ナンパ師になりきれない男②
伝説のナンパ師アレハンドロ・ハリマオ曰く。
「常に備えよ。出会いはどこにでも落ちている。'ない'と思うのは、実際には見ていないだけだ」
この言葉を知るまで、僕は「良い出会いはないかな」と思いながら、毎日同じ生活を送っていた。
しかし、それは大きな勘違いだった。出会いがないのは恋愛のアンテナを立てていないから、見落としているだけに過ぎない。
いつもの通勤電車でも、きっかけをつかめればラブロマンスは生まれるのだ。
また、同性の友人やタイプではない女性も大切にしておくことが、思わぬ出会いを運んできてくれることもある。
そして、チャンスはいつ訪れるかわからない。だからこそ、ゲットするには日々の鍛錬がモノをいう。
例えば、僕はいつ身体を見られても恥ずかしくないように会社の飲み会の後でも日課の筋トレを欠かさない。今日参加するコミュニケーション講座もそんな一環だ。
講座がはじまるのを待っていたら、僕は声を掛けられた。
「この席、いいですか」
目を上げると二十代くらいの女性だった。白いワンピースを着て、海辺にたたずんでいる姿が似合いそうだ。
天が与えてくれたこのチャンス。感謝を捧げて、ありがたく頂こうではないか。
「いいですよ。今日はよろしくお願いしますね。僕は山本裕志です」
こちらが先に名乗れば、相手も名前を言わざるをえない。名前を知ることが、距離感を縮める第一歩だ。
「ありがとうございます。私は高宮多恵です。こちらこそよろしくお願いしますね」彼女は会釈した。
今日の講座は幸いにも実技の演習が多かった。おかげで隣に座った彼女とはじっくり話すことができた。
話をしていると偶然にも地元が近く、多恵は僕が別の講座で仲良くしているメンバーとつながっていることがわかった。だったら、運命を意識させる一言が有効だろう。
「こんなにいっぱい人がいる東京で、たまたま共通の友人がいる人と隣になるだなんて何かご縁を感じますね」
「そうですね。これからもご一緒する事があれば仲良くしてくださいね」多恵は笑顔で応える。
よし、決まった。これはいい流れだ。失敗は恐れず。だが、氷の上を歩くかのように。僕は更に一歩踏み込む。
「今日はお話できて楽しかったです。時間があれば少しお茶でもいかがですか」
「いいですね、私も裕志さんとはもう少しお話したいと思ってました」
その答えに心の中でガッツポーズをしながら、頭の中は近くにある使えそうな喫茶店の検索をはじめる。
彼女と話をした印象から考えると落ち着いて話せるけれども、少し独特な雰囲気のあるお店が気に入りそうだ。
だとすれば、この近くだったら、二つ候補がある。ここは二択作戦だ。相手の参加意識と楽しい感じを高めよう。
「じゃあ、この近くに良いお店があるのでご案内しますよ。ちなみに秘密基地っぽいお店とオープンで眺めの良いお店のどちらが良いですか」
「秘密基地だなんて、ワクワクする言葉の響きですね。そっちに行ってみたいです」
「オッケーです。じゃあ、そこにご案内しますね」
僕はタクシーを捕まえて、行く先を伝えた。彼女はヒールの靴を履いている。歩かせない気遣いでポイントを稼ぐ。
タクシーを降りて、うす暗く人が入るのを拒むかのようなたたずまいの扉を開ける。
中はファンタジー小説の一場面にもぐりこんだかの様な気分にさせる内装だ。テーブルクロスも地図のデザインになっていて、細部に非日常を感じさせる工夫がされている。
「わぁ、素敵なお店をご存知なんですね」
「いいでしょう。たまたま通りがかった時に入って気に入ったんですよ。お気に召しましたか」
「ええ、とっても」
多恵は小鳥のように部屋の隅々まで見渡した。そして、彼女はカップを手に取る。
「それにこちらのカップはすべてデザインが違うんですね」
夢見心地のような調子で彼女はつぶやく。更に運命感を意識させる言葉で、ダメ押しだ。
「カップとも偶然の出会いって感じがして良いよね」
まずは講座の感想などを話し合った後、僕は次の段階に進むための仕掛けをいれる。
「実は僕、少し手相が診られるんですよ」
「へぇ、そうなんですね。私、占い好きなんですよ。もしよろしかったら私の手相もみていただけますか」
よし、かかった。手相をすると言えば、ボディタッチする理由が出来る。身体に至る第一歩だ。それに占いは相手の深いところに、相手の警戒心を感じさせずにアプローチできる。上手くハマれば、心は丸裸だ。
「もちろんですよ」
僕は多恵の手に触れながら続ける。
「多恵さんは優しそうに見えて、内面は強い意思を持っている方じゃないですか」
「そうなんですよ。周りの人は私のことを'か弱い'っていう印象を持つんですが、そんなこと全然ないんです」彼女は力がこもった声でうなずく。
「僕も手相を拝見しなければ、そんなことわからなかったかもしれませんね」
「男性も'私のことを守りたい'って近づいて来るんです。だけど、実際の私に気が付いたら'君は一人でも大丈夫なんだね'って、去っていっちゃうんですよね」
「そうなんだ。それなら、少しずつでも良いから自分自身のことを相手に伝えていった方が良いかもしれないね」
「なるほど」
相談事に対して課題を与える。これで'そのあとどうだった?'と接点を持つくさびを打つ。いくつかあった方がいい。僕は話を続ける。
「それに、手相から見ると言いたいことをハッキリ相手に伝えられないみたいだね」
「何でわかるんですか、スゴい。'自分がこう言ったらどう相手が反応するんだろう'って想像しながら話をしているから、いつも話をするのが疲れちゃうんです」
「それはとても疲れそうだね。会話はキャッチボールってよく言うよね。キャッチボールを続けるには自分だけがいくらがんばっても、相手も取る努力をしてくれないと続かないでしょ」
「はい」
「だから、会話も全部コントロールしようとせずに相手に任す部分があってもいいんだよ。それに仮に上手くキャッチしてもらえなければ、もう一度伝えても良いじゃん」
「そんなこと考えたこともなかったです。今度、機会があれば試してみますね。今日は良いことをいっぱい聞いたからちゃんとメモしておかなくちゃ。もしよろしければ、連絡先を交換させてください」
「もちろん」
どうやら多恵の内面の深いところを相手の抵抗なくつかむことができたようだ。この感じなら次も期待できる。
その日からはじまった多恵とのやりとりの中で、子どもの頃の話からお互いにあだ名で呼びえるように流れを作った。
更に調査の結果、彼女は和食が好きらしいことがわかった。前回のお店の選択から考えて、ちょっと変わった提案の方が引っ掛かりそうだ。僕は彼女に淡路島料理のお店を知っていることを伝えてみた。
案の定、彼女が興味を示してくれたのでそれを口実に早速二週間後にごはんをする約束ができた。無事に店の個室も確保。チャンスがあれば、いつでも踏み込める布陣だ。
僕たちは最寄りの駅で待ち合わせて、店に入った。淡路島名物の玉ねぎをはじめとして、いくつかの郷土料理を頼む。
一通り揃ったあと、多恵から僕のアドバイスの成果について報告があった。
「あの後、人と話をする時に早速ヒロさんに言われたように試してみたんですよ」
「多恵ちゃん、早速試したんだ。すごい行動力だね」
「やってみたら、かなり楽に話ができるようになりました。ヒロさんのお陰です」
嬉しそうに話をする多恵の顔を見ていたら、こっちも自然と嬉しくなった。同時に、今日はもう一歩進めると確信を持った。
僕がこの後のプランについて頭をフル回転させていたら、多恵は何気なく言った。
「お陰様で彼氏との会話もあまり疲れなくなりました」
えっ、彼氏!?
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