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Magdalena Bay / Mercurial World

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マグダレナベイは、シンガーソングライターのマイカ・テネンバウムとプロデューサーのマシュー・レビンで構成されるLA出身のアメリカのシンセポップデュオです。2016年結成で、結成当時は別々の大学に通う学生でしたが、もともと二人は高校生の時に出会って放課後プログラムの一環としてプログレッシブロックバンドを組んだのがきっかけだそう。TikTokで活発に活動し、MVが少しバズったようですね。本作がデビューアルバムで、RYMで妙に点数がいい(ここはユーザー投稿サイトなのだけれど、基本的に辛口なので3.85はかなり高い)ので目につきました。音楽的影響にはGrimes、Chairlift、CharliXCXを挙げています。本作がデビューアルバムで、まだあまり情報がありませんがサイトなどを見ると面白そうなバンド。ちなみにバンド名の「マグダネラベイ(湾)」はメキシコにある地名。それでは聴いてみます。

活動国:US
ジャンル:シンセポップ、エレクトロポップ、インディーポップ
活動年:2016-現在
リリース:2021年10月8日
メンバー:
 マイカ・テネンバウム
 マシュー・レビン

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総合評価 ★★★★★

これは掘り出し物。チルウェーブ、Vaperwaveみたいな、ミドル90'、Windows95あるいはweb黎明期的なイメージ、ドット絵のようなどこかノスタルジックな雰囲気を持ちつつしっかりポップなメロディ、リアルタイムのメロディセンスが確立しているという面白いバンド。音響面にかなりこだわっている上に、ポップスとしてのメロディの強度も高い。これだけのレベルで両立ができているバンドはほとんどいない、というか、僕は初めて聞いた。一聴すると地味で、なんというか90'sポップの焼き直しみたいに聞こえる(Vaperwave的)なのだけれど、アルバムを通して聞いていくうちにどの曲も世界観があり、すっかり飲み込まれていく。1曲だけ突出しているわけではなく、全体を通じてレベルが高い。A面は90年代ポップス的で、B面は70年代、80年代のソウルやディスコも出てくるが、よりVaperwave感、チルウェーブ感、ドット絵のデジタル化された世界観も強まっていく。これは心地よいアルバム。さすがRYMで評価が高いだけのことはある。納得。衝動的にLPをポチってしまった。

1.The End 00:31 ★★★

SEからキッチュなささやき声、ポップな感じの旅立ち。オープニング。

2.Mercurial World 03:01 ★★★★

デジタルビートにややささやくようなポップなボーカル。ローファイ、あまり音数は多くない。インディーポップ感があるがメロディセンスは良い。ボーカルはちょっと舌足らず、Poppyとか、トウィーティなポップ感がある。ピコピコした電子音が入るが、チップチューン感はあまりない。ローファイな90'sシンセポップという感じ。けっこういろいろな音が飛び交い、浮遊感がある。最後にマドンナのマテリアルガールのフレーズが替え歌で少し入る。そうか、これタイトルからしてマテリアルワールド(マテリアルガールのフレーズ)の言い換えか。

3.Dawning of the Season 03:24 ★★★★☆

ニューウェーブ、少しゴシックな感じに。これは80'sを引きずった90's初頭感がある。ただ、時代が経っている分、メタ的というか美味しいところを分かってやっている感じ。リバイバルって、先人たちのレガシーをじっくり聞けるし、遺されたいろいろなアイデアを使えるから曲の質は高くなる傾向にある。けだるい雰囲気がありつつもどこか郷愁がある。Vaperwaveを通過し、90年代のサウンド、けだるさを持ちつつあくまでポップ、Vaperwaveやチルウェーブのけだるさにシティポップが載っているイメージ。

4.Secrets (Your Fire) 04:05 ★★★★☆

これもまたけだるげな雰囲気。ああ、RYMで評価が高い理由が分かった(逆に、一般メディアのクリティカルスコアはそこまで高くない)。Veperwaveとかチルウェイブ感があるからだ。あそこは音楽マニアの巣窟、webで評価の高いサブジャンルの音楽が高く評価される傾向にあるから、Vaperwaveの流れがありつつもポップな本作が評価されるわけだ。あと、シティポップも入ってるし。マニアックなムーブメントの流れに載っているし、音楽マニア感が伝わってくる。シティポップでもあり、ちょっとアニソン的というか、少しカリカチュア、ディフィルメされた人工的なポップさがある。「洗練」というものをちょっとディフォルメした、というか。そもそもシティポップ自体、USのコンテンポラリーミュージック、アーバンソウルとかをディフォルメした側面が強いから。人工物感が強い。それがVaperwaveにもつながる。1曲目は隙間があったサウンドが、だんだん全体が融合してきて、音の輪郭がぼやけていく、にじんでいく、多重化していく。

5.You Lose! 03:24 ★★★★☆

おお、面白い音。音数が増えてきている。ちょっとノイズが入る、ポップなノイズというか。少しガサガサしているが統制が取れているノイズ。全体的な音が少し色あせた、くすんだ感じ。低解像度のモニターで映したような(それがVaperwaveの特徴でもある、90年代的なモニター、PC、ドットが見えるグラフィック)。ノイズの中でメロディが展開していく。メロディセンスもいいし音の選び方もセンスがいいな。

6.Something For 2 03:36 ★★★★☆

やや音は普通になった、が、どこかいびつな感覚は残っている。うーん、昔のBjorkをもっとまろやかにした、というか、色あせさせた、「かつて使われていたもの」として再発掘するような。でも、メロディはきちんと今のメロディ。この曲はけっこうボーカルはやる気があるな。しかしちょっとけだるげな声質はサウンドに合っている。

7.Chaeri 04:17 ★★★★☆

四つ打ち、ややノリが良いが、どこか控えめなビート。ちょっと褪せた、朽ちた感じはする。使い古されたイメージを敢えてなぞっているような。さまざまな音が入っているがあまり尖った感じはない。全体としてはいびつだが、音の角は取れている。違う表現で言えばサイケ感もある。ただ、Vaperwave的なサイケなのでいわゆるロック的なサイケとは質感が違うが。あと、オシャレや雰囲気に逃げず、きちんとポップなメロディ、強度が強いメロディがどの曲にもあるのが凄い。ここまでサウンドクリエイトのセンスがありつつポップスとしても手が抜かれていない。これ、地味だけれど名盤かも。CHAIがこういうアルバム出せればなぁ。新譜でやりたかったのはこういう方向性だったんじゃないだろうか。

8.Halfway 01:58 ★★★☆

チップチューンな曲。音の雰囲気はチルウェーブ、波打つようなまさにウェーブな音。最後は深みのある音響へ。いいインタールード。

9.Hysterical Us 03:55 ★★★★☆

少し音色が変わり、やや定位がはっきりする、どこか奥まった、寂しげな音に。ただ、適度なリバーブ、煙がかった、波(ウェーブ)の感じは残っている。お、70年代的な、キャロルキング的なピアノフレーズが入ってきた。やや溌剌とした、ソウルの影響もあるポップス。70年代ポップロック、ソフトロック、ディスコミュージック感も少しある楽曲をチルウェーヴ、Vaperwave的な要素を加味してコーティングしている。これはありそうでなかった音だなぁ、少なくとも僕は聞いたことがない。パッと聞きわかりづらい冒険だけれど(ちょっと古臭いポップス、といえばそうかもしれないし、90年代のヒット曲、みたいな感じもある)、よく聞くと音響的冒険が多くて、かなり手が込んでいる。マニア感。

10.Prophecy 03:34 ★★★★

うん、8曲目以降音が変わった、LPで言うとB面なのだろう。LPでもリリースされるようだ。なんとなく煙に包まれた、揺らぐ蜃気楼のような感じは残りつつ、もっと古い、ソウルの影響も感じさせるようなサウンドに変わった。これもR&Bっぽさがある曲。なんだろう、この二人は才能の塊か。すごくベタなメロディというか、ポップな展開と、インディー感があるというかマニアックな音響のバランスが良く、聞いていて心地よくてあまり醒めない。いろいろと音が飛び跳ねる、おもちゃ箱のような曲。

11.Follow The Leader 03:04 ★★★★☆

インダストリアルなビッグビート、その上を飛び回る電子音。オートチューン、ボコーダーで加工された音。機械的。ささやくようなボーカルが反復する。これは音が面白いな。10,11は音響的な面白さを追求している。飛び回る音。アルバム後半で実験的というか、Vaperwave要素が強くなっているとも言える。ただ、ビートはしっかりあるので曲そのものの輪郭や構造はしっかりしている。

12.Domino 03:42 ★★★★☆

また胡散臭げな、なんだろう、デジタルワールドに再現された九龍城というか、いろいろなものをくっつけて増築して、その中で様々な世界が混在しているようなアルバムだな。魔界村のステージ、でもいいけれど(溶岩地帯の隣に氷河がある、みたいな)。一曲一曲がマリオカートのステージのように独自の世界観を持っている。その上を流れるポップな質感は変わらない。全体として90's感、Windowsでいえば95か97あたりの雰囲気。音楽的にはもうちょっと前かな、いや、案外こういうポップスはミドル90'sか。グランジから醒めていく、ちょっと落ちついたあたりの音像だったのかもしれない。

13.Dreamcatching 03:27 ★★★★★

すっかりこの世界に取り込まれている。僕はだいたいアルバムレビューだと中盤以降に★★★★★をつけることが多いが、それはだんだん盛り上がっていくからであって、アルバムを聴く、というのは「一定時間をかけて盛り上がる体験」なので、中盤ぐらいから高まっていくことが多い、ということなのだが、このアルバムは盛り上がるというより巻き込まれる、心地よく揺蕩うという感覚になっている。1曲としてどうか、と言われると突出感はない(何度か聞いていたら出てくるかもしれないが)が、全体としての世界構築力が高い。途中のシンセフレーズで盛り上がっていく。途中から四つ打ち、どこかディフォルメされた、16bitで描かれたダンスフロア的なシーンになる。自分もビットで描かれたキャラクターになってしまったようだ。下記の絵はアーティストとは関係ないが、こんなイメージ。

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出典:Pinterst

14.The Beginning 04:01 ★★★★★

最後の曲なのに「はじまり」というのはなかなか。ディスコサウンド、ミラーボールみたいなサウンドがフェードインしてくる。でも、やはりどこかデジタル、ゲームサウンド的。コーラスが入ってくる、デジタルな、ビットの世界のパーティーが続く。明るいパーティー感、「始まり」というタイトルがいいな。これからパーティーがさらに始まるのか。最後までテンションを落とさずアルバムが駆け抜けたのは凄い。

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