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Juçara Marçal / Delta Estácio Blues(2021、ブラジル)

奇妙だけれど新鮮 ★★★★★

昨年9月にリリースされた後、ずっとワールドミュージックチャートに入っているアルバム。まずはe-Latinaの解説文からどうぞ。

 サンパウロの過激な歌もの実験音楽シーンの中心グループ、メタ・メタ(Metá Metá)の女性ヴォーカル、ジュサーラ・マルサル(Juçara Marçal)のソロ作がランクイン。2015年の『Anganga』以来となる4枚目のソロアルバムが『Delta Estácio Blues』。
 本作のインスピレーションの出発点は意外なところにある。米国デトロイトのラッパー、ダニー・ブラウン(Danny Brown)の2016年作『Atrocity Exhibition』だ。ジュサーラと、メタ・メタの盟友でギタリストのキコ・ヂヌシ(Dinucci)は、ダニー・ブラウンの、予め素材のみを用意した予測不可能なビートに歌詞をつけるというプロセスに興味を持ち、同じ手法を『Delta Estácio Blues』で行うことに決めた。キコとジュサーラは、リズムとメロディーの土台を作ることから始め、曲作りの共作者と何度もやり取りをして、アレンジを肉付けし、最後にジュサーラがヴォーカルを乗せた。複雑なアレンジと即興的なフィーリングのバランスが均衡した楽曲群がこのように完成した。
 本作の音の多くが電子楽器を使い制作されたことは、上記のライヴを見てもよくわかる。キコやマルセロ・カブラル(Marcelo Cabral)だけでなく、ジュサーラ本人も電子楽器を操作しているのが印象に残る。
 なお、ブラジル最大の音楽賞プレミオマルチショウの特別審査員部門で、『Delta Estácio Blues』が2021年の最優秀アルバム賞、収録曲の「Crash」が最優秀楽曲賞を受賞した。

https://e-magazine.latina.co.jp/n/n540b96c6fd44#OPfPh

「ワールドミュージック」の枠を超えて、「オルタナティブロック」の枠でもベストアルバムなどでちらほら見かけた気もするアルバムです。なんとなく実験的なヒップホップとも言える音像だからかな。デジタルなトラックということですが使われている音は生音も多く、ロック(バンドサウンド)というか、伝統音楽に根差した肉体性みたいなものがあって、生身の歌の力や熱量を全体としては感じますが、「盛り上がってきたな」と思ったらすごく実験的で煙に巻かれるような曲も出てくる。分かりやすく盛り上がるアルバムというよりは芸術作品というか、大衆音楽としての親しみやすさを持ちつつもどこか謎かけ的な要素も感じるアルバム。ビートが力強いので少し変わったヒップホップ、あるいはゆるやかなダンスミュージックとしても聴けます。そのあたりがワールドミュージックの枠を超えて評価されたところかも。2021年だと砂漠のブルースMdou Moctarもワールドミュージックを普段聞かない層にも届いた印象がありますが、共通するのはビートの力強さかもしれませんね。言葉とか、メロディはやはりUSとかトレンドとは違いますが、ビートが響いたのかもしれません。面白くて新鮮な音楽。


1.Vi de Relance a Coroa 03:33 ★★★★☆

断続的にひずんだ電子音が響く。そこにボーカルが入ってくる。かなりシンプルな、空間がある音。90年代以降のカエターノヴェローソみたいでこのままいくのかと思ったらけっこう音圧のあるアンサンブルが入ってくる。マリのコラのような弦楽器の音がするがブラジルだからブラジルの弦楽器か。哀愁のあるメロディ、力強い節回しの歌が中心にあるのだがその上をけっこう大胆にさまざまな電子音が飛び交う。歌声も含めて力強い音像。

2.Sem Cais 03:21 ★★★★★

こちらも電子楽器。冒頭の解説文にもあるように「電子楽器のトラック」を元に作られたからか。緊迫感があるインダストリアルなサウンドなのだが近未来感もありつつもっと土着的な、民族音楽的な力強さも感じさせる。人工的で都会的なのだが密林感もあるというか。入り組んだ機械の密林を思わせる音像。かなり攻めた音像で面白い。

3.Delta Estácio Blues 02:26 ★★★★

こちらはやや生音、バイーア音楽感が強い。土着的なビート、鳴り響く民族楽器。Estácioというのは地名なのだろうか。調べると大学名のようだが、、、苦情が多い大学だそうだが関係あるのだろうか。地名がもとになっているのかな。その名の通りブルージーな感覚はある。

4.Ladra 03:23 ★★★★

お、実験色が強まってきた。エクスペリメンタルなロック。金切り音のようなギターサウンドが切り込んできて、不規則なリズムが入ってくる。いびつなインダストリアルサウンドにオーガニックな歌が乗る。これはブラジル的オルタナティブロックの文脈。分解され、解体されたビート、メロディ、骨組みになったロックミュージックを思わせるのが特徴。

5.Crash 02:59 ★★★★☆

かなり祝祭感がある、いろいろな音が鳴り響く曲。ヒップホップ的と言えばそうなのだろう。リズムカルに進んでいくけれどボーカルの声自体の芯の強さと歌心が心地よい。

6.Baleia 03:13 ★★★★

こちらも実験的な曲、断片化されたバッキングトラックの中でボーカルメロディが進んでいく。こういう音階が取りづらそうな曲を歌いこなしてしまうのは凄いよなぁ。ボサノヴァとかもそうだけれど、コードや伴奏に対してかなり複雑なハーモニーを乗せる。西欧音楽理論で捉えるから複雑なのであって、ブラジルの感覚からすると「ただ歌っているだけ」なのかもしれない。

7.La Femme à Barbe 04:02 ★★★★★

これもやや不穏な電子音が飛び回る中、ボーカルがメロディを奏でていく。ヒップホップのトラックに近いのかな。ただ、ビートはブラジル音楽的というか、ヒップホップというよりはトライバル、伝統音楽的なビート。より原始的なダンスミュージックと言ってもいいかもしれない。炎をかこんで踊るような。90年代初頭のBjorkのような「ぐいぐい進んでいくインダストリアルでオーガニックなビート」感もあるな。ヒューマンビヘイバーとか。体が揺れ出すしなやかなビート。

8.Oi, Cat 03:29 ★★★☆

低いベース音、少し怪しげな男性の声。「Oh Jazz」と言っているように聞こえるが「Oi Cat」と言っているのか。飛び回る電子音はややフランクザッパのようなユーモラスかつひねくれた音。盛り上がってきたかと思ったら奇妙な曲ですかしてくる。一筋縄ではいかないアルバムだ。

9.Lembranças Que Guardei (ft. Fernando Catatau) 05:41 ★★★★☆

これまた面白い音像、スカスカのビートというか、忍び寄ってくるようなトラックにささやくような声。蛇とか獲物を狙う野生動物のようなイメージで忍び寄ってくる。とはいえボーカルメロディそのものはけっこうしっかりとメロディアスで歌モノとして成り立っている。だんだんとメロディアスに変わっていく、曲の始まりと終わりでだいぶ風景というか感触が変わる曲。全体としてうねるようなビートは変わらないが、歌い方や音像は変化していく。地面を這っていたのが鎌首を持ち上げていくと聖母的な属性もある蛇女に変わった、というイメージかもしれない。

10.Corpus Christi 03:09 ★★★★

トライバルなビート、繰り返しの節回し、トラディショナルなフォークソングの感じも受ける曲。声は落ち着いてささやきかけるような声。

11.Iyalode Mbè Mbè 03:06 ★★★★

これまた不思議な雰囲気の曲。全体として実験的なバックトラックなのだけれどけっこう親しみやすい、オーソドックスなメロディも含まれていてどこか大衆音楽としての親しみやすさ、身近さ(土着性と言ってもいいかもしれない)もある。実験音楽とポピュラー音楽のミックス度合いのバランス感覚が優れている。

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