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認めざるを得ない

僕は施設園芸で胡瓜を栽培している。暑い中での作業合い間の夕方。少しだけ涼しい風に当たりながら、Spotifyから流れてくるMIXリストの、誰の何という楽曲かはわからないのだけれど、耳障りの良い洋楽を聴きながら、少しの間ボーッとしていた。大好きな加熱式タバコ“iQOS ILUMA”をくゆらせながら、、、ILUMAに替えたのは最近ではあるが、どうでもいっか。

ともあれ、それはそれで心地の良い時間である。

最近は、そんな自分のペースで、少し自由に仕事をしているところもある。自営業なので。

そんな時間を楽しめるようになってきたからか、はたまた気持ちに余裕がでてきたのかよくわからないが、最近になって認めざるを得ない自分がいるなって思う。僕はいつまで経っても面倒くさがりなんだなって。
それは昔からわかっていたのだけれども、そのままでは没落してしまいそうだったので、そんな自分を変えようと自分に鞭打ってやってきたところもある。

でも、思い返せば、面倒だから人を雇わない、面倒だから自動化を進めた、商談とか人付き合いも面倒だから市場出荷にしている。など、面倒なことをしなくていいような仕事をつくってきている。
あまり休みなく朝から晩まで働くことは、たまに疲れるし、設備などはお金かかって大変だけど、面倒ではない。忙しいのはスキなのかもしれないし大変になればやらざるを得ないから働く。面倒くさがりだから、追い込まれるくらいで丁度良かったのかもしれない。
考えすぎだとか言われることもあるけれど、考えることも嫌いではない。

それに、何年も前に契約栽培を2年ほどやったことはあるが、時間もとられるし制約もあるし自由がなく自分には合わなかった。そんな経験もあるからだろう、売り先の話をされても乗り気になれない。
ただ、スイートコーンの個人販売はしている。産直ECは大規模にやっていないからというのもあるが、今はまだ、色々PRするのは面倒だからやらず、いわゆる、心の距離の近い人や目の行き届く方々に買っていただいている。それで今のところは満足だ。

そんなんだから、良い経営をしているとは言えないし、経営者としては失格だろう。

だけど、今になって少しずつ、仕事中にもその時々、一瞬一瞬の豊かさみたいなもを感じ始め、家に帰れば妻と子供達が居て、お風呂に入り、妻の手料理を食べ、特に何をするわけでもないのだけれど、家族と同じ空間を過ごす。そして寝て、朝起きて、また仕事に向かう。
平凡なんだけれど、それがたまらなく心地良い。

そんなありきたりの日常をずっと続けていきたい。

やりたいことをやるとか、好きなことをするとか言われて久しい。僕もそんな言葉に囚われていたけれど、やりたいことなんて漠然としたものしかなかった。

でも、もしかしたら、面倒臭いことはやらずに生きる。それが僕のやりたいことなのかもしれない。そう考えれば、やりたいようにやってきている気もする。
と言っても、外的要因もあったり、思い通りにいかなかったりと心折れそうなときは幾度もある。これからもあるだろう。でも、家族のためにも頑張るしかない。それは全く面倒なことではないんでね。

追伸
宮崎駿さんの言葉に大事なことは大体面倒臭いという言葉があるみたいに、毎朝の作物、データのチェックや手を回すことなど、大切なことは面倒だけどやっています。



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