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連載:メタル史 1983年⑨Manilla Road / Crystal Logic

日本だと知る人ぞ知る、という立ち位置のマニラロード。US Power Metalの元祖的なバンドの一つで、非常に物語性の高いHeavy Metalを作り上げています。USのメタルシーンにおいて、実は商業的成功を収めたバンドも多いThrash Metalに対して真にアンダーグラウンドなのはこのシーンかもしれない。それほど商業的成功を収めたバンドがいないにもかかわらず、長年シーンが存続していて、ベテランもずっと活動しているし若手も出てきています。

1980年代と思われるマニラロード
この当時はトリオ編成
(2000年代以降は専任ボーカルが入り4人編成になります)

なお、こうした「物語性が強いヘヴィメタル」を日本だとエピックメタルと言ったりしますが、どうもこれは和製英語の様子(→日本語版Wiki)。あまり欧米では使われていないようで英語版wikiがありませんし、RYMの分類でもありません。最も近いものが「US Power Metal」というジャンルで、これが一番メジャーな呼び方のようです。後は「Epic Power Metal」とも一部で呼ばれる様子(そのタイトルで作られたプレイリストはちらほら見かけます)、要は「Power」というのがキーワードのようです。

AFM Recordsが作っている公式の「Epic Power Metal」プレイリスト。

ただ、Power Metal、だとドイツのHelloweenBlind Guradian、イタリアのRhapsody(Of Fire)などが入ってきます。なので、アメリカのものは「US Power Metal」、ドイツのものは「German Power Metal」など、国名+Power Metalという表現は使うようです。このジャンル、欧州とUSではだいぶ認知度やスタイルが違い、US Power Metalはかなりマニアックで根強いマニアが支持している印象。ヨーロッパだとかなり商業的に成功しているバンドが多い印象です。また、USの方がファンタジー小説や神話など、叙述詩的なコンセプトアルバム、大作が多い印象です。ドイツだとブラインドガーディアンはそうした傾向が強いですが、Helloweenとかはあまりアルバムを通してのストーリー性ないですからね。このあたりの「エピカル」な度合はだいぶ違います。USのバンドは商業的成功にあまり恵まれない分、ずっと原点に忠実と言うか「エピック(物語的)」な側面が強い。

今回のマニラロードはUS Power Metalの大御所。US Power MetalはそもそもDio時代のRainbowが元型とも言える「剣と魔法の世界を描いたファンタジックな歌詞世界」を起点としています。なので、US Power Metalにおける最大のバンドはDioとも言えるのですが、DioはいわゆるUS Power Metalと括られるバンドに比べるとだいぶ洗練されています。音楽的にはもっと普遍的なHeavy Metalに近いし、アルバムもコンセプトアルバム感は薄い作品が多いです。US Power Metalと呼ばれるバンド群の特徴は「音楽より歌詞やコンセプトが前面に出ている」とも言えます。歌詞を読み、歌詞世界を理解する、読みとくことも大きな楽しみである。だから英語圏ではない日本では今一つ波及しないのかもしれません。僕が知る限り唯一、日本語圏で語られた巨大なテキストはこちら。

この著者の大橋大希さんは凄い熱量です、というか「エピックメタル」という単語が日本である程度広まったのはほぼこの人が中心なんじゃなかろうか。少なくとも現存するwebの痕跡は大橋さんのものが圧倒的に大きいです。エピックメタルと呼ばれるジャンルについてはこのテキストを読むと知識欲が十二分に満たされるでしょう。

US Power Metalで有名なバンド(マニア層に支持されているバンド)はこのManilla Roadの他、Crith UngolJag PanzerVirgine SteeleManowarSavatageなどがあります。これらはどれも「物語性」が主軸にあるバンド。プログレッシブメタルに分類されますが、Fates Warningや初期Queensrÿcheなんかもこの傾向があります。アルバムもコンセプトアルバムが多い。ただ、プログレの人はソードアンドマジックなファンタジーよりSF、近未来的なイメージが強いかも。プログレ系のコンセプトアルバム主流のバンドを含めるとCoheed and Cambriaは商業的成功を収めていますね。 The Amory Warsという独自のSF世界を描き続けていて漫画化などマルチメディア展開しています。こうした「物語世界を描くバンド達」がUSでは一定の市民権を得ている。あとは、Slayerも実は結成当初の名前は「Dragonslayer」で、US Power Metalを標榜していた痕跡もあります。

RYMのUS Power Metalのタグがつけられたトップアルバムがこちら。1位と3位がManilla roadで、本作は3位ながらレビュー数は3000件を超えていて1位のアルバムより多いです。レビュー数3000件以上あり評価も高いアルバムは下記の3枚。これらは当連載で取り上げていきます。本作が最初のアルバム。

Manilla road / Crystal Logic 3.80(3,086) 1983年
Savatage / Hall Of The Mountain King 3.81(3,300) 1987年
Metal Church / Metal Church 3.80(3,344) 1984年

物語性を重視するのでそれが制約となり、「分かりやすくポップでキャッチーな曲が少ない」「なんだかむやみと曲が長い」というのがこのジャンルの弱み。だけれど、物語をしっかり読み解いていくと他では得られない知的興奮や感動があるのも特徴です。「物語に合わせてめちゃくちゃ起伏を大きくした」という方向で一定の成功を収めたのがManowarSavatageですね。そんな中でこのManilla Roadはこう言っては何ですがまさに「物語性が先に出て単曲の盛り上がりに欠ける」系のバンドの筆頭格。だから日本ではそんなに知名度がない気がしますが、今まで見てきたように英語圏では大きな評価を得ています。そんな彼らのディスコグラフィーの中でこのアルバムは「音楽単体としての盛り上がり」が一つのクライマックスを迎えた作品の一つとされていて普通にHeavy Metalとしてカッコいい。USのメタル史上におけるアンダーグラウンドな潮流、ファンタジックな世界観を描いたバンド群の中での名作とされる1枚です。US Power Metalの独特な世界の入り口としてどうぞ。だんだん、このジャケットを見るだけで独特な音世界が脳内再生されるようになります。

なお、US Power Metalのバンド達は息が長く、上にあげたバンドはだいたいどれも現役で活躍していたり、活動休止していても再始動したりしていますが残念ながらManilla Roadは中心人物であったギタリスト兼ボーカリストのMark "The Shark" Sheltonが2018年に急逝。ほぼ彼のワンマンバンドであったので事実上の解散となっています。いつか、中心人物であったマーク・リアリを喪っても遺されたメンバーが蘇らせたRiot Vのように復活するかもしれませんが、、、今のところManill Roadは「伝説のバンド」となってしまっています。

在りし日のマークシェルトンの勇姿

本作のプロデューサーはMark Mazur。メタル系の他のアルバムではみかけない人です。録音したスタジオ付のプロデューサーでしょうか。不思議なのは再発されたときにジャケットが微妙に変わり、アルバムタイトルとバンドロゴが逆になっています。どこでも役に立つことがないであろう豆知識。

微妙な変更

※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。

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1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…

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