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Bruce Dickinson / The Mandrake Project (2024)

★★★ 感動した/ウルッと来た
★★ ワクワクした/耳を惹かれた
★ 平常

全体評価:★★★

19年ぶり、アイアンメイデンのボーカリスト、ブルース・ディッキンソンのソロ作。前作同様ロイ・Zとタッグを組み、コンセプトアルバムとしての作品。

まず、メタル色は薄い。というか、最近改めて思うが00年代以降「メタル」というとグロウルボイス(いわゆるデス声)の印象が強くなっている気がする。そもそもブルースはデス声を使わないし、そういう意味ではメイデンさえも今は「メタル」ではないのかも。UKハードロック、あるいはヘヴィロックと言った方が誤解がないのかもしれない。

本作もヘヴィロックとして秀逸な出来。かなりアラビック(後述するがラテン音楽の中のアラブ・アンダルース音楽の影響かと)な色合いが出てくる。そこに英国的な翳り、降りやまない雨といった情景が加わり、さらに北欧の仄暗い森の風景も加わってくる。ラテン音楽の要素やキーボードが出てきて、一曲の中に複数のパートが入っている曲も多いのでプログレッシブロック、ネオプログ的な要素もメイデンよりも強め。ボーカリストとしてはもちろん、作曲家、コンポーザーとしても成熟したブルースディッキンソンの世界に浸れる。

1."Afterglow of Ragnarok" Bruce Dickinson, Roy Z 5:45 ★★★

ややダークなリフ、緊張感のあるヴァースから開放感のある、ブルースディッキンソンらしい節回しのコーラスへ。先行リリースされた曲。ブリッジでものびやかな声を鳴らしている。6分近い曲の中でだんだんと温度感が上がっていくのは流石。ミドルテンポでドラマティックな佳曲。サビはシンガロングながらリフはメイデンとは違う感じがする。これはロイZが持ち込んだものだろう。

2."Many Doors to Hell" Dickinson, Z 4:48 ★★☆

こんどはグラムメタル、80年代メタル的な勢いのあるギターリフ、ちょっと煌びやかな感覚もある。最近だとスウェーデンのghostにも近いか。歌が入ると唯一無二の世界観が作られるのは流石。こちらも決して疾走曲ではないがエネルギッシュ、前曲よりも全体的に開放感がありキャッチーな印象を受ける。ブルースのソロ作としては19年ぶり。ロイZのギターも久しぶりに聞いたけれど独特の味わいがある。短い中で印象的なフレーズをさしはさむのが上手い。あとはバッキングでなんとなく哀愁を出す、とか。合いの手の才能、曲の風景を短時間で変える才能がある。プロデューサー視点を持ったギタリストであるからだろう。そこまで突出した曲ではないが今の北欧メタルっぽい感じの曲。

3."Rain on the Graves" Dickinson 5:05 ★★☆

マーシフルフェイトあたりが使いそうなホラーなSEからリフが入ってくる。今回は演劇的要素が強い。ブルースのソロであるからそうなるのだろう。コンセプトアルバムなのかな。ヴァースは語りと歌が混じったような感じ。ミドルテンポながらエネルギッシュな演奏。こちらも先行リリースされていた曲。ロマン派詩人のウィリアム・ワーズワースの墓をブルースが訪れた時にインスピレーションを得た曲らしい。ブルース単独曲。そのせいかギターリフの歌メロに対する異質感が少なく物語が一つの道筋で進んでいく。ギターソロはけっこう泣き、サンタナまではいかないがラテンロック的なテイストが薫る。ブルースらしい哄笑が多用される。

4."Resurrection Men" Dickinson, Z 6:24 ★★

ベース、そしてクリーントーンのギターからスタート。そこからフラメンコ、ラテン音楽的なギターが入ってくる。これはロイZとのコラボならではの音楽性。そういえばメイデンってブラジルとか南米で大人気だし、ラテン系世界でメタル熱が盛り上がっているのは面白い。ボーカルラインがちょっと微分音階を使ったイスラミックな音階に。もともとスペイン南部とか、地中海沿岸ってエジプトとかペルシア音楽の影響を強く受けている(同じ国だったから)のでこういう音階感覚も地中海音楽、そしてそれと南米リズムが融合したラテン音楽の中にあるのだろう。途中で引き摺るようなリフが出てくる。ちょっとドゥーミー、曲展開がいくつかのパートに分かれており、プログレッシブロック的な曲。とても演劇的な曲。歌メロのキャッチーさより物語を語ることが優先されているというか。アルバムの中では良いアクセント。

5."Fingers in the Wounds" Dickinson, Z 3:39 ★★☆

またドラマティックな出だし。音作りがドラマティック。矢継ぎ早に場面が展開していく演劇のようだ。そういうイメージで作られたコンセプトアルバムなのだろう。こちらは3分半と比較的短めの曲だが最初からドラマティック。ヴァースはピアノとボーカルが前面に出てしっかり歌を聞かせるがビートは強いのでバラード感はない。ギターもアコースティック主体。中間部でまたアラビックな音階が出てくる。上述した通り地中海音楽というとチュニジアとかモロッコとかの音楽とスペイン南部とかは近いからね。アラブ・アンダルース音楽と言ったか。アフリカ北部の印象が強いが、成立したときの文化圏にはヨーロッパ側の地中海沿岸部も含まれる。だからイタリア南部とかスペイン南部の音楽にはそうした影響も感じられる。アラビック音階が効いている。

イスラム王朝の最大版図、スペイン南部も影響圏
アラブ・アンダルース音楽の「アンダルース」は
アラビア語でのイベリア半島のこと

6."Eternity Has Failed" Dickinson 6:59 ★★★

ブックオブソウルズにも収録された曲。もともとブルースのソロ作用に作られていた、ということなので「もともと想定されている場所」はここだったのか。かなりアラビック、砂漠を感じさせる乾いた音、笛の音とボーカルの独唱からスタート。メイデンのバージョンより乾いた感じが強調されている。最新作「Senjutsu」からの先行シングル「ライティングオンザウィール」はブルースとエイドリアンスミスの共作で、かなり乾いた砂漠的な音像があったがブルースは最近こういうモードだったのか。USストーナーロックからの影響かと思っていたけれど、ラテン音楽の中に含まれるアラブ・アンダルースからの影響だったのか。アリゾナではなくサハラ。曲の骨子はメイデンバージョンと当然同じながらロイZのギター、アレンジが異なりだいぶ違う表情を見せる。間奏部はプログレ的。メイデンのバンドアンサンブルと比較されないようにか、メイデンにはないラテン的なギターやキーボード、コーラスなどが入りアレンジが凝っている。

7."Mistress of Mercy" Dickinson 5:08 ★★

雰囲気が変わりパンキッシュな感じに。ギターリフはグランジ的な感じ。スカンクワークスとか。ただ、90年代に出てきた実際のグランジバンドに比べるとコード理論から外れた展開はなされておらず、整合性がある。この辺りのコードをしっかり展開する感覚は80年代から活躍するアーティストがグランジ、オルタナティブ的なものを取り入れた時の特徴だと思う。ブルースは自分のソロ作の特徴としてこうした曲も一つの色だと思っているのだろう。間奏部はちょっとアラビックというか、アルバム全体を通してそうした乾いたギターの音作り、砂埃を感じさせる音響になっている。ただ、音の響きそのものは洗練されており豊かさがある。エイドリアンスミスのギターサウンドにも近いかも。フレージングではなくサウンド。勢いがある曲だが5分と長めで、いろいろな要素が入って曲は展開していく。

8."Face in the Mirror" Dickinson 4:08 ★★

始めての明らかなバラード。ややスローテンポでピアノとボーカル。ただ、リズムは強め。ドラマーはUSのセッションドラマー、デイヴ・モレノ。ブルースの前作「ティラニーオブソウル(2005)」でも叩いていた。アコースティックギターによるソロが入る。そういえばブルースの歌い方ってかなりイアンギランに影響を受けているなぁと最近改めて思う。80年代のGillanとかを聞くとかなり近い。この曲はちょっとトラディショナル、ジプシーたちが炎を囲んで歌っていそうな、メディーバル(中世)的な曲。ブラックモアズナイトみたいな。

9."Shadow of the Gods" Dickinson, Z 7:02 ★★★

こちらもバラード的な始まり。ピアノとギターの音からスタート。リズムがなくなった。ドラムがない状態で歌が入るのはこのアルバムで初か。後半になるにつれて物語が落ち着きを見せる。ブルースの低音が魅力的。メイデンとはまた違う歌い方をしている。ブックオブソウルズにはブルース作曲の大曲「エンパイアオブザクラウド」が収録されていたが、近いものも感じる。途中からドラムも入ってくる。典型的で壮大なバラード。ボーカルが左右に分かれて掛け合いを行う。メイデンならギターソロや楽器隊のアンサンブルで聴かせるところをボーカルや曲構成、他の楽器で聴かせるのは面白い。結果としてプログレ色が増している。途中から90年代的な、グルーヴィーなパートが入ってくる。ブルースがノリノリで熱演している。これはソロ作ならではの名曲。

10."Sonata (Immortal Beloved)" Dickinson, Z 9:51 ★★☆

浮遊感のあるシンセ音、そして軽めのドラム。なんだかニューウェーブ的なスタート。そこにマイナー調のアルペジオが入り、不協和音感が増してドゥーミー、ホラー味が増す。ボーカルがゆっくり入ってくる。かなりじっくりとした展開。初回の歌メロの展開ではあまり高音を使わず、中音域のままでコーラスをリフレインする。不気味でホラー味が強い。これはメイデンではほとんどないタイプの曲。雨の中にたたずむ不気味な洋館、薄暗い森、といった心象風景が浮かぶ。不協和音的な進行がだんだんと減っていき美しいコード進行が残る。テンポチェンジもなく、じっくりとしたストーナー調の曲。仄暗く抒情的で酩酊感が強い。

Total length: 58:44

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