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Mdou Moctar / Afrique Victime

総合評価 ★★★★★

サハラ砂漠西部に住むトゥアレグ族にはギタリストのシーンがあるようで、砂漠のブルースでも呼ぶべき一群がいるらしい。その筆頭はTinariwen(ティナリウェン)だと思うのだけれど、新世代(まだ35歳)のギターヒーローがこちらのMdou Moctar(エムドゥ モクター)。バンド名ではなく個人名、ジミヘンドリックス、みたいなもの。砂漠のジミヘン、と呼ばれているそうな。ハウサ音楽(西アフリカ、中央アフリカ最大の民族ハウサ族の民族音楽であり、アフリカンポップの大ジャンルであるナイジェリア音楽の発展に多大な影響を与えた)に影響を受けたデビューアルバムを2008年にリリース。地元のシーンはCDなどが流通していないので携帯電話のデータ流通で音楽が普及するシーンがあり、そこで知名度を高めていく。なお、こうした砂漠のブルース、トゥアレグとロックのブルースが融合した音楽は「Tishoumaren(ⵜⵉⵛⵓⵎⴰⵔⴻⵏ)またはassouf」というらしい。アソフ、と呼ぶ。

トゥアレグ語で制作された初の映画で、プリンスのパープルレインへのオマージュである「Akounak Tedalat Taha Tazougha(Rain the Color of Blue with a Little Red In It)(2015)」はMdou Moctor自身のエピソードを元に作られた映画であり本人が主演。西欧のレーベルがリリースする砂漠のブルースを紹介する各種コンピレーションアルバムでも取り上げられるようになり知名度が上がっていく。オルタナ、インディーズの名門レーベルであるマタドールレコードと契約してグローバルでリリースされた第一作が本作。

全体としてはこうした砂漠のブルースにありがちな、ぶっちゃけて言えばティナリウェンとそこまで差を感じなかったのだが、世代が若い分もっとフレッシュな感性だったり、若々しさ、あとはちょっとしたシンセサウンドの導入とかそうしたところで新規性を感じる。あとはイスラーム音楽からの影響も感じる(これは単に僕がイスラム音楽をある程度知ったので聞き手としての解像度が上がっただけだろう)。こんなものか、、、と思っていたら8曲目は驚いた。これは西洋ロックの文脈を見事に取り込んで見せている。こういう曲をアルバム終盤に持ってくるのは憎い。この曲は新しいものを感じた。全体としては昨年、グナワミュージックとロックを融合してみせたBab L’Bluzの衝撃に比べるとやや劣るけれど、やはり本能的に心地よい音だしこういう砂漠のブルースに触れたことがない方にはとても新鮮に聞こえるだろう。サハラ音楽の2021年の代表作として選ぶなら文句なし。

1.Chismiten ★★★★☆

歩くような音、いきなりギターが鳴り響く。弾きまくる。ジミヘンというよりフランクザッパ的。比較的低い音程移動で細かく音程を移動させる、みたいな。そこからアフリカンリズムが入ってきて、単弦反復する、独特なハウサ音楽のギター(1弦ギターもあり、シンプルでミニマルなリフの反復を特徴とする。きちんと検証していないので思い付きだが、こうしたミニマルフレーズの反復というのは中央・西アフリカ、つまりサハラ音楽の特徴の一つなのかもしれない。親指ピアノ、サムピアノも似たような感じがするが、あれはジンバブエのショナ族のものらしいのでまた別なのだろうか、あるいはサハラ以南の音楽文化はそれほど別ではないのかな。モロッコとかチュニジアなど北アフリカは別物な印象があるが)。ボーカルが入ってくる。ギターソロも勢いを増す。ただ、「砂漠のジミヘン」とか「砂漠のヴァンヘイレン」とかも言われているようだけれどそんなサイケさだったりフラッシーな奏法は出てこない。やはり(ギタースタイルが)似ているといえばザッパな気がする。

2.Taliat ★★★★★

演歌にも聞こえるフレーズ。こういうルーツ音楽はペンタトニック音階の反復が多いからにて聞こえるのだろう。ビートは別。アフリカのトライバルなリズム。足を踏み鳴らすような、大人数の合唱。昔、フェラクティのライブDVDをはじめてみたときはその呪術的な世界に驚いたものだ。やや緩めの演奏なのだが大人数で、儀式がそのままステージ上で繰り広げられているような印象。とにかく大人数で足を踏み鳴らし、そうした「体から出てくるビート」を多重化し、その上に皆が思い思いに音を乗せていく。ギタリストがいるのでコード進行、和音進行は付与されているのだが、延々と反復するというかコールアンドレスポンス型。カッワーリーのように一人の指揮者というかメインシンガーがいて、それが全体を引っ張っていく。フェラクティの場合はキーボード、ボーカル、サックスでリードを取った。エムドゥ・モクターの場合はギターとボーカルなんだな。構造は同じ感じがする。こちらのほうがやや少人数の編成だろうけれどその分電化されている。

3.Ya Habibti ★★★★☆

揺らぐような、ややゆったりとしたリズム。目を閉じて揺れているような。ギターは同じフレーズを反復し、手拍子や民族的打楽器の音が鳴り物として入ってくる。コーラスも入ってくる。アラブ世界やパキスタンの音楽との共通性も感じる。イェメンのあたりにもこんな音楽があったな。輪唱というか。この記事でティナリウェンと一緒に紹介していた。

4.Tala Tannam ★★★★

引っ掛かりがあるリズム。全体としてライブ盤のような、ライブハウスの雑踏というか「演奏現場のノイズ(衣擦れや息遣い)」が空間ごと録音されている。実際に一発どりなのだろうか。静かでじわじわと盛り上がる、宗教的な響きがある曲。そういえばこの音楽って宗教的な色合いはあるのかな? イスラム教なのだろうか。調べてみたらトゥアレグ族は大多数がイスラム教信仰らしい(一部精霊信仰、自然信仰も残っている)。そうなるとイスラム圏の音楽、イスラーム宗教音楽の構造が持ち込まれている可能性は高いな。クルアーン(コーラン)の詠唱とか。宗教と音楽形式は結びついていることが多い。

5.Untitled ★★★

話し声、アフリカの日常風景の音が響いてくる。その中でギターの音、ガレージで弾いているような。日常生活の中からバンドサウンドが鳴り始める。

6.Asdikte Akal ★★★★☆

前のSEから引き続いての曲。しかし「サハラのヴァンヘイレン」とか書いてあるメディアはいったいどこを見てヴァンヘイレン感を感じたのだろう。ギターヒーローならなんでもエディなのか。プリンスならまだ分かるのだけれど。あとジミヘンにもギタリストとしてはそんなに似てない。何度も言うがギタリストとしてはザッパに近い。というか、ザッパがこうしたアフリカ音楽的なものを取り入れていた可能性があるな。一弦ギターの反復というか。なんというか西洋ロックの世界ではなかなか特異なフレーズ進行する人だったが、アフリカ音楽を多少取り入れていたのかも。リードギターが反復するフレーズを鳴らし、バンドがそれに従って土台をつくる。その上でボーカルが歌い、コーラスが追従して曲ができあがっていく。一定のグルーブで延々と続く。それが基本構成。ギターの音色やサウンドレイヤーの重ね方は工夫がみられる。ティナリウェンのように自然体のままではなく、ルーツには忠実というか音楽テンプレートとしては不変なのだけれど新世代らしくエフェクターとかサイケな感じとか、編曲が凝っている。

7.Layla ★★★☆

こちらも引っ掛かりがあるビート。正直、グナワミュージックをロックと組み合わせて見せたBab L' Bluzほどの衝撃はないが、あれは女性ボーカルの力もあるな。やはりボーカルがとびぬけてきたから。本作はやはりギターが主役なのだろう。ボーカルもあるけれどボーカル単体ではあまり特筆すべきことはない。ギターサウンドこそが特異性。この曲はアコースティックギター色が強い。ちょっとストーナーロックっぽさがある曲。ちなみにストーナーロックやデザートロックは雰囲気は当然近くなると思われるがけっこう違うんだよね。アフリカンなビートや反復フレーズはUSのデザートロックではあまり出てこない。やはりブルース基調。根っこを辿れば二グロアフリカンの音楽なのかもしれないけれど、だいぶ昔に分化しているので現在はそこまで似ていない。この曲はストーナー感がやや感じる曲。

8.Afrique Victime ★★★★★

ギターの音からスタート。やはりギターの音は独特。ザッパもギタープレイだけを集めた「黙ってギターを聞いてくれ」シリーズがあったがなぜか耳を傾けてしまう、聞いてしまう魅力があった。同じ構造、本能的な快楽なのかもしれない。お、この曲はきちんと展開した。ロックっぽい曲。アフリカらしさも残っているが70年代のUKロック感もある。きちんと歌メロがあり、リフがあり、ボーカルとギターが絡み合う。ドラムがバタバタしていて、一昔前のオケヒット(シンセドラム)みたいな音が入るのもご愛敬。むしろアフリカ感を感じさせる。こういう音が今でも新鮮に響く、ということ自体が新鮮。引っ掛かりのあるフレーズ、粘り気があるギター。後半はダンサブルに。お、ギターが入ってきた。この音使いはジミヘン的かも。このアルバムではじめてジミヘン感を感じた。まぁ、ザッパ感の方が基本的には強いけれども。どんどん加速していくビートの上でフィードバックノイズを使ったギタープレイ、お、やる気を取り戻して弾き始めた。楽器隊がどんどん早くなっていく。どんどん早くなるのにやけくそ感はすくなく、ベースが綺麗にフレーズを保っているのはやはりグルーヴ感が強いんだな。かなり高速になってもグルーヴが崩れない。むしろ強靭さを増す。ゆっくりやるからルーズな感じがするけれど、高速になるとタイトなんだな。発見。よくこれだけリズムが揺れるというか、BPMを変動させてもグルーヴが崩れないものだ。白眉の出来映えの曲。

9.Bismilahi Atagah ★★★★

少し前曲の狂騒から落ち着いて、後夜祭的な響き。オープンな祝祭感はやや残っているものの基本的に落ち着いたトーンでボーカルもコーラスも続く。だんだんと鳴り物が増えてきて参加者が増えている感じはするが、曲そのものは穏やかというか、そこまで盛り上がる感じではなく和気あいあいとした感じ。



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