ソングライティング・ワークブック 第78週:ジャンルとテーマ:ラブソング(2)
覚書。
ラブソングというジャンルが古今を通じて人気がある理由のひとつに、ドラマを作りやすいということがあるだろう。この場合のドラマとは何か?
聴く人がある歌を聴き終わったとき、「ああ、聴いたなあ」という感じがする、今ここにいるこの場所から、少し離れたところに心が移動して、歌の終わりとともにまた元の場所に帰ってくる。ちょっと濃密な時間を過ごしたという感じ。そういう結果を生むのがドラマだ、と言えないこともない。
もっとも、それ自体は別にラブソングでなくても体験できる。言葉が無くても体験できる、というか、楽器だけの(言葉のない)、特に「聴かれること」を目指す音楽は音だけでそういうドラマを作ろうとしている。クラシカル音楽の多くはそういったドラマを、和声的な緊張と緩和によって作り出す。不安定な音が安定を求めて動く、その音がまた別の不安定を生み出し、また安定を求める。そこに身をゆだねることのできる人(だけ、とは言わない)が、ああいった音楽の愛好家になる。
長くてせいぜい3分ぐらいまでのポピュラーソングでは、音で長尺のシンフォニーのようなドラマを作ろうとはしない。目的も手段も違う。でも、不安定と解決はある。言葉で不安定を作り出す。ラブソングの歌詞の多くは「私は今こうこうこういう理由で不安定だ。この不安定さをなんとかしてくれ」というものだ。
ドラマティック!
不安定と安定
前回の投稿で示した、「恋愛のステージ」のどの段階においても、「私はこうこうこういう理由で不安定だ。この不安定さをなんとかしてくれ」という状態はあり得る。まだ出会ってないときでも、いつもの生活に対する不満とか寂しさとか、そういったものを解決したいという気持ちは起こりえる。出会えば出会ったらで、この出会いは本物なのかどうか、とか不安定な気持ちは起こりえる。もうちょっと関係が深まって、言葉で「愛してる」とか言われても、欠落を埋めることはできない。
このExtremeの90年代ヒットは、結構赤面させるようなところがある。とくにこの後2ndヴァースとプレコーラス(はっきりしたコーラスがあるわけではないけれど)で歌われる「All you have to do is close your eyes / And just reach out your hands and touch me / Hold me close, don't ever let me go」。こういうのはちょっと恥ずかしいぐらいが、よい歌なんだろう。メロディも効果的だ。上記の「It's not that I want you」から「how you feel」までのメロディがこの「All you have to do」からの赤面させる部分でも歌われるのだけれど、このメロディをすでに知っていることから来る効果は大きい。つまり、聴きながら、来るぞ来るぞ来るぞという感じがするのだ。そして「don't ever let me go」でガツン。
欠落は期待を生み、期待は緊張を生む。音楽的な期待と緊張がうまく言葉の期待と緊張に呼応している例と言えるだろう。
欠落と期待
欠落とは「何かが欠けている」と意識することだ。この意識することが大事で、意識されなければ欠落ではない。「あなたがここにいないことが寂しいのではなくて / あなたがここにいないと思うことが寂しい」である(そんな歌あったよな...)。たとえば「欠落を意識させるもの」を列挙するだけでも歌詞は書けるだろう。The Policeに『The Bed’s Too Big Without You』というのがあったけれど。ベッドとかのアイテムでなくても、意識しているという時間を強調する歌詞もある;
喜びで有頂天なのも悲しみのどん底に沈むのも不安定である
欠落はいつも悲しいこととは限らない。安定は幸せを意味しない。また、期待していたことが起こることが、幸せとは限らない。期待って変なものなのだ。爆発するような喜びとは、期待を心地よく裏切られるときに感じるものだからだろう。
許容される感情の起伏の幅
「残業で会いたいのに会えないけれど、あとでパスタ作ってあげるよ」みたいな歌だとそんなにドラマはない。そういうものが書けてしまったらそれはそれでいいと思う。ジェットコースターを好きな人もいれば嫌いな人もいる。
Jacques Brelの有名な1950年代のシャンソンに『Ne me quitte pas』というのがある。「行かないで」という意味のタイトルだけれど、歌詞がすごい。「行かないで。君のために真珠の雨を降らせてみせる。私の死後も黄金と光で君を包む大地を造ってみせる。愛が王であるような国を造る。そこではあなたが女王だ...」といった調子だ。英語圏でもこのフランス語でよく歌われているけれど、英語版には『If You Go Away』というタイトルで違う歌詞が付いた。当時英語版をプロデュースした人たちは、英語圏のマジョリティにはオリジナルは強すぎると判断したのだろう。
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