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作家はメンタルが9割(1) はじめに

 みなさんは他人からアドバイスをもらっときに、お礼が言えてますか? 批判されたり、できていない部分をあげつらわれて、感情的にならずにいられますか? 自分は間違っていないのに、理不尽な修正要求に「よろこんで!」と笑顔で対処できますか?
 多くの人が難しいのではないでしょうか。なぜでしょう? それは教わらないからです。「大人になれよ」とか「がまんしろ」とか「まあ、いいことあるからがんばれよ」とか。「感謝が足りない!」「謙虚になれよ!」とか。根拠のない慰めやお叱りは聞かされるけれども。どうやったら批判や指摘や修正要求に応えられるメンタルを整えたらいいのかを教わらない。
 それに、みなさんはどうやって信念を維持していますか? 信念がないと、疑念が湧いてきます。疑念だらけで作家はものを書き上げることはできない。「面白くないかも……」「売れないかも……」「きっと駄作だ……」これでは無理ですよね? でも、どうやったら信念を維持するのかは教わらない……。
 不安とどう向き合っていますか? 「書き上げられなかったら?」「自分に書ける?」「デビューできなかったら」「仕事がこなかったら」「契約を結べなかったら」商業作家には、いろんな不安がつきまといます。AIに仕事が奪われるかもしれませんよ? どうするんですか?
 自分と同年代、自分より年下の作家が売れていたら、嫉妬しませんか? 嫉妬に狂っても、何も生まれないのに、どうやってその荒れ狂う感情の嵐を沈め、自分と向き合い、書くことに集中していますか?

 僕の本業は作家・脚本家です。いわゆる商業作家、というやつです。そして作家をしながら講師もしています。学生の方に毎週毎週、知識と技術をお伝えしています。創作の手助けができればと、いろいろ工夫を凝らして授業資料を作っているつもりです。ところが、商業作家の専門知識をお伝えすればするほど、こういう意見を学生の方から頂戴する機会が増えてきました。

「学べば学ぶほどわからなくなる……」

 正直な話をしましょう。こういうとき、僕は本当はこう言いたいです。「四の五の言わずに書け!」と。言い訳を並べても、作家にはなれません。だから書くという行動に移してもらわないと、どうにもならない。
 つまり、こういうことです。どんなに有意義な知識や技術をお伝えしても。それを実践し、書いてくれないことには学びは活かされない。どうやったら学生の方に書いてもらえるだろうか。考えに考え、僕はふと、自分が商業作家になったときのことを思い出しました。
 15年前、僕はProduction I.G.というアニメーション制作会社の文芸進行として働いていました。押井守監督や神山健治監督のスタジオで、企画書や文芸設定、脚本や記事に執筆を担当していました。そんな会社に入る際に、神山健治監督にこう言われました。

「脚本家というのは、どうしてお金がもらえるか知っているか? 胃痛の治療費としてだぞ?」

 なんと思いやりのあるお言葉でしょうか。この門をくぐる者なんとやら、です。その後15年の作家生活で、僕は監督の警告が本当だったことを身をもって痛感しました……。
 そうです。すでに僕は15年前に教わっていたのです。作家はストレス管理――すなわち、メンタルが9割だと。

 みなさんはアニメスタジオで働くアニメーターさんたちのことをご存知でしょうか? アニメーターさんは絵がうまい人たち、という認識の人が多いと思います。それは合っているのですが、間違っています。アニメーターさんの絵は、9割否定されます。
 原画担当者の絵は監督、演出チェックを受け、さらに作画監督、総作画監督の修正を受けます。アニメーターさんは、自分の自信作の絵を、否定されながらもクリエイティブに向かっていかなければなりません。そういう意味で言えば、作家だけでなく、アニメーターも演者も漫画家も、クリエーターはメンタルが9割だと言えると思います。

 商業作家はいろんな人から意見を頂戴します。編集者やプロデューサー。読者や周囲の意見。企画関係者。そういった人たちに「ああだ」「こうだ」言われます。作家の書きたいことはまず、否定されます。
 簡単な解決方法があります。他人のいいなりで書きたくなければ、書かなければいい。あるいは、個人でネットで公開すればいい。
 ですが、商業作家です。依頼者から、お客様からお金を頂戴する代価として僕たちはエンタテイメントを提供しなければならない。誰かの意見に耳を傾け、取り入れていかなければ作品は世に出ません。
 ちなみに、アニメーターの絵を否定するのは、専門家たちです。絵がさらにうまい人たちです。しかし、作家が書いたものに四の五の言うのは、プロではない人も含みます。
 想像してみましょう。もしあなたが一生懸命書いたものを、です。ろくに本も読まないような愚か者に、偉そうに「もうちょっとこうしたら?」と言われたときのことを。その意見は正しいかもしれません。あるいは間違っているかもしれない。でも、感情的にならずに冷静に正しくそれが判断できるでしょうか? 傾聴できるでしょうか? これには訓練を必要とします。つまり、メンタルを整える訓練が必要というわけです。

 みなさんは毎日、どのくらい執筆されているでしょうか? 8時間? 12時間? それ以上? 兼業されている方だったら、限られた時間で書かなければならないことでしょう。仮に4時間としましょう。経験上、クリエイティブになれるのはこれぐらいなので。24時間のうち、4時間です。20時間、私生活(プライベート)や別のことをしているわけです。

 その私生活や別のこと(仕事)でトラブルが発生したらどうでしょう? 家族とケンカ、病気、育児。あるいは仕事でミスが発生し怒られ、うまくいかずに悩む……。

 あなたの執筆は、この私生活や別のことをしている20時間にかなり影響を受けています。作家の知識・技術をお伝えしても、なかなか行動・実践に踏み切れないのはここに由来します。

 私生活や別のことをやっているから、心を切り替えて執筆に集中する、そのメンタル技術を誰も教えてくれないのです。自分で勉強しない限りは。

 講師として、僕は商業作家の攻略法をお伝えしています。ですがときどき、こういう風に言われます。

「いや、それは先生のやり方なので……」

 その度に、僕はもったいないな、と思うのです。せっかくの攻略情報です。それを使えばある程度、成果が出ることが実証されている知識・技術なのです。なのに、それを素直に行えないのはなぜなのか?

 心のコップの話をしましょう。コップに水が入っているとして。あなたはどうやってそのコップに新しい水を入れますか? 捨てないと、新しい水は入らないですよね? これと似ているのが、心のコップです。コップは上向きでないと、水が入らない。心のコップが上向きじゃないと、学びは得られないということになります。

 では、どうやったら心のコップを上向きにできるのでしょうか? メンタル技術をどこで学べばいいのでしょうか?

 この連載『作家はメンタルが9割』は、商業作家として必要なのに、どこでも学べない・教えてくれない知識・技術をみなさんにお伝えしたくてはじめました。だって、心身ともに健やかな作家が増えたら、この世界を救えるじゃないですか。たかが一作家に過ぎない僕が、誰かの心を救い、すばらしいエンタテイメントを生み出す才能の原石を生み出すお手伝いができるのなら、こんな素晴らしいことはないと思うのです。


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