ジグソーパズル

 人生で一度も何かを完成させることができなかった男が、余命半年と宣告される。男はせめて「何かを完成させてから人生を終えたい」と思い、とりあえず30000ピースのジグソーパズルをAmazonで購入する。

 男の母親が、呆れてため息をつく。「あなたには根気がないから無理よ」
「やってみなければわからないだろ?」と男がむくれる。
「だってあなた、プラモデルを完成させたこともないし、テレビゲームを最後までクリアしたこともないじゃない。仕事は1年続いたことがないし、女性に恋しても告白までいったことすらないでしょう」
「だからだよ」と男は真っ赤な顔で言い返す。「もう死ぬんだから、せめて何かを最後までやり遂げたいんだ」
「でも、どうしてジグソーパズルなわけ?」
「今まで一度も完成させたことがないからさ」

 そういうわけで、男は部屋にとじこもり、朝から晩までジグソーパズルに没頭する。それはハッブル宇宙望遠鏡が撮影した、130億光年かなたの深宇宙­ーー通称〈ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド〉の画像をもとに作られたもので、1万を超える銀河が、何の規則性もなくバラバラに散らばっている。天体が存在しない部分は完全な暗黒で、ほんのかすかなグラーションすら見えない。ピースとピースの間に何らかの連続性を見出すことなど不可能に思える。パッケージの表紙に印刷された完成図からなんとか手がかりを得ようとしてみたり、ジグソーパズルの定石に従い、画面の4つの辺、つまり角が直線になっているピースから先に繋ぎ合わせようとしてみたりするが、始めて一時間もしないうちに男は音を上げる。「無理だ、できっこない」と天を仰ぐ。こんな馬鹿げたジグソーパズルを製作した会社は正気とは思えないし、そんな代物をAmazonでポチリと購入してしまった自分の愚かしさも信じられない。30000個に分解された深宇宙を前にして、男は途方に暮れてしまう。部屋のドアの隙間から息子の様子をこっそり覗き見ていた母親が、「そろそろ私の出番かしら」とうずうずしながら待っている。これまでも彼女は、息子が何かを完成させようとしては挫折するのを何度となく見てきたのだ。何ひとつ最後まで完成できないまま37歳になり、ステージ4の肺癌で死のうとしているが、それでも彼女は息子を愛していた。

 男は震える手で、30000個に分解された深宇宙の断片に手を伸ばす。そこには楕円状の青い銀河が写っているが、ピースの継ぎ目になっていて端っこがすっぱりと欠けている。男は残り29999個の深宇宙の断片の山から、欠けた銀河の端っこを探し出そうとする。絶望が男を襲う。「やっぱり俺は何一つ完成させられないまま死ぬんだ」と。思わず涙があふれそうになり、男はぎゅっと目をつむる。

 闇の中で、すさまじい白い光が炸裂する。超新星爆発のように。
 男はハッとして目を開ける。鮮烈な光の残像が脳裏に焼きついている。
 とつぜん男は走り出し、百円ショップで大きな画用紙と工作用の糊を買って戻ってくる。

 画用紙を床に広げ、隅から隅まで糊を塗りたくる。さきほどの青い銀河が写ったピースを、その真ん中に貼りつける。さらに残り29999個の深宇宙から、またひとつピースを選びとり、最初のピースのすぐ横に貼りつける。もちろん、継ぎ目の形はちっとも合っていない。

 でも男の顔には、吹っ切れたような笑みが浮かんでいる。

 男の手が、まるで盤上に駒を進める棋士のように、タクトを振る指揮者のように、創造の喜びに満ちた優雅な動きで、またひとつ、宇宙の断片を拾い上げる。

 こうして、彼の宇宙は完成に近づいていく。


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