見出し画像

ソングライティング・ワークブック 第153週:Cole Porter(3)

ソングライティング・ワークブック目次へ

近頃は何でもありだね(Anything Goes)(2)

わたしをハイにするのはあなた(I get a kick out of you)

『Anything Goes』の主人公はBillyというウォールストリートのブローカー。(舞台上の物語の始まりより前で)富豪の婚約者がいる貴婦人Hopeにタクシーで出会い、良い感じになってしまう。彼女ととその富豪の婚約者Evelynがロンドン行きの豪華客船の上で結婚式を挙げるのを、Billyと、その旧友でナイトクラブ歌手のRenoが協力し合って阻止しようとする、というのが物語の筋である。舞台の大半は船上という設定になる。

ただし、物語の冒頭の場はバーで、生ピアノ演奏が流れている。カウンターで最初に喋っているのはBillyの上司Elishaで、Crocker(Billyの苗字)が来るのが遅い、とぼやいている―そこへBillyが出張のための準備品を渡しにやってくる。Elishaが翌日商用でロンドン行きの船に乗るということが、観客にわかる。

Elishaが退場した後、カウンターに座って観客に背を向け座っていた女性客がBillyに親し気に声をかける(ElishaとBillyが話しているところに登場する、という演出もある)。これがRinoで、彼女も翌日ロンドンに行くと言う。そしてBillyに、一緒にロンドンに行かないか、と誘うのだ。Billyは相手にしない―「別にあっち行ったからといって、ぼくのこと恋しくなったりしないでしょ」。そこでRenoは「可愛い男って、なんでこうも鈍いのだろう」と独白し、ピアノのそばで『I Get a Kick Out of You』を歌い始める―あるいは、舞台にピアノが無くて、単にBillyに対して歌う。観客はこの二人の関係がどういうものなのか、だいたい了解する。この歌のコーラス部分の歌詞は以下の通り。

I get no kick from champagne,
Mere alcohol doesn't thrill me at all,
So tell me why should it be true
That I get a kick out of you?

Some get a kick from cocaine,
I'm sure that if I took even one sniff
That would bore me terrific'lly too,
Yet I get a kick out of you

I get a kick ev'ry time I see
You're standing there before me.
I get a kick tho' it's clear to me
You obviously don't adore me

I get no kick in a plane,
Flying too high with some guy in the sky
Is my idea of nothing to do.
Yet I get a kick out of you

シャンパンではドキドキしない
ただのアルコールにはスリルがない
だから教えて、これがなぜ本当なのか
なぜあなたならドキドキするのか

コカインでハイになる人がいる
わたしにとってはひと嗅ぎでも
ひどく退屈になるのは確か
あなたでならハイになれるけれど

あなたがわたしの前に立っているのを見るたびに
わたしは楽しくなる
あなたがわたしを愛していないのは明らかだけど
わたしは楽しくなる

飛行機に乗ってもワクワクしない
高すぎるところにどっかの男と昇ったって
わたしにとっては何でもない
あなたでならワクワクできるのに

Cole Porter, "I Get a Kick Out of You"(拙訳)

「I get a kick out of you」の「a kick」は「楽しさ」「スリル」「驚き」「刺激」「元気」などなど、文脈によっていろいろに訳せるだろう。「kick」ついでに言えば、英語には「sidekick」なんていう名詞もある。脇役、特に主人公に親しく、主人公を助ける役を意味する。Batmanに対するRobinとか、そういう役回りだ。

この後、Billyはひょんなことで船に乗り込めてしまう―重要指名手配人であるギャング(『public enemy no. 1』)のチケットとパスポートを、誰のものかとは知らずに成り行きで手に入れてしまうーこれが一連のドタバタ劇の種だ。船でRenoはBillyの考えを理解し、Billyの恋の成就を助ける、つまりsidekickを務める決心をする。

舞い上がる3連符

このミュージカルはドタバタコメディで、冒頭のシーンのElishaとBillyのやり取りからして、客をクスクス笑わせるような本になっている。Reno役も押しの強い、テンポの良い喋りで演じられる。

そういうコメディの最初の歌としては、『I Get a Kick Out of You』はちょっとメランコリックだ。明るい曲調で、韻を踏むために選ばれた言葉などユーモラスに書かれてはいるけれど。

コーラスは64小節で、各セクション16小節でおおむねAABA形式。ただ、Aセクションは繰り返されるごとに変容していく。3つのAセクションの冒頭は同じ。「champagne」「cocaine」「plane」で韻を踏む。

最初のAセクションはこのように続けられ、まとめられる;

この時代のポピュラーソングでこのように3連符を多用するのはPorterが始めたことだと作曲家Howard Goodallsが2004年のテレビ番組(『Howard Goodalls' Twentieth Century Greats』)で解説していた。2回目のAセクションではこの3連符がよりしつこくなる;

ソラファ#、ソラファ#と繰り返す。同じ高さでとどまる。メロディも「退屈だよう」と叫んでいるのだ。最後のAセクションはこうなる;

3連符のメロディは堰を切ったように上昇する。2回目の時と違い一度だけd音でピークを作ってアーチ状のメロディを形作る。この飛び立つ感じが歌詞が飛行機に言及していることと呼応している。歌詞の方では飛行機になんて興味ないよ、と言っているのだけれど、思いが募る感じがメロディに表れている。メランコリーはこういうところに表れる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?