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コンテンツはどう変化していくのか?

「言論と表現の自由」は民主主義の原動力ですが、現代社会が本当に自由な世の中と言えるかは疑問です。確かに、誰もが自由に意見を発信できる時代になりました。しかし、その一方で、何かを発信するたびに批判にさらされることも多く、自由の本質が徐々に変化しているように感じます。

このテーマに関して、先日、このようなツイートをしました。

どこを見渡しても有用なコンテンツが溢れています。noteですら同様の内容が多く見受けられるようになりました。

このような状況は、言論の自由に関する新たな議論を呼び起こす可能性すらあるのかなと….発信の自由と受け手の反応の間には、常に緊張関係が存在して、コンテンツを楽しめない時代が来るのではないかとすら思っています。


コンテンツはパーソンに紐づく

音声コンテンツは、ラジオパーソナリティのような発信者の人となりを知った上で楽しむものです。

このため、コンテンツの価値というのはリスナーによって異なり、一概には言えませんが、音声コンテンツの特徴として発信者に興味がなければ聴かれないのではないかと思っています。

発信される内容が本当に自由であるからこそ、「人」が大事になってきます。話し言葉というのは、約70%~80%の思考力で構成されているため、コンテンツには自然と余白が生まれます。

私にとって、この余白を楽しむことが音声コンテンツの醍醐味です。

例えば、「ドングリFM」や「ゆとたわ」などのポッドキャストは、私がヘビーリスナーとして愛聴しています。これらのポッドキャストでは、発信されるパーソナリティの人柄に魅了され、能動的に聴いています。

そのため、彼らが発信する内容には、全て価値があると感じています。

このように、音声コンテンツは、発信者とリスナーの間に生まれる独特の関係性を楽しむものです。発信者の思考や感情が、言葉を通じてリスナーに伝わる瞬間に、コンテンツの真価が現れると思っています。

2020年から音声コンテンツの時代が来るんじゃね?と言い続けて早1年以上が経ちました。

クラブハウスも不発に終わってしまったので、音声メディアがマスにまで広がらなそうな空気感はありますが、中長期的な関係構築の先行指標として活用されていくのでないかと、僕の中での期待は全く落ちていません。

少しずつメディアにも取り上げられてきていますからね。

コンテンツの変化

SNSの進化に伴い、コンテンツの形も徐々に変わってきています。

動画コンテンツの制作に対するハードルが高く感じるのは、おそらく年齢によるものかもしれません。しかし、10年前を振り返れば、写真を撮って投稿するだけで、それがコンテンツとして成立していた時代がありました。

Twitterの場合も同様で、テキストを入力するだけでコンテンツになっていました。

2010年8月頃のTwitterを思い返すと、当時のツイートが今とは異なる形でコンテンツとして機能していたことがわかります。このように、時代と共にSNS上のコンテンツの形態は変化し、私たちの表現方法も進化してきたのです。

この写真も2010年10月にInstagramに投稿した写真です。

この写真はひとりで高尾山を登った時の写真で、ちょうど長女が生まれて1ヶ月が経ったときでした。

当時はマップ機能やタグ付けなどはなく、ただ撮影した写真をInstagramに投稿するだけで、機能はフィルターとフレームだけだったかな。フレームは曖昧ですが...。

今のInstagramは機能が機能が多すぎて、Instagramが立ち上がった頃とはブランドイメージが異なり、仕様も変わっています。

この辺はFacebookに買収されたことが分岐点になっていて、Facebookとしてはマネタイズする必要があるため、ユーザーの滞在時間を上げて広告への接触数を上げることが目的なのでどうしても滞在されるための機能を増やさざる得ないわけです。

この本を読むとInstagramの創業ストーリーが分かるのでオススメ。

Facebook が買収してから指示する成長戦略をブランドイメージと沿わないと断ってきた当時の創業者たちの思いが綴られています。

こうやってコンテンツも大きく変化して、今となっては短尺動画の時代です。そんな時代が来るなんて、twitterにvineの機能がある頃に思ってもいませんでしたが、2016年にサービスを終了させずに続けていれば、twitterも大きく変わっていたのかもしれません。

今後コンテンツはどう変化していくのか?

プラットフォームによって、コンテンツの役割は変化していくかもしれません。テキストコンテンツは、編集・推敲を何度も行うことができるメリットを活かし、発信者の考えがまとまり、情報が洗練されています。

一方で、音声メディアも大好きですが、そこから何かを学ぶという手段としては必ずしも適していないと感じています。

むしろ、エンターテイメントとしての役割を担っていくのではないかと思います。エンターテイメントの本質は、聴く人を魅了することにあり、音声メディアにはその力が十分に備わっていると考えます。

その原点がラジオなわけですから…ビジネス関連のお話をPodcastでするのもいいかもしれませんが、その手の話は至るところでされるようになるので、どれを聞いても同じ状態になるはずです。

音声メディアは発信者の人となりが分かる「エンターテイメント」としてのコンテンツの方が圧倒的に面白みがあると考えています。

テキストコンテンツは、自分のペースで読むことができ、考えを巡らせたり、読み返したりすることが可能です。このような行動は、他のコンテンツ形式では見られない特徴であり、テキストコンテンツの強みを再認識させます。

「書く」という行為は、自然と深い思考を促します。そのため、情報が凝縮されたテキストコンテンツは、スタタイのようなポッドキャストを書き起こす形式のコンテンツとして、今後さらに発展していく可能性があるのかなと考えています。

ということで、引き続き、noteにて誰に向けた内容ではなく、ただ、ただ、自分のためのアウトプットを続けていこうと思っています。

もしサポートいただければ、今後のnoteに生かしたり、他のライターさんへのサポートに回したいと思います。