日本のHIPHOPをグローバルなレベルにするためには
こんばんは。Sagishiです。
今回は「日本のHIPHOPをグローバルなレベルにするためには」、何を意識しないといけないのか、ということについて、自身の備忘録も兼ねて書いていこうと思います。
あえてグローバルと書いてはいますが、要するに「USで通用するためには」という意味です。わたしは、現在の日本のHIPHOPはある分かれ道に立っているのではないか、と若干ながら感じています。
それは、「日本人だけに通用する道を行くのか」と「USにも通用する道に行くのか」という岐路に立っているのでは、ということです。
特に最近、色々なひとの努力によって、USのHIPHOPの評価基準や価値観が流入しやすい環境になってきていると感じており、ゆえに日本のHIPHOPに存在する問題が浮き彫りになってきているなと感じます。
日本の音楽市場は今後シュリンクしていくなかで、HIPHOPに限らず、いずれは日本のアーティストは、USで売れることも想定しながら戦う日が来るのではと感じています。
では、どういうことをすればよりグローバルな舞台で戦えるのか、ということになってきますが、ある程度はその方向性が見えつつあるので、それをまとめていこうと思います。
1 正確な発音に基づいたrhymeをする
これは現在の日本語のHIPHOPに起きている大きな問題のひとつですが、歌詞に英語が出てくるときに、その発音が正しくない、本来の英単語の発音を全く考慮・理解していないと思われる事案が大量にあります。
1-1 ラップスタア誕生の事案
『ラップスタア誕生』という番組でラップするひとの大部分が、その歌詞に英語を導入していますが、正直はちゃめちゃな状態になっていると感じています。
たとえば、tantaというひとの歌詞を引きます。
このパフォーマンスを見てわたしは、「ああ、このひとは全く英語の発音を理解しないで、歌詞を書いているな」とすぐ思いました。
なぜなら、英語の歌詞がrhymeできていないからです。bust down[bˈʌs(t).dάʊn]とawesome[ˈɔː.əm]は母音が全然違うので、このペアは本来の発音ではrhyme関係にはなれないです。
にも関わらず、このひとはbust downとawesomeをrhymeペアにする想定で歌詞を書いています。これは英語を使ってはいるけど、元の単語の発音なんて知ったこっちゃねえよということなのか、どういう意図かは分かりませんが、もし何の自覚もなく、rhyme関係にならない英単語ペアを、あたかも韻が踏めているような気分で使っているとしたら問題です。
これは同じパフォーマンス中に出てくる他の歌詞、例えばsauce on[sˈɔː.sɔn]とknow[nóʊ]も同様で、つまりおそらくは発音が分かっていないんだと思います。そうだとしたら、こういう風な番組に出すパフォーマンスにも関わらず、きちんとしたラップの歌詞が書けていない、表現ができていないということになります。これは本当にもったいないことですし、厳しくいえば自己満足にしかなっていないということになります。
少なくとも、英語話者からみたらrhymeしてないと思われる、発音がおかしいので何を言っているのかも分からない、何を表現したいのかも不明という評価をされるわけで、何一つ良いことがありません。英語を使う意味があるのか、ということになってきます。
審査員もこの問題をきちんと指摘しているのか分かりませんが、このひとだけに留まらず、番組に出ているラッパーの多くが、都合よく英単語の発音を捻じ曲げていますし、都合よく英語を歌詞に利用しています。
1-2 楽曲の事案
この問題はこの番組に限らず、かなり広範な領域で起こっていて、著名と言われているラッパーも同様の事態に陥っています。
Gilaは日本語だとしても、big up[bíg.ʌp]とrelax[rɪ.lˈæks]は、一般的にrhyme関係にはならないです。relaxの[æ]の母音を発音していないので、発音を知らないか、意図的に曲げているのか、分かりませんが、他の楽曲も含めて判断するに、単語の発音をそこまで意識していないように感じます。
同曲中の別のひとですが、これも同じでsoul[sóʊl]とmore[mˈɔɚ]は通常の発音だとrhyme関係になれません。これも歌詞を書くさいに、母音が同じなのかが意識されていないように感じます。
1-3 まとめ
当たり前といえば当たり前ですが、グローバルなレベルに自分の表現を近づけたいなら、「正確な発音に基づいたrhymeをする」べきだといえます。
韓国のHIPHOPで、歌詞の英単語の母音を間違えてrhymeしている、なんてことをしているのは見たことがありません。もちろん発音や表現まですべて完璧だというわけではないですが、このレベルは韓国の音楽は卒業しているといえます。
Eminemがそうするように、発音を曲げたrhymeというのも存在はしますが、基本は正しく発音を揃えるべきでしょう。歌詞で英語を使うのなら、その単語の母音を確認して使うほうが良いでしょう。
2 rhyme schemeを意識する
一般的に、USの楽曲はHIPHOPに限らず、2小節1組あるいは4小節1組で歌詞を構成して、rhymeを組み立てています。特にUSのHIPHOPでこれの例外になっている楽曲を見つけるのはかなり難しいです。
こういう秩序立てられた歌詞組みをrhyme schemeと呼びますが、日本のHIPHOPはややこの構成意識が希薄なところがあります。
2-1 rhyme schemeが不安定な日本のラッパー
その代表的なプレイヤーに、OZROSAURUS、舐達磨・BADSAIKUSH、漢 a.k.a GAMIがいるとわたしは思っています。Mummy-Dもそうだという指摘もありますが、この3名ほどではないと思います。
意図的にやっているところもあるとは理解していますが、彼らのようにrhyme schemeが無秩序なラップをするラッパーは、USのHIPHOPではほぼ見つけることができません。
それぐらい特殊なことをやっているのですが、これが特殊だという認識をしているひとが、日本のHIPHOP関係者にどれだけいるのかな、というのは気になっています。
どれぐらい差があるかというと、日本の音楽のヒットチャートだと100曲中100、rhyme schemeを構成できていないですが、USやUKのヒットチャートだと100曲中ほぼ100曲で構成されています。英語においては、rhyme schemeはそれぐらい普遍的で基本的なものです。
日本語の楽曲がrhyme schemeができていないことが良いか悪いか、というような是非は置いておいて(実際わたしは上記にあげたラッパー、特に漢の音楽は大好きですし、特別に思っています)、しかしrhyme schemeが破れているラップというのは、英語話者からすると最悪ラップだと認識されない可能性・リスクすらあります。これは知っておいたほうが良いのでは、と思っています。
2-2 追加の事例・まとめ
その認識が希薄なせいなのかは分かりませんが、若手のラッパーでもrhyme schemeが破れているひとが多々見られます。
このラインは完全にrhyme schemeが破れています。本人的にはスキルフルなことをしているという意識・認識なのだろうと思いますが、このパフォーマンスは、グローバルな視点からみたら「これラップなの?」と思われるリスクさえあると思います。
「日本人だけに通用するラップをしたい」という意図があるのなら良いと思いますが、よりグローバルに活躍したい、より普遍的な表現をしたいと思っているのなら、2小節1組あるいは4小節1組でrhymeをする歌詞を構成したほうが良いでしょう。
また上段と同じ話で、blunts[blˈʌnts]とfriends[fréndz]でrhymeしようとしているのも、ラップとしては推奨できないです。
3 ストレスを意識する
これは言語的な特性に基づく問題ですが、日本語は英語とは違って、語句や文末におけるストレス(強勢)が明示的ではありません。
その性質の差などもあり、日本語と英語のrhymeは、かなり異なる発展の仕方をしています。その差を認識しておく必要があるとわたしは考えます。
3-1 英語のrhymeスタイル①
英語のrhymeというのは、基本的にストレスのある音節同士をあわせるスタイルです。具体例を次に示します。
keeps[kíːps]とtechnique[tek.níːk]のように、ストレスのある音節同士でrhymeをします。
また、ストレス音節の母音が異なるペアは、その後続の音節の母音が一致していたとしても、適切なrhymeとしては認識されません。
こういうスタイルは、imperfect rhyme(不完全韻)ないしはunaccented rhymeなどと呼ばれます。これは日本語とは違うところですので、知っておいたほうが良い英語のrhymeの特性ですね。
3-2 英語のrhymeスタイル②
また、英語の多音節韻(multisyllabic rhymes)は、ストレス音節の母音を合わせるように構成されます。
heard in clubs[hˈɚː.dən.klʌbz]とPersian rugs[pˈɚː.ʒən.rʌgz]でrhymeをしていますが、見ての通り、ストレス音節を揃えてrhymeをしています。(*1)
また別の楽曲では、suicide[sú.ə.sὰɪd]とlose my mind[lúːz.mɑɪ.mὰɪnd]のようにrhymeをしていますが、途中の音節の母音は揃えていません。英語にとって、非ストレス音節の母音というのはそういう扱いです。(*2)
日本語の多音節韻では、rhymeの母音がすべて揃っていないと「踏み外し」という扱いになると思いますが、英語ではストレス音節の母音を揃えるのが重要で、非ストレス音節の母音は踏んでも踏まなくてもどちらでも良いのです。これは両言語で異なるrhymeの特性です。
3-3 日本語に特徴的なrhymeスタイル
日本語は、ストレス音節や非ストレス音節といった区分けが明示的ではありません。
その結果として、日本語のrhymeは、英語とは異なる発展の仕方をしてきました。そのなかでも特徴的なのが、文節をまたぐようにrhyme区間が広がる、複数音がゆるやかな1つの群になったようなrhymeスタイルです。
時は流れる[tokiwa/naɣareru]と解き放たれる[tokihanatareru]。こういうかなり多い音節数にまたがるようなrhymeスタイルは、英語には見られない、日本語に固有なものです。
3-4 日本語のrhymeスタイルの注意点
しかしそれ故に注意が必要で、上記のようなrhymeスタイルは、英語話者からすると、どこにストレス音節があるのかが分からないので、そもそもrhymeだと認識されないリスクがあります。
これは実際に英語話者にヒアリングしないといけないですが、最悪の場合は「れ」だけrhymeしているように聞こえる可能性があるのでは、と思います。
要するに何が言いたいかというと、英語話者にrhymeを的確に届けるためには、音節のストレスを明示的にする(つまり発音を強くはっきりする)ようなフローでラップをする必要があるということです。
上記の楽曲のように、文末や語末の1音節だけにストレスを付与するようなラップの仕方のほうが、聴感的には英語話者にrhymeだと伝わりやすい可能性があります。
日本語に特徴的なrhymeを使うのは全然良いことですが、対英語話者を意識するなら、1音節だけでも良いから明瞭で強い発音でrhymeしたほうが伝わる可能性があるということは、認識しておいたほうが良いと思います。
4 歌詞の内容を高度化する
USのHIPHOPを聴いていると、日本のHIPHOPとかなり歌詞の内容が違うことに気づくはずです。
こういう比喩表現を多用したユーモラスかつ含蓄のあるラップというのは、日本のHIPHOPにはかなり少ない印象があります。むしろ比喩などがない、直接的な表現が多い印象を感じています。
この違いは、価値基準に差があるからだと思います。USのHIPHOPには直接的な表現を忌避し、可能な限り婉曲的で、迂回するような表現が「良い」とされるような価値観があるように感じています。
Kanyeの楽曲でもこういう表現が見られますが、やはり比喩表現が出てくるだけで、歌詞の内容としては面白さが増します。
5 まとめ
「日本のHIPHOPをグローバルなレベルにするためには」というテーマで文章を書きました。まとめると以下になります。
これはあくまでわたしが感じていることなので、けして万能ではないですが、傾向としてグローバルに届くためには表現はこうすると良いのではないか、と思ってます。
では、今回はこのあたりで。