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第3回 仲間づくり (その5)  自己効力感を育てる協同学習

 今回は第3回(その4)の質問にお答えします。第3回のテーマ「仲間づくり」とは直接関係していない点も含まれていましたが大変興味深い内容でした。

〇学生と教師との認識のズレ
 確かに、ご指摘にあるように「教員は言ったつもり、学生は聞いていない」という出来事は、教師であれば誰しも経験のあることだと思います。学生と教師との認識はズレるものだという前提で、教育指導にあたるのが肝要かと考えます。
 人は、ある意味、自分勝手です。自分が考えているように相手も考えていると思いがちです。しかし、それは錯覚に過ぎません。常にズレがあると考えるのが基本ではないでしょうか。ズレがあるという立場で物事を判断し、ことに当たれば、「教員は言ったつもり、学生は聞いていない」という不幸な出来事を減すことができると思います。
 常にズレがあることを前提とすれば、そのズレの解消のために課題明示や見通しの共有といった活動の意味も理解が深まると思います。また、認識のズレを最小限に留めるために傾聴やミラーリングの必要性も理解できるようになります。

〇協同学習と社会的手抜き
 私は協同学習を「協同の精神に基づく切磋琢磨」と表現しています。ここで言う「協同の精神」とは「仲間と共有した目標の達成に向け、仲間と心と力をあわせて、いま為すべきことを見つけ、真剣に取り組む心構え」をさします。この協同の精神を育て、協同の精神に基づく「教え合い、学び合い、認め合い、励まし合い、高め合い」、すなわち切磋琢磨を協同学習と呼んでいます。
 この切磋琢磨と対極にあるのが「社会的手抜き」です。社会的手抜きが起こると、手抜きをした学生も、された学生も不幸になります。決して、手抜きをした学生が得をしたことにはなりません。それは手抜きした学生が一番理解していることだと思います。社会的手抜きをなくすためには、手抜きをした学生を責めても根本的な問題解決にはなりません。社会的手抜きがグループやチーム全体を不幸にすることを、関係者全員で率直に話し合うことから始めてはいかがでしょうか。そのなかで、めざすべき方向として、協同の精神を提案することができます。

○自己効力感による動機づけの醸成
 人間の行動を理解し、人間の行動をコントロールするさい、自己効力感は大変有効な考え方です。看護の世界も含め、多様な領域で使われています。一方で、自己効力感が広く使われるようになり、必ずしもその基本的な考え方を理解しないまま、「効力感」という日常的な語感に沿った間違った理解に基づく使用も散見されます。
 少なくとも自己効力感を提唱した心理学者バンデュラの説明によれば、自己効力感とは「自分が意図した行為をやれる」という直感的な判断をいいます。仲間に話を聴いてもらいたいと思い、相手に「あのね」と話しかける。相手が「なあに」と振り向いて、しっかりと傾聴してくれる。そこに相手に聴いてもらえた、相手を動かすことが「できた」という感覚が生まれます。この感覚こそが自己効力感です。逆に無視されると「できない」とう感覚が生まれ、自己効力感は低下します。このような日常生活のなかで、意識するか否かはともかく、頻繁に起きている経験の積み重ねにより、自己効力感は大きく変化します。
 「できる」や「やれる」という、個々の行為に対する自己効力感が高まれば、日常生活場面における活動に対する一般的な動機づけも高まります。この自己効力感を協同学習は高めるといえます。協同学習は仲間との「教え合い、学び合い、認め合い、励まし合い、高め合い」という活動を意図的に組み込み、お互いが助け合うことにより、参加者一人ひとりが「できる」という感覚を抱きやすい学習場面を創り出す考え方と技法の集大成といえます。
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 往復書簡による対話をはじめて10ヶ月ほどが過ぎました。これまでに22通が完成しました。当初の堅さやぎこちなさもとれ、いまでは先生方との対話を楽しめています。対話に参加していただいている先生方の、実践に根ざした質問や意見は、協同学習に基づく授業づくりを吟味するうえで、いずれも大変興味深い内容ばかりです。これからも現場の先生方との対話を続けていきたいものです。しかしながら、これまでの対話を振り返ると、この辺で一度仕切り直しをするのがよかろうと考えています。
 本対話を企画した当初、対話がどのように展開するか予想がつきませんでした。そこで、あらかじめ私が設定した話題と順番にそって対話を展開することにしました(第0回 noteで「対話」をはじめます)。そこでは、協同学習による授業づくりを実践するために必要な最低限の内容を、協同学習の初学者が理解しやすい順序で並べていました。
 一方、これまでの対話内容から判断して、対話に参加している先生方の期待は、私の思いとは若干ズレてきていることに気づきました。その原因は、参加している先生方が経験豊かな実践者であるという事実にあります。皆さんが、協同学習をどれほど意識してこられたかは別として、グループ学習の有効性に気づき、学生同士をつなぎ、連携と協力を促す授業づくりに取り組まれてきた経験豊かな教師であったということです。それだけに、協同学習の体系的な理解の必要性は認めるものの、多様な学生を相手に日々奮闘されている先生方にとって、なにはさておき、目の前で起きている出来事をどのように理解し、どのように対処すればいいのか。この問題を解決したいという思いが強く働き、その解決の糸口をこの対話に求めていることに気づきました。私の提案した話題が重要であることがわかっているだけに、自分の抱えているもっとも気がかりな点とどのように関連づけて考えればよいのかと、随分苦労された様子に気づきました。気づいてみれば至極当然のことです。この気づきがえられたこと自体、今回の対話による成果といえます。
 そこで今後の対話では、参加している先生方から、現在進行形の実践内容に則した話題を提供していただき、そこでの疑問や意見を中心に据えた質疑応答を展開したいと思います。先生方には、いまもっとも気にかかっている授業づくりの問題点を簡潔にまとめていただくことで、先生方との対話がさらに深まり、加速するのではないかと期待したからです。言い換えれば、本対話の活動性を高める工夫です。次回以降は、先生方から具体的な話題を提供していただき、対話の活性化をはかりたいと思います。本対話の第2ステージの始まりとご理解いください。
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 第2ステージが始まるまで、本対話は、一旦休止とさせていただきます。これまでお読みいただいた読者の皆さまに、心よりお礼申しあげます。


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