急に逢いたくなったのは。

ブラインドの隙間から、明るい光が差し込む。
昨日とは違い、少しだけ広いベッドで、私は小さくため息をつくと、目をこすりながら洗面所に向かう。
当たり前のように並んでいる2本の歯ブラシ。
私はピンクの歯ブラシを手に取ると、鏡を見つめる。
鏡の向こうの彼女は、目に涙を溜めている。
せっかく土曜日だというのに、どうして君は朝から泣いているの?
分かりきった質問を、私は彼女に投げかける。
彼女は私から目をそらすように、視線を下に落とす。
すると、いつもそこにあるはずのない、ひげ剃りを見つけた。
彼はこのひげ剃りを、忘れて帰ったのだろうか?
それとも、またここに帰ってくるために置いていったのだろうか?
答えの出ることのない疑問が、頭の中を駆け巡る。
けれど分かることがある。
近いうちに、彼にまた会えるということだ。
さっきまで一緒にいたはずの彼に、急に逢いたくなったのは、何も言わないひげ剃りにさえ、彼の残した温もりを、感じているからなのかもしれない。
鏡の向こうにいる彼女は、ピンクの歯ブラシを口にくわえると、いたずらを考える子どものように、にんまりと微笑んだ。

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