主張していました。
被告人が犯行を認めていないのに、和解の提案をしたら、被害者側はどう考えると思いますか?
「……弁護士の指示で」
――2人の被害者に謝罪文を出していますね。
「はい。被害者の方と和解するのが誠意だと思っていました」
――2人への謝罪文は、文章は同じで名前だけ違う内容です。まったく違う事件で、まったく違う被害者なのに。
「……」
父親はうなだれて、言葉が出てこない。
 
その後も、父親は「先ほど申し上げましたが」「先ほどお話ししましたが」と連発して、しどろもどろ。
息子の社会復帰後の更生への手助けするというより、『罪をできるだけ軽くしたい』という思いが前面に出すぎていたように感じられる。
被害者の悲痛な気持ちと、息子が犯した罪の重さに思いが至っていないのでは、という印象を受けてしまった。
 
父親は最後に深く頭を下げた。
「娘を持つ親として……大変申し訳ありませんでした」
被告人は涙を流し、上を向き眼鏡を外して涙を拭く。
そして嗚咽した。
 
 

少なくとも3人の女性は
薬物を飲まされて暴行された。


 
 
この事件での被害女性は5人。
少なくとも3人は、薬を飲まされて暴行されたことが認められている。
広瀬被告も3人への性的暴行に関与していた。
 
性的暴行事件では、被害者の名前など、個人が特定できる情報は公開されない。
被害者が証言することがあっても、壁で仕切られた証言席か、別室から音声のみで行われる。被害者への配慮から、今回のように被害者が作成した文書を代理人の弁護士が朗読することも多い。
 
被害者3人の意見陳述を、それぞれ違う女性が法廷で代読した。
Aさんは「一次会ではほろ酔いだったのに、自宅に連れて行かれ、牛乳のような飲み物を飲まされた。頭を押さえつけられ、鼻をつままれ、無理やりに。
友人にLINEした直後に意識が混濁し、突然意識がなくなった。急激な眠気が襲い、まったく抵抗できない、力が入らない、何もする気が起きない状態に。
 
 

「動画が流出する
可能性も指摘された」


 
 
トイレで吐いているのに、両脇を抱えズルズル引きずってベッドへ連れて行かれた。
その後の記憶はほとんどなく、口に指を入れられても反応できない状態だった。
動画撮影された。
 
あの晩、死んでしまった方がよかったのでは、と思うことも。
弁護士から動画が流出する可能性も指摘されました」
 
その後、被告人は、被害者が望んで性交したかのようなLINEを送る。
Aさんの毛髪からは、睡眠作用のある薬物成分が検出された。
 
「被告人は刑期を終えれば事件のことは関係なくなるのかもしれませんが、私は一生、事件のことは忘れません。
私は一生、被告人を許しません」
 
 

「示談申し入れのたびに
金額が上乗せされた」


 
 
 
Bさんは、「事件から2年経ちました。今、思い出すと、嫌悪感、怒り、哀しみ、虚無感が……。
忘れたいと思っても、私にとっては一生忘れられない出来事です。
示談の申し入れのたびに金額が上乗せされ、私は金で評価されているのかと思いました」と。
 
この裁判では、途中で弁護士が交代した。理由は「示談金の問題で信頼を失ったから」と。
合計3200万円もの賠償をしているが、被告人の父親からの援助だ。ねん出のために、自宅を売却した、という。
 
Bさんの弁護士は、「今も、被害者は混乱している。被告人は女性を軽視している。心から反省することを望む」と。
 
代読者はCさんの心境を訴えた。
「私は深く傷を負いました。泣き寝入りしようかと思っていました。
自分に責任があったのでは、と思ったり。
訴えることで被告人に逆恨みされるのでは、とも。警察で話すことも嫌だった。
(被告人は)欲求があっても、理性で抑えるべき。抑えるべきことから目をそらし、多くの人を傷つけ、裏切った。そこに至る想像力の欠如が根本にあると思います」
 
 

「薬物を使った性行為に
悦びを感じていた」と糾弾
 


 
検察官は、論告求刑で被告人を強く非難した。
「強い度数のアルコールと、短期間で作用する薬物を摂取させた。
医師としての専門知識を悪用した。
『合意があった』と証言するなど、被害者に対するさらなる加害も。値踏みするような示談交渉もあった。

被害者はいつまでたっても日常生活に戻れない。
示談書の『理解した』は『許した』という意味ではない。
被告人は、薬物を使った性行為に悦びを感じていた。再犯性が高く、模倣性も高い」
 
 
検察官の求刑は懲役20年。
被告人は表情を変えず、厳しい求刑を覚悟している様子にも見えた。
 
弁護士は「被告人は不安感を治すために薬物を服用していた」と主張した。
「家族は被告人と200回を超える接見をして、賠償のために自宅を売却。
被告人は医師免許も返上した。
被告人のコミュニティが特殊で、週2、3回の合コンをしていた。飲酒したまま性交することもあった。
薬物の薬効を凶器として使用した事案とは違う」と。
 
 

「卑劣な犯行で、常習性や
計画性も認められる」
 


 
判決は懲役13年。
被害者5人のうち3人について、被告人がアルコールに密かに薬物を混入させて抵抗できない状態に陥らせた、と認めた。

「医師である被告人が薬物を悪用したのは卑劣。
常習性はもとより、計画性も認められる。被害者らを性欲の対象としてしか扱わない行為は、厳しい非難に値する」と断罪した。
 
性的暴行の被害者は、事件を訴えることを躊躇(ちゅうちょ)することも多い。
事件を早く忘れたいという痛切な願望もあり、取り調べや裁判でセカンドレイプに晒される危惧も。
被害者なのに「行動が軽率だったのでないか」などと非難される可能性さえある。
 
今回の被害女性の言葉は重い。
「警察に行ったことは大きな負担になりました。
知らない人が怖くなり、新しい人間関係が築けなくなりました。
男の人が近くにいると震えが止まらない。
事件後、会社への通勤にも支障が出ました」
 
しかし、被害女性が勇気を出して警察に訴えたことで、飯塚被告の過去の犯罪が明るみになった。
そして何よりも、新たな被害者が出ることを防いだのだ。

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