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『化物語』に学ぶラノベ攻略法!!

▼基本的に「普通」×「ヒロイン」で構成されるライト文芸

『化物語』は言葉で状況を制圧していく「普通」の主人公・阿良々木暦(あららぎ・こよみ)が、各章にて扱われるゲストヒロインにツッコミを入れていく会話劇として成立しています。

つまり、「普通」と「ヒロイン」との会話をメインに描いた作品であり、その周囲(両親、クラスメイト、教師といった大人)が描かれないセカイ系と呼ばれる作品類型です。

読み手は膨大な“無駄話”から、「ヒロイン」が「どのようなキャラクターなのか」をとてもよく知れる——どういうキャラかわかるというのは、実はとても難しいことで、どういうキャラかわかる→興味を持つ→魅力的に感じることにつながります。

では、『化物語』上下巻にて登場する各話ヒロインのキャラクターアーキタイプをざっと見てみましょう。

ちなみに、このnote で説明しているキャラクターアーキタイプとは、ライト文芸でお約束の類型キャラクターのことです。詳しく学びたい方は、「異能バトルが起きない学園ラブコメをいかに面白くするか」を構造解析した以下のnoteも併読いただくと、より理解が深まるのではないかと思います。

『化物語』上巻
第一話ひたぎクラブ………戦場ヶ原ひたぎ(「優等生クール」)
第二話まよいマイマイ … 八九寺真宵(「のほほん」)
第三話するがモンキー … 神原駿河(「繊細」)
『化物語』下巻
第四話なでこスネイク … 千石撫子(「のほほん」)
第五話つばさキャット … 羽川翼(「のほほん/繊細」)

本構造解析noteでは、①戦場ヶ原、②神原駿河、③羽川翼の三名のエピソードを中心に取り上げていきます。


▼推理劇の構造

一般的に、若年層をターゲットにしたライト文芸・あるいはWeb小説では、「ムズカシ系」と言われるSFジャンルや推理劇ジャンルはやめたほうがいい、とされています。

大嘘です。

もしそのような指南書やハウ・トゥー本があったら、勉強不足か、ライバルを増やしたくないので嘘をいっていると思ってください。

『化物語』はもちろんですが、『Re:ゼロからはじめる異世界生活』をはじめ、「推理劇」の作劇法を用いて描かれている作品は非常に多いのです。

なぜかというと、「推理劇」はそもそも限られた人物相関図の中から犯人を割り出すという、閉じたセカイにある「セカイ系」だからです。

そして、名探偵という記号化されたキャラクターが事件を解決していくというテンプレに則っており、これはそのまま「ライト文芸」の作り方と言えます。

本題に戻しましょう。

『化物語』では、「普通」の主人公が「ヒロイン」と会話していくことで、彼女たちの断片的な情報を集めていきます。

つまり、証言を集めて解決編に向かっていく、探偵そのものなのです。

探偵は金田一にしろ、明智小五郎にしろ、シャーロックにしろ、そして真祖たるデュパンにしろ、普段はだらしないのに(抜けているのにに)、やるときはやる、言葉に特化した頭が回る「普通」属性のキャラクターです。
※「天才」なのですが、「普通」に振る舞っていますね

以下より第一話の分析を通じて、推理劇のように情報が前進していく物語構造・キャラクターの描かれ方を見ていきましょう。

※この構造解析noteを呼んでくださっている方は基本的には『化物語』の内容をご存じの方かとは思います。が、ぜひ未読・未見の方は、一度『化物語』の原作に触れ、文字ベースで表現されるキャラの魅力、ストーリーテリングの見事さを体験してくださればと思います。


第一話ひたぎクラブ

001:
戦場ヶ原ひたぎとの出会い(ミステリアスな戦場ヶ原の情報提示)
セントラルクエスチョンの提示→「およそ体重と呼べるものがないのはなぜ?」

002:
羽川翼に戦場ヶ原の情報を聞く(中学時代の戦場ヶ原の情報提示)

003:
vs戦場ヶ原「戦争を、しましょう」(攻撃的な戦場ヶ原の情報提示)

004:
忍野メメに話を聞きに行く(阿良々木についての情報開示)

005:
戦場ヶ原のアパート(戦場ヶ原の生活感、バックストーリーの情報開示)
彼女の家庭環境

006:
怪異との対決→解決(戦場ヶ原の弱さ)
意外性(シリアス)の調達、セントラルクエスチョンの答え提示「お母さんを返してください」

007:
真相、阿良々木と戦場ヶ原の関係性の発展

008:
オチ

各章が進行するにつれて、戦場ヶ原ひたぎの情報がいろいろな角度がから入ってきて、クライマックスに至れば彼女のことを読み手は「とてもよく知っている」状態になっていることがわかります。

『化物語』ではヒロインと“無駄話”しているように見えて、じつは機能的に情報を提示しているのです。


▼日常と非日常(怪異)

『化物語』は「日常パート」と「非日常パート」とにわかれて構成されています。

「日常パート」ではキャラクターの属性が提示されます。

「非日常パート」では、そんな記号的に描かれたキャラクターの意外性(怪異)を演出します。

「非日常パート」のシリアスな展開が“刺さる”のは、「日常パート」でキャラクターを記号的に描いているからです(読み手を油断させる)。

平面的に見えて、実は奥深さ(シリアスさ)を抱えている意外性(ギャップ)に読み手は“アッと驚く”のです。

以下に第三話を構造解析して、実際に「日常/非日常」が書き分けられているのかを分析していきましょう。

ちなみに、第二話を割愛していますが、第一話→第二話→第三話と、阿良々木と戦場ヶ原の関係性はちょっとずつ前進していきます。

出会い→告白→付き合い始め→デート

……という具合です。


第三話するがモンキー(前半/日常パート)

001:
神原駿河について(学校のスター的な存在の神原についての情報開示)

002:
神原との出会い(ボーイッシュな神原のキャラ属性提示)

003:
戦場ヶ原との勉強会
進学についての相談「一緒の大学に……」
戦場ヶ原に神原駿河について聞く(恋の三角関係)

004:
羽川に神原駿河について訊く(ヴァルハラコンビ・戦場ヶ原と神原の関係性の情報開示)

ここで「クライシス」と呼ばれる、物語を前半と後半に分かつ出来事が起こります。

レイニーデビルとの対決がそれです。

この「怪異」によって、物語は「非日常パート」へと移行します。

第三話するがモンキー(後半/非日常パート)

005:

神原家へ(神原駿河の戦場ヶ原への想いが情報開示される)

006:
猿の手について→忍野の元へ

007:
神原駿河のバックストーリーが語られる(神原が抱える心の傷が語られる)

008:
阿良々木vs神原駿河
戦場ヶ原が駆けつけ、解決

009:
オチ

このように、メリハリのある前・後半の構成「クライシス」によって、ダイナミックなストーリーを読み手は感じることができます。

つづいて第五話の構成も見てみましょう。

第五話つばさキャット(前半/日常パート)

001:
羽川翼への恩義について
(阿良々木にとって羽川という存在の大きさについて情報提示)

002:
羽川の頭痛(羽川の体調が最近、優れないという情報提示)

003:
「デートをします」
戦場ヶ原と阿良々木(と、ひたぎ父)のデート

004:
忍野忍の失踪

ここで物語をわかつのは、羽川からのメールです。
緊急事態が起こったことを察した阿良々木は、羽川の呼び出しを受け、学校を抜け出します。

第五話つばさキャット(後半/非日常パート)

005:
猫耳の羽川(羽川の怪異を情報提示)

006:
回想〜GW事件(羽川のバックストーリー、家庭環境の開示)

007:
忍を探せ!
ブラック羽川(怪異)を解決するためには、忍の力が必要になるが、彼女はいずこかに姿を消してしまった……。
羽川の頭痛(ストレス・怪異)の原因——阿良々木への想い。
身を引くブラック羽川(羽川の成長/恋の終わり)

008:
オチ

西尾維新さんは、「日常パート」で「非日常パート」の伏線を巧みに張っています。

ですが、伏線をそうと気づかせないように、“無駄話”によって隠すのです。

これは推理劇では、真犯人が誰なのかがわからなくさせる、「複雑化」という技術です。

そういった確かな技術が、西尾維新さんの独特の語り口を生み出していると言えます。


▼断片的な語り口(推理劇の作法)

奈須きのこさんによる『空の境界』では、物語の時間軸が各章ごとに行ったり来たりします。

『化物語』は時間軸こそ行ったり来たりはしないのですが、物語開始時点の6月以前に、たくさんの事件が起きています。

物語が、そうした事件が起こった前提でどんどん進んでいくため、6月から物語を読んでいる読み手は、「ん? あの事件はいつごろ起こったんだ?」ということを「推理」しながら物語を読み進めます。

言ってみれば、読み手は脳内に年表を描きながら『化物語』を読んでいるようなものです。

これも「推理劇」の作劇法ですね。

事件が起きたタイムラインを、新証言が出てくる度に更新していくのがそれですから。

『化物語』では、物語開始以前に以下のような時間が流れています。

●中学時代/戦場ヶ原と神原駿河の関係性、彼女たちと同じ中学だった羽川
●中学〜高校二年/体重を失った戦場ヶ原の生活、神原駿河との再会
●春休み/吸血鬼編(傷物語)、阿良々木は羽川に救われた……らしい。
●GW編/羽川とブラック羽川の事件(猫物語)
○6月/物語開始地点

物語を読みながら、上記のような年表を読み手はは脳内に築いていきます。

これは、脳という情報空間に整合性のあるもの(ゲシュタルト)を作り上げようとする作業、すなわち知的生産活動です。

並列的に語られるバラバラなものを、順序立てて組み上げ、完成したときの楽しさは、プラモデルやパズルを組み立て終えたときの満足感に似ています。

そう、西尾維新さんの作品を読んでいると、まるで自分が物語を「創作」しているかのように、脳内にキャラクターたちの時間軸を構築していけるのです。

そして——『化物語』では断片的に過去のエピソードが語られていきながら、唯一、時限爆弾のように着実に進行していくイベントがあります。

それが、文化祭です。

文化祭というイベントに向かって突き進む時間軸を主軸として、断片的な過去エピソードを集めていく。

そんな最後のワンピースが——第五話の「オチ」として描かれます。

『化物語』の上・下巻を通して読み終えたとき、とても大きな満足度が得られるのは、このような「断片的」に語る技術によって生まれているのです。


▼キャラクターについて

大体、名前の方が先行する。名前というか、概念かな。
まあ、ライトノベルのイラストのようなもんだ。ビジュアル化される前に既に概念は存在している——名は体を表すとか言うけど
                         『化物語』忍野メメ

上記に引用したセリフは、『化物語』上巻にて語られるセリフです。

西尾維新さんは、ライトノベルにおける「アーキタイプキャラクター」を意識されていた「フシ」があることが察せられる記述です。

「アーキタイプキャラクター」とは、ライトノベルで描かれる「まんが・アニメ的な記号」としてキャラクターのことです。

大塚英志さんの上記の書籍などで言及されています。

ライト文芸は特に、「表紙」で購買を判断される媒体です。一般文芸との最大の際は、「キャラクター」が表紙を飾り、壮麗な挿絵があることでしょう。

故にライト文芸は「パッケージビジネス」です。

そして、そんな表紙を飾るキャラクターを魅力的にするには?

小説本編に、「表紙になりそうな」記号的な「アーキタイプキャラクター」が描かれる必要があります。

では、『化物語』ではどのような「アーキタイプキャラクター」が描かれるのか、以下に見ていきましょう。


■阿良々木暦(あららぎ・こよみ)/普通
「そんなことだから、僕は——いつまでたっても大人になれない子供なんだってさ。いつまでも大人になれない、子供のままだ——そうだ」

阿良々木はライトノベルの主人公のお約束の「キャラクターアーキタイプ」、「普通A」に類型されます。

「第二話 まよいマイマイ」では以下のような会話がなされます。

「では、何とお呼びしましょう」
「そりゃ、普通に呼べばいいよ」
「ならば、阿良々木さんで」
「ああ、普通でいいな、普通最高」

阿良々木は「普通」に価値を置くキャラクターです。

この、主人公が「普通」であることに価値を見出すというのは、『空の境界』にも見られます。

 平凡な、当たり障りのない人生。
 けれど社会の中でそういう風に生きていけるのなら、それは当たり前のように生きているのではない。
 多くの人々は自分から望んでそんな暮らしをしているわけではない。特別になろうとして、成り得なかった結果が平凡な人生というカタチなのだ。
 だから——初めからそうであろうとして生きるコトは、何よりも難しい。
 なら、それこそが“特別”なこと。

上記は両義式というヒロインが、主人公の黒桐幹也を評した言葉です。

主人公は「普通」ですから、当然、活躍できるはずがありません。

『化物語』では徹底していて、怪異を解決するのは主人公の阿良々木ではなく、ヒロインたちです。

「第一話 ひたぎクラブ」→戦場ヶ原が自分で解決する
「第三話 するがモンキー」→神原を救うのは戦場ヶ原(阿良々木は当て馬)
「第四話 つばさキャット」→ブラック羽川を倒すのは、忍野忍

それでは、「普通」の阿良々木くんは主人公にふさわしい活躍をしないのでしょうか?

そんなことはありません。

阿良々木くんが主人公らしく感じられる、ヒーロー演出は、どのように表現されているのかというと、

「私が何より気に食わないのは、阿良々木くんが、たといそんな身体じゃなくても、同じ行為に身を投じていただろうということがはっきりとわかってしまうことよ」

戦場ヶ原が阿良々木を表する上記のセリフ以外にも、羽川に「阿良々木くんはみんなにやさしい」と皮肉を言われます。

阿良々木は、「普通」で力を持たないのに、困っている人がいたら「助けようとする」。

この「熱さ」こそがヒーローとしての演出になります。

自分には何の得にもならないのに、また自分には力がないのに、助けるための一歩を踏み出す——この姿は『僕のヒーローアカデミア』のデクくんに通じるものがあります。

※デクくんも最初は「普通」のキャラクターです。

そして——この一歩を踏み出す「熱さ」を「勇気」と呼びます!!

主人公(=ヒーロー)の条件は、「特殊な力を持っている」ことではなく、むしろ、それすら持ち合わせていないのに、一歩を踏み出す勇気にあると言えます。

「ノノは本当にバカでした……。《バスターマシン》があるとかないとか、関係ないのですッ! 《バスターマシン》さえあれば、なんて思う者が、本当のトップになれるはずがありませんッ! なぜならば——自分の力を最後まで信じられる者にこそ、真の力が宿るからですッ! きっと本当の《バスターマシン》パイロットは——本物の“ノノリリ”は——心に《バスターマシン》をもっているのだから!!!!」

上記は『トップをねらえ!2』のセリフです。

《バスターマシン》が「特殊な力」に当たりますね。

このように、阿良々木くんは「勇気」によって、全ヒロインを救済して恋愛フラグを立てまくる!

そうしてヒーロー=主人公としての演出をしているのです。


■戦場ヶ原ひたぎ(せんじょうがはら・ひたぎ)/優等生クール
「私が欲しいのは沈黙と無関心だけ。持っているならくれないかしら?」

『化物語』の戦場ヶ原ひたぎは、「優等生クール」に類型されます。

本編のなかでは「ツンデレ」として描かれています。

「ツンデレ」と「優等生クール」は似ていますが、両者の間には明確な違いが存在します。

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