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九谷焼作家3名が語る、今と未来。それぞれの視点から見た「九谷の視界」とは?

注)このnoteは石川県の真ん中でnoteも更新しているライター・岡田雪さんによる特別寄稿の記事です。美大卒、工芸にも詳しいカメラ好きの岡田さん。当日撮影していただいた素敵な写真と共にお送りします。(緒方)

▼ 前編はこちら ⇨ うつわを使うイメージを共有し、熱量の高いコミュニティを作る。「”つくる”と”つかう”の間」でcocorone編集長とみこさんが語ってくれたこと

九谷セラミック・ラボラトリー(CERABO KUTANI)では、九谷焼作家5名の作品を展示した企画展「KUTANI SCAPEs - 九谷の視界」を開催中です。

その開幕を記念して、2020年3月1日(土)にCERABO KUTANIにてトークイベントが行われました。第二部では「KUTANI SCAPEs - 九谷の視界」の出展作家5名のうち3名が話し手、CERABO KUTANIの緒方康浩さんとウェブメディア「cocorone」編集長のとみこさんが聞き手として登壇。以下の4つのテーマについて、それぞれの考えを語りました

① 九谷焼作家を志したきっかけと思い
② ”伝統”と”作風”のあいだで大切にしていること
③ 今、何合目ですか?そして、その理由
④ 今後、身につけたいこと、手放したいこと

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話し手の3名は、九谷焼作家の今西泰赳(ひろたけ)さん早助(はやすけ)千晴さん木戸優紀子さん(写真左から)。それぞれの世界観を九谷焼で表現する気鋭の若手作家です。

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緒方:では、まずは木戸さんから自己紹介をお願いします。

木戸:九谷で絵付けをしております。もともとは、短大で日本画を専攻していたんです。研修旅行でヨーロッパを訪れた際に、歴史的な街並みに感銘を受けまして、伝統に関わる仕事をしたいなと思ったのが九谷焼の作家になったきっかけです。去年の9月に、大きな目標のひとつだった「伝統工芸士」に合格しました。

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伝統工芸士とは…
”一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会では、経済産業大臣指定の伝統的工芸品の製造に従事されている技術者のなかから、高度の技術・技法を保持する方を「伝統工芸士」として認定しています。”
          「一般財団法人伝統的工芸品産業振興協会」より引用

木戸:最近は、線の密度によって濃淡をあらわす表現方法を「優細描(ゆうさいびょう)」と名付けました。この技法の先駆者になりたいという気持ちを込めて、自分の名前から「優」をとって名付けた技法です。

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繊細な表現に目を奪われる、木戸さんの「優細描」。九谷焼の古典技法「染付(そめつけ)」を、木戸さんなりの解釈で自身の作風として表現した細描です。染付のわずかな凹凸に光が反射し、思わず触れてみたくなる衝動に駆られます。

緒方:では、続きまして今西さん、お願いします。

今西:僕は奈良県出身で、今は金沢に住んでいます。大学ではミトコンドリアなどの生命現象を中心に、ガンや免疫の研究をしていました。博士を取得して卒業後、東京の病院で働いていたんですが「焼き物の作家になろう」と思って焼き物を始めました。

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今西:最初は、信楽で2年間勉強しました。NHKの朝ドラ「スカーレット」の陶芸指導している人が、当時の僕の先生です。それから、もっとカラフルなものを勉強したいなと思って九谷焼を学びに石川県にきました。作風は九谷焼っぽくないものもあるんですが、上絵具は九谷の上絵具を調合して作ってますね。モチーフは細胞の増殖とか、有機的なフォルムやエネルギーを意識しながら作っています。

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今回の展示作品のひとつであるこの「Cell Sheet」は、シャーレで培養された細胞が増殖し、膜となって剥がれ落ちる様子からインスピレーションを受けたのだそうです。

緒方:続きまして早助さん、お願いします。

早助:兵庫県出身です。大学では神学を学んで、ワインとキリスト教についての論文を書きました。卒業後はワインの商社に就職して、勉強しながらワインエキスパートの資格も取得しました。何年か会社員として働いていたんですが、もっと自由に生きていきたいなと思いまして…自分の人生に裁量権を持って、フリーの働き方をしたいなと。小さい頃から絵を描くことが好きだったんですが、今までの人生では選んでこなかった道でした。そのときの人生の岐路では、絵を選んでみようかなと。

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早助:でも、今から絵やデザインを学び直すのは年齢的にも難しいのかなと…そこで工芸の分野を選んで、退社して京都で陶芸を学べる大学に行きました。時代はIT化の流れだったので、これからは逆に手仕事が求められるんじゃないかと。卒業してからは、縁あって九谷焼作家のアシスタントをしながら作家活動をしています。

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いかり肩のボルドー、なで肩のブルゴーニュ。ワインボトルをモチーフにした花器は、アラビア調の文様を九谷の色彩で表現した早助さんの展示作品です。

① 九谷焼作家を志したきっかけと思い

緒方:では、ここからは4つのテーマについてお話いただこうと思います。まずは「九谷焼作家を志したきっかけと思い」についてお聞かせください。今西さんから。

--- 九谷焼の技法なら、自分の作りたいものが作れる(今西)

今西:僕はもともと理系だし、知識を吸収するのが好きなんです。九谷焼の釉薬の調合や焼き方など、いろいろな技法を学んでいるうちに、九谷焼の技法を組み合わせたら自分の作りたいものが作れるな、と思ったのがきっかけですね。

緒方:自分の表現したい作風を表現するのに九谷焼の技法を選ばれたということなんですね。

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今西:そうですね。作品のモチーフとしては、研究対象であった細胞や、そこから連想するモチーフなどが多いです。9年ほど研究に携わっていたので、自分を構成しているものという感じですね。

--- 難しくてリスキーな染付が、性に合ってるんです(木戸)

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木戸:私の場合は「伝統工芸士ってかっこいいな、なりたいな」っていうのがきっかけだったんで、正直なんでもよかったのかも(笑)。たまたまなんですけど、「染付」っていう技法が性に合っているんだと思います。技術的に難しいっていうのと、リスキーなところとか。染付は、鉄粉が出たらアウトとか、歪んだらダメとか、けっこうリスキーで博打的なところがあるんですけど、それが性に合っていて。

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木戸:もともと日本画をやっていたのも、難しい、人口も少ないということに価値を感じていた部分があって。やりがいを感じるものに飛びつくタイプなので、チャレンジしながら今後も続けると思います。

--- 京薩摩みたいな、細かい絵が描きたくて(早助)

早助:私は、ワインの商社を退職したあとに、京都の伝統工芸大学校に入学したんです。その学生時代に、「清水三年坂美術館」という幕末の超絶技巧だけを集めた美術館でアルバイトをしていました。そこで「京薩摩」を見て…京薩摩の絵付けは、すごく細かい技法なんです。(スライド参照)

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早助:こういう細かい仕事をしたいなと思ったのがきっかけでした。そこから、館長から福島武山(ぶざん)先生(九谷焼・赤絵細描の第一人者)をご紹介いただいて、九谷焼を知りました。「九谷焼なら絵を描いて生きていけるかもしれない」と思っていたところ、ご縁があって九谷焼作家の先生のアシスタントに、という流れです。

緒方:作家さんとして自分の作品を作るようになってからは、京薩摩のような細かい上絵からイメージを受けて、世界観を作っているんですか?

早助:昔から細かい作業が得意で…1円玉サイズの折り鶴を作るとか(笑)。視力もずっと2.0なんです。そんな手先の器用さを活かしたい気持ちもあって。絵を描いて生きていければいいなと思って始めた仕事だったんですが、もっと自分の世界観も表現してみたいなと。それで、作家という道を選びました。

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② ”伝統”と”作風”のあいだで大切にしていること

緒方:九谷焼って、技法や伝統など代々受け継がれているものが多くありますよね。いっぽうで、自分の作風を打ち出すことで作家として生きていくんだと思います。その伝統と作風の間で大切にしていることはありますか?

--- 外から来た自分だからこそ、伝統に作風をプラスできるのかな(今西)

今西:僕の実家は、奈良で焼き物をやっていて、僕で3代目なんです。でも僕は大学を卒業するまで土遊びすらやったことなくて、父にも教えてもらったこともなくて。そういった自分のバックグラウンドの伝統と九谷を照らし合わせると、石川県で九谷五彩や技法が培われた要素の上に、外からきた自分だからこその作風をプラスして作品を作っていけるのかなと。慢心しないことを大切にして、つねに新しいものを取り入れていきたいと思っています。

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緒方:最近は、取り入れたい新しい技法はあるんですか?

今西:毎年、アメリカ中の焼き物作家が集まって、情報交換やプレゼンをする大きな協議会に行ってるんです。そこで新しい情報を得て、取り入れていますね。今年も3月半ばに行く予定なので楽しみです。実際行けるのか分からないですけど…(※後日談:今年は開催中止だったそうです)

--- 線が大切。線の強弱には、感情の起伏が乗っちゃうところが好き(木戸)

木戸:このお題、難しいですよ~(笑)。そうだなぁ、とにかく大切にしているのは、線ですかね。線ってたったの1本なんですけど、表情があるなぁと思います。花を描くにしても、花は柔らかい線、葉はハリのある線、茎は強い線、とか。

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木戸:線の強弱には、そのときの自分の感情の起伏がすぐ乗っちゃうんですね。だから大切にしているし、そんなところが好き。あとは、自分の好きなことや美的感覚は一貫していきたいと思ってます。いろんなものから刺激を受けて、やってみたいものはやってみる。それが、原動力にもなってますね。

--- アラビアンな要素を、九谷五彩を入れつつアウトプットしています(早助)

早助:神学を学んだ経験から、作風にはアラビアンな要素を取り入れているんですけど、アラビア文様をそっくりそのままは使わないようにしています。そのまま使ってしまうと、文明搾取のような気がするので…。一度自分の中に落とし込んで思索してから、九谷五彩の色を意識しつつアウトプットしています。

緒方:なるほど。九谷として再解釈するってことですかね?

早助:そうですね、九谷の材料は使っています。でも、まだ再解釈という段階までは到達していないような気がしますね…。絵を細かく描き込んでいるんですが、下品で派手派手しくはならないようにしたいなと思ってます。

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とみこ:作品のインスピレーションを受ける瞬間って、どんなときですか?

今西:河原の石のときもあるし、料理のときもありますね。僕はお寿司と和菓子が好きなので、板皿をよく作ります。アイデアは、いろんなところに転がっていますね。

木戸:何か新しいものを見つけたいな、という下心を持って美術館に行っても、見つからないんですよ。日々の刺激を蓄積しておいて、ふとしたときに降りてくることが多いですかね…写真を撮ってるときとか。あ、お腹が空いてるときは浮かばないですね!食べて満足したら「きた〜〜!」みたいな(笑)

早助:私は舞台を見るのが好きで…宝塚なんですけど(笑)。華やかなので、舞台装置などからインスピレーションを受けることはあります。

③ 今、何合目ですか?そして、その理由。

今西:これ、また難しいお題ですよ!(笑)
木戸:ほんと難しい…(笑)

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--- 0.5合目(今西)、3〜4合目(木戸)、登山準備中(早助)

今西:人間としては3.5合目ぐらいですかね、35歳なんで。作家としては…0.5合目ぐらいじゃないですかね(笑)

木戸:作家としては3〜4合目ぐらいかな…。伝統工芸士の資格もとれたから、そのくらい言ってもいいかな(笑)。10合まで登りきったらきっと電池切れちゃうから、ほどほどにしたいですね。

早助:私は、まだ登り始めてないかな…登山準備中かなと(笑)。まだまだ経験不足なので、インプット中です。そのうち、気付いたら登り始めてたって感じなんじゃないですかね。満足できる作品ができる日がくるのか分かりませんが…今は日々、目の前のことに取り組んでいきたいです。

④ 今後、身につけたいこと、手放したいこと

緒方:最後のテーマです。これから身につけたいことはありますか?逆に、これは手放したい、ということがあれば教えてください。

--- 手放したいものは、他者からの評価や合理的思考

木戸:手放したいことは、もうないです。すべて手放してきたから今がある。身に付けたいことは、海外が気になるので英語かな。外国で展示会やりたいですね。

緒方:フランスで個展できたら素敵ですね。アナザースカイ的な。

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今西:僕が身に付けたいものは、知識ですね。とにかくいろんな知識を吸収するのが好きなんで、政治でも経済でもなんでも。手放したいものは、他者からの評価。けど、それは無理なので…自分というものを確立するためには他者との相対的な比較は不可欠なので、誰がなんと言おうと気にせずに自分のやりたいことを進めていきたいです。

緒方:ちなみに、今西さんがいちばん気になる他人の目って誰なんですか?

今西:いちばん気になる他人の目…は、父親ですね。いつも作品見せろって。で、いろいろ言ってくる(苦笑)

緒方:…なんかすいません。ちょっと深いところまで聞いてしまいましたね(笑)早助さんはいかがですか?

早助:私は、いつも合理的な考え方をしてしまうので、合理的思考を手放したいですね。余白や無駄を楽しんで、クリエイティブな感覚を取り入れたいです。

トークイベントの最後は、3名の作家さんたちへの質問タイム。活発な質疑応答が飛び交う中、最後の質問では「仕事がつまらないと感じて挫折しがち。リフレッシュ方法はありますか?」と、人生相談のような展開になりました。

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今西:僕はいやなことがあっても寝て起きたら忘れちゃうタイプなんですが…自分がつまらないと思う仕事はやらないほうがいいですよね。原点に戻って、始めた時のドキドキや楽しいことを思い出してみたらいいんじゃないでしょうか。

木戸:おいしいものを食べたり、行きたいところに行ったり…コーヒー飲むにしても、器や淹れ方を普段とは変えてみるとか。全部自分で決めて、自分の好きなようにして、自分を癒してあげる。あとは、落ちるとこまで全部落ちればいいと思う!中途半端に落ちてるから上がれないんだと思うから、一回全部落ちたらいいと思う。私、全部落ちたもん。

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早助:ワイン飲んだら忘れられると思います。ワイン飲みましょう!

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今回お話してくださった3名の作家さんのWebサイトやSNSはこちら。個性あふれるそれぞれの作品を、ぜひご覧ください。

木戸優紀子

今西泰赳

早助千晴

「ワイン飲みましょう!」の一言で鮮やかにトークイベントを締めくくってくれた早助さんが、九谷焼で楽しむワイングッズの新ブランド「harutonari」を立ち上げられました。

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展示とトークイベントの会場となった九谷セラミック・ラボラトリー(CERABO KUTANI)と、聞き手の緒方さんについてはこちら。

聞き手仲間のライフスタイルメディア『cocorone』編集長・とみこさんが、「きほんのうつわ」プロジェクトのクラウドファンディングに挑戦されています!

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「きほんのうつわ」は、『cocorone』がスタイリストの菅野有希子さんと、多治見の窯元『丸朝製陶所』さんとの共同開発で手がけるプロダクトです。うつわに対するこだわりが詰まったとみこさんのnoteも、ぜひご覧ください。


ここまで記事を読んでいただき、ありがとうございます☺️ 皆様にいただいたサポートは九谷焼のつくり手のお手伝いに使わせていただきます。