上手な嘘のつき方。

「上手に嘘をつく為に、何が必要か知ってる?」

彼女は汗をかいたアイスコーヒーをかき混ぜながら呟く。
彼女は嘘をつくことが苦手だ。
そして、僕は彼女の嘘を見破るのが得意だった。
嘘をつくとき、彼女は決まって下唇を噛むのだ。
そして、僕はそんな彼女の仕草が好きだった。
伏し目になりながら、彼女が唇を噛む仕草はとても官能的で、嘘をついていることを吐露する仕草には、子どものような愛しさと可愛らしさがあった。

「何が必要なの?」

そんな彼女に嘘のつき方を教えてもらうなんて、僕は少し微笑んで彼女に訪ねる。
すると彼女は唇を小さく舐めて口を開く。

「私が嘘をつくとき、唇を噛むと思ってるでしょ?」

彼女は子どものように無邪気に笑いながら話を進める。

「嘘をつくのが下手だと思わせることが大切なの。そのサインを見せ続けたなら、話の真意を確かめることよりも、サインが出てないかってことを見るようになるでしょ?真実は無色透明だけど、嘘には色が塗れるのよ。」

僕は呆気にとられて口を開けたまま彼女を見つめる。
そして、彼女が今までついてきた嘘を思い出してみる。
彼女の嘘の大抵は、ただの冗談の延長だった。

「そうなんだ。下唇を噛む癖があるなんて、気付かなかったよ。」

僕は悔しい気持ちを抑えながら、知らない振りをする。
そしてそれがバレないように、平然を装いながら、ストローに口を付ける。
馬鹿な男だと思われることが、悔しいからだ。

「どうして下唇って知ってるの?」ねぇ、知ってる?君は嘘をつくときに、唾を飲み込む癖があるんだよ。目の前に飲み物があるときは、口を付けちゃう癖もね。」

彼女は悪戯が成功した子どものように、にんまり笑うと、少し寂しげな表情を見せて小さく呟く。

「ねぇ?もしかして、私のこと嫌いになった?」

僕は彼女のことを知っているつもりになっていたこと、そして自分でも気付かない癖を見抜かれていたことにが悔しいいあまり、彼女に「うん、少し。」と返事をする。

すると彼女は眉間にしわを寄せて、泣きそうな表情を見せる。
僕は少し考えると、急いでストローに口を付け、一口飲んで彼女を見つめる。
彼女は待っていたかのように、広角を上げると、「よかった。」と呟いた。

僕のアイスコーヒーはどんどん減っていく。
彼女は手を挙げて店員を呼ぶと、僕のコーヒーのおかわりを頼む。
僕は減っていくコーヒーを見ながら、ほんの少しだけ嘘をつくことが上手くなった気がした。

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