ブラックフライデー

 暗黒の金曜日がやってきて、文明からすべての光が消える。数万年ぶりに太陽で巨大なフレアが発生し、かつてない規模の太陽風が吹き荒れ、蝋燭の火を吹き消すように地球上のすべての電力網がダウンし、あらゆる電子機器の息の根がとまる。この磁気嵐は今後数百年にわたって地球上に吹き荒れ続けるだろう、と科学者たちは絶望する。都市機能は完全にストップし、人々は死んだスマートフォンを片手に天を仰ぐ。誰もどうしたらいいのかわからない。人々は震え上がり、世界がまだ正常に機能していた最後の木曜日を懐かしみ、もうすぐやってくる避けがたい破局、暴動、社会の崩壊、戦争、死を恐れる。明日の土曜日は、人類の歴史上最悪の日となるだろう……
 そのころ、無数に存在する平行宇宙におけるもうひとつの地球で、世界中の人々がブラックフライデーを心待ちにしている。11月の第4木曜日の感謝祭の翌日、おだやかな冬晴れの午後に、団地で一人暮らしをしている91歳のおばあさんの家に、孫娘のリンがたずねてくる。彼女は右向きの→が印刷された、ニヤリと笑う男の顔のように見えるAmazonの段ボールを抱えている。「おばあちゃんにプレゼントを買ったの!」

 おばあさんが段ボールを開封すると、中には最新式のAIが搭載されたスマートディスプレイが入っている。「これでおばあちゃんといつでも好きなときに顔を見ながら話せるよ!」「まあ、ありがとうね」おばあさんがちょっぴり当惑した顔でいう。「でもこれ、どうやって使えばいいのかさっぱりわからないわ」「簡単だよ。『アレクサ、リンに電話して』」するとリンのスマホの着信音が鳴り、画面に二人の顔が写る。「声をかけるだけでいいのね?」「そうだよ、おばあちゃんもやってみて」

 おばあさんはおそるおそる声をかけてみる。「アレクサ、リンに電話をかけて」

 しかしどういうわけか、その通信はあらゆる物理法則を超え、平行宇宙で暗黒の金曜日を迎えたリンに接続される。「奇跡だわ!」と平行宇宙のリンが叫ぶ。「もう電子機器は使えないはずなのに、繋がってるよ!」彼女はこちらの世界のリンと外見はまったく同じだが、画面の背景は深い闇に沈み、悲しみと絶望に歪んだ顔が、ディスプレイの白い光に照らされて浮かび上がっている。「これってどうなってるんだい?」おばあさんがこちらの世界のリンにたずねる。こちらの世界のリンは困惑して首を横に振る。「わかんない。不良品かも。これって返品できるのかな?」平行宇宙のリンは首を振って必死に止める。「だめ、返品しないで! あなたたちに伝えたいことがあるの!」

 こうして、もうひとつの地球が暗黒の金曜日に滅びたことは広く世に知られるようになり(もちろん、リンとおばあさんは世界でいちばん有名な祖母と孫娘になった)、ブラックフライデーは全世界規模の安売りセールの日ではなく、平行宇宙で滅びた人類すべてに追悼の祈りを捧げる日となる。「神よ、どうか我々の世界に暗黒の金曜日が訪れることがありませんように」と人々は祈る。今のところ、その金曜日はまだ訪れていない。

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