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一生の、一生のお願い 第9話

 隣の部屋から、コールをかける声がした。その後にグラスの鳴る音が続く。店員さんは忙しそうに走りまわり、オーダーをするために捕まえるのも一苦労だ。俺は心の中でため息をつく。

 正直サークルの飲み会じゃなかったら、さっさと帰りたい。だが、お酒を飲みながら、みんながわいわい話をしている雰囲気は好きだ。

 隣に座っている祐輔は身体をフラフラさせている。この調子だといい感じに酔っぱらっているんだろう。

「ちょっと、ここいいかな?」

 美紀先輩だ。その声を聞いて、祐輔も急にシャキッとした。

「どうぞどうぞ」

「じゃあ、失礼します」

 そう言って、美紀先輩は俺の前に空いていた席へ座った。

「祐輔くん。飲み会に来るの、久しぶりじゃない?」

「あっ、はい。最近はバイトの方も一段落ついたんで」

「そっか。良かった」

「この前は美紀先輩にも心配掛けてすみませんでした」

「いいの、そのことは。その日にメッセージでも謝ってくれたじゃない」

「でもーー」

「理由があってのことだもの。私も自分で学費をなんとかしなきゃいけない状況だったら、がんばっちゃうと思う。でも、無理し過ぎないでね」

「はい」

 祐輔はあれからバイトをセーブしているようだ。弘樹からも「元の祐輔に戻った」と聞いている。

 美紀先輩と祐輔の三人で雑談をしていたら、彼女の隣に座っていた人が立ち上がった。

 そのタイミングをずっと見計らっていたんだろう。空いた席へ勇人が滑り込んできた。ちゃっかり美紀先輩の隣を確保できたのが嬉しかったみたいだ。満面の笑みを浮かべている。

 改めてみんなで乾杯をした後、勇人は祐輔に尋ねる。

「祐輔、今日はいい服着てるな」

「サンキュ。これ、この前貴史と一緒に買い物へ行った時に買ったんだ」

「ふぅん。本当にお前ら仲がいいよな。ちなみに、どこで買ったんだ」

「○○○だよ」

 美紀先輩も祐輔を見て、言う。

「確かに、祐輔くん。最近おしゃれになったよね。良く似合ってる」

 美紀先輩の言葉に、勇人は何とも言えない表情をした。自分の言葉が思わず祐輔のサポートになってしまったことに複雑な思いなのだろう。

 楽しい時間もあっという間に過ぎて、そろそろ帰ろうかと席を立つ準備をしていたら、美紀先輩が男性から声をかけられた。

「お姉さん、かわいいね。何カップ? 一緒に飲もうよ」

 スーツ姿ということは酔っぱらいのサラリーマンだろうか。美紀先輩は笑顔で穏便にあしらおうとしている。

「でも、もう帰らないといけないので」

「いいじゃん、冷たいこと言わないでさ。終電って時間でもないでしょ」

「いや、でもーー」

 これは助けなくては。そう思っていたら、祐輔が美紀先輩と男性の間にスッと入った。

「嫌がってるじゃないですか。止めてください」

 急に出てきた祐輔に男は一瞬怯んだ。けれども、祐輔の顔を見るなりケンカ腰の態度に変わった。コイツなら勝てると踏んだのだろう。

「なんだよ、お前。彼氏?」

「違いますけど」

「じゃあ、邪魔するなよ。ガキが」

「はぁ? 女性に対して性欲丸出しの人の方がよっぽど子どもっぽいと思いますけど」

「なんだよ、それ。生意気なこと言いやがって。大体、誉めてるだけだろ」

「へぇ、そうですか。ところで、お兄さん。エロい身体してますよね」

「お前、ホモかよ。キモいな」

「あんたが彼女に言ったのと同じように言っただけですけど。ちなみに、誉めてるだけですよ」

「けっ、萎えたわ」

 男性はバツが悪そうな顔をして、吐き捨てるように言うとそのまま出ていった。美紀先輩は安心したような表情で祐輔のことを見つめる。

「祐輔くん、ありがとう」

 男が見えなくなった途端、祐輔は力が抜けたように近くの座敷へ座りこんだ。

「あぁ、怖かった」

「大丈夫?」

「はい。美紀先輩のことを助けなくちゃと思って、必死だったんで。力が抜けちゃいました」

 祐輔は自分の頭を掻く。

「もう。無茶して」

「でも、当然のことをしただけですよ」

「そんなことない。私、時々あんな風に知らない人から声をかけられることがあるんだけど、いつも困ってて」

「美紀先輩、魅力的ですからね。でも、本当に素敵なのはその内面なのに」

「ふふふ。祐輔くんったら。でも、そう言ってくれてうれしいわ」

 美紀先輩の瞳は心なしか潤んでいる気がする。俺は祐輔の肩を叩く。

「今日はがんばったな」

「うん」

「お前、どちらかって言えば口げんかは弱い方なのに。今日はどうしたんだよ」

「サークルでも美紀先輩のことをエッチな目でしか見ない人がいるじゃん。最近、そういう人たちにどう言ったら止めてもらえるのか考えてたんだよね」

「そうなのか」

「うん。元々考えてたことだから言えただけなんだよ。もし、急に言われたら、もっとわたわたしたと思う。あの人もあんまり反論しないで行ってくれたから助かったよ」

「そっか。それにしても、美紀先輩、お前のこと惚れなおしたんじゃないか」

「えへへ。美紀先輩にはいつもお世話になってるからね。これで少しはお返しできたんだったら良かったよ」

 祐輔はのんきなことを言っているが、勇人は悔しそうな顔だ。今日のことで「リードされた」とでも思っているのかもしれない。

 おかしなことにならなければいいが。

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