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転職アスリート ⑦ 〜 みかん狩りバイト 〜

愛媛県宇和島市の海を見渡せる丘に、みかん農家の集落がある。心地良い潮風が吹きわたる農園が、みかんの甘酸っぱい香りに包まれていた。
僕はケンさんが泊まる隣の農家さんにお世話になることとなった。

日の出と共に、バケツのようなカゴを背負い、ひたすら、みかんを採る。

「ほーなん、カゴいっぱいやけんねー」

とカゴが一杯になれば、それをコンテナに移し換え、さらにそのコンテナが満杯になったら軽トラに積み上げる。

この作業を日が暮れるまで繰り返し、山積みの軽トラで家に帰る。

最初の頃は老夫婦と3人だけだったのが、数日して東京から若い男女がやってきて5人になり、とてもにぎやかになった。

ケンさんの所にも東京から何人か来ていた。聞くところによると宇和島市とフロムエーがコラボをして、大人数が観光バスで新宿からやってきたらしい。農家のお父さんから

「あの子らには、自分が貰うお金の話をしちゃいかんよ」

と僕らは口止めされていた。
東京からの2人は力仕事に慣れておらず、みかんをカゴからコンテナに入れることは出来るが、コンテナを軽トラに積み上げることが出来なかった。

お昼は、農家のお母さんのお弁当をみんなで輪になって食べた。おにぎりと1品のおかずのみだったが、毎日がピクニックみたいで最高に美味しかった。

また、10時と3時になると空コンテナをひっくり返し、テーブルや椅子の代わりにして
お菓子休憩がある。豊後水道が西に広がっており、夕日が海に沈む景色を見て、徳島の朝日が昇る光景を思い出していた。


夜は基本的に自由行動なので、僕らは集落で1番お金持ちの家に集まり、

「酒持って来〜い!」

と毎晩のように宴をして、酒瓶を片っ端から空けていった。

朝起きて軽トラで付いて行ったら、違う農家の畑でみかん狩りをしており、それが昼の休憩まで気が付かないという事もあった。


温暖な気候で知られる宇和島でも冬の朝は寒い。小雨の降る中、手が凍りつきそうになってみかんを採る日もあった。

基本的にみかん畑は山の傾斜地にあるので、コンテナを担いで軽トラまで運ぶのが一番大変な仕事である。

老夫婦と東京のもやしっ子2人がチームメイトなので必然的にコンテナを軽トラに積む役割は僕にまわってきた。僕は、

「コンテナのミカンなんて楽勝っす」

と、それらはラフティングのゴムボートに比べれば軽い物でほとんど1人でトラックを満載にした。

1ヶ月が過ぎ、もやしっ子2人は東京へ帰った。老夫婦から

「もう1ヶ月延長してもらわれへんやろか?」

と頼まれ、僕は残ることにした。ケンさんも隣で、1ヶ月延長するらしい。

季節は冬に向かって、日々寒くなっていたが、宇和島の農家さんはとても暖かく優しかった。

やがて年が暮れようとしていた。僕は60万の現金と段ボール一杯のみかんを手に入して、徳島の実家へ帰ることにした。

このお金を元手にまた旅に出るのだが、その話はいつか書くとして今回はこの辺で筆を置こうと思う。

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