「客観性の落とし穴」を読んで
精神分析学・現象学者の村上靖彦氏の「客観性の落とし穴」を読みました。
現代社会は、「客観的エビデンス」に支配されているといっても過言ではないでしょう。
近年は、ビッグデータやDXといった言葉にあらわれているように、情報技術がますます高度になってそれだけ多くの数値的データが収集、解析可能になって客観性重視の傾向はさらに強まっています。
本書のテーマは、客観性重視の偏重によって一人ひとりの経験や言葉の意味が顧みんられなくなってしまい本質を見逃してしまうことのリスクについて語られています。
統計学の重視にすることの引き換えに、人が経験する人間同士、社会、自然との関わりを通じて揺らぎ変化する個人の経験は無視されるようになりました。
客観性によって評価することは、競争を生み出し、生きづらい世の中を生み出していることも指摘しています。
その際たる例が、学校教育における「偏差値」重視です。
良い学校の定義が偏差値という学生全体の平均点から並べられた順位を基準にすることに本質的な意味はなく、自分自身の成績とは無関係です。
一方で、統計学偏重への揺り戻しもあり、社会学によるライフストーリー研究やエスノグラフィといった方法論が生まれています。
著者が重視することは「語り」です。
インタビューでは、語り手の言葉を一言一句違えることなく記録することで、口癖や人称代名詞の揺らぎ、言い間違いなどから、その人の経験の複雑さを知ることができるとしています。
例として、筆者のインタビューの記録の中で「普通」の意味が、話を進める中で変化することに気づき、そこからその方の人生を捉え方の変化への気づきについて述べています。
ただ、他者の経験や個別性を尊重することはそれほど容易なことではありません。社会科学では「共感する」という言葉を用いますが、「共感」すること自体が非常に困難なのです。感情移入は先入観や思い込みによって簡単に歪められてしまうからです。
そこで、他者を尊重しつつ研究を進めるために現象学はその一つの方法となるのです。
他者の言葉と経験を尊重すること、そして、他者を尊重する態度を尊重すること。つまりは現象学は倫理的な態度へとつながります。
まとめ
客観性を追求することの弱点、そして、1人の声に向き合うことの重要性の認識を深める上での本書には多くのインサイトがあります。
本書では弱者の声を聞くケアの領域でテーマを展開していますが、マーケティング領域でも、人の心を揺さぶるブランドストーリーや統計上の外れ値を深掘りすること、N1マーケティングなど、共通のテーマが多く存在します。
マーケティングでも、「共感」という言葉を多く使います。本書にもある通り、「共感」したつもりでも、実は「色眼鏡」であったという話はよく聞きます。
そういった意味でも、著者の専門領域である現象学の方法は顧客ヒアリングなど市場調査の際にも参考にすべき点が多くあると感じました。
客観的データはもちろん重要ですが、それと同じくらい一人ひとりの経験に注意深く目を向けるべきこと重要性に改めて気づかされました。
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