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Metallica Blacklistは2020年代ロックの未来を見通す(かもしれない)

90年代にオルタナティブ、グランジの一大ムーブメントが起き、従来の”インディーズ、オルタナティブ(代替)”と”メインストリーム”(それまで流行っていたポップロック、アリーナロック、ソフトロックなど、総称して「クラシックロック」や「80sロック」)との大転換が起きました。ただ、その過程でメインストリームが空洞化した。「オルタナティブ」が代替のまま主役となり、中心が見えなくなりました。より正確に言えば、「一つの中心」はなくなり、「たくさんの中心」が点在するようになった。「若者」を括るものとしてのロック音楽は分解され、幾多のセグメント、人種や性別、世代や所属するコミュニティによって個別のムーブメントが盛り上がるようになりました。

では、今の多様化したロックシーン全体を俯瞰するにはどうすればいいのか。その問いに対する一つの回答ではないかと思うアルバムが明日リリースされるので、今日はその話を。

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V.A. / The Metallica Blacklist

1991年にリリースされたMetallicaのアルバム、「Metallica(通称”Black Album”)」を全53組のアーティストがカバーした企画盤です。なぜこのアルバムが2020年代のロックを見通すアルバムかと言えば、次の4点。

1.「同じ曲」を幾多のアーティストがカバーすることで「同じ曲が表現手段によってどのように違って聞こえるか」を比較できる。

結果として、「現在のロックシーンのさまざまな音像」を同じ曲で比較することができ、さまざまなロックのムーブメント、サブジャンルの音像を俯瞰・総括するショーケースとなっている。 
※もともと12曲入りのアルバムを53組のアーティストがカバーしているので、同じ曲が何曲も重複している。

2.しかも、参加しているアーティストはそれぞれのサブジャンル、ムーブメントで1流とされているアーティストばかりである。

3.そもそも、メタリカは構成メンバーの人種構成からして非常に多様性のあるバンドである。複数のコミュニティ、カルチャーを内包しており、「若者の統合文化としてのロック」に近いところにいる。今回のアーティストのセレクションにもそれは現れている。

4.今のロックシーンは90年代から繋がっている。厳密に言えば80年代のオルタナティブシーンから繋がっているのだが、それらがメインストリームに転換したのが91年なので、90年代以降の音像というイメージが強い。その原点である91年の作品。ニルヴァーナ「ネバーマインド」パールジャム「テン」メタリカ「ブラックアルバム」が商業的転換点の原点と言える(もちろん、それぞれのアルバムにはそこに至る経緯があるので、さらにさかのぼれば80年代に繋がっていくが、今のユーザーが音像として連続していると感じるのは90年代からが分かりやすいだろう)。

大原典の1つと言えるブラックアルバムを今のアーティストが再訪するという企画そのものが、「今のロックのルーツ」に立ち返り、同時に「今のロックシーンの音」を総括するという構造になっている。

以上4点です。

トリビュートアルバム自体は昔からある手法ですが、「一つの(それも、1991年という現代ロックの転換点に一時代を築いた金字塔の)アルバムを徹底的に掘り下げる」アルバム、かつ、現代のロックシーンの各サブジャンルを代表するようなアーティストが一堂に会した空前絶後のプロジェクト。これによって現代ロックシーンがそのルーツから現在、そして未来へと見通すことができるだろうというプロジェクトです。もはや一バンド、一アーティストではロックシーンを総括できないだろうと思っていたところに、こういう手法があったとは。最初に企画を知ったときは「よくある周年のトリビュートか」ぐらいに思っていましたが、改めて歴史的意義を考えてみるとすごく挑戦的で、「今、(これだけ細分化し多様化した)ロックシーンを総括するならばどのような手法があるだろう」という問いへの回答になっています。

どこまでが「ロックか」という定義は難しいですが、このアルバムは間違いなくロックです。なぜならメタリカだから。メタリカはロックとメタルの境界に入るバンドで、ロックシーンの中でも辺境にいます。その辺境たる”メタル”から見る立場だから、「ロック」の領域を照らすことができる。基本的に、辺境の方が総括しやすいんですよ。USで発生したロックンロールがUKで発展し、ブリティッシュインベンションが起きたのもそう。辺境から中央を制覇するバンドは、総括する特性を持ちやすい。以前選んだ「ロックミュージックを総括する6組のアーティスト、18枚のアルバム」の6組のうち、現役なのはU2とMetallica。その一つであるMetallicaの野心的な試みです。「今のロックシーンのショーケース」として恰好のアルバムだと思うのでぜひチェックしてみてください。Metallica Blacklistは2021年9月10日解禁です。

メタリカ史における位置づけ

さて、ここからはメタリカ史における本作の位置づけです。メタリカ史を振り返った下記の記事の補遺。

「メタルシーンを総括するバンド」であったMetallicaは、Death Magnetic(2008)以降、「自分たちの歴史を総括するようなオリジナルアルバム」と「新しい領域を拡大するアルバム」を交互に出すようなスタイルに変わったように思います。これは「オリジナルアルバムで総括しきれないほどメタルシーンもロックシーンも拡散した」から、も理由の一つではないかと思います。1バンドで総括できるサイズではなくなってきたし、Metallica自身のキャリアも後半に差し掛かり、自分たちの総括の時期にも入ってきたことも理由でしょう。

ただ、新しい地平を切り拓いてこそのトップバンドですから、自己総括だけだと社会的インパクトが弱まる。既存のファン向けにやや閉じてしまいますからね。そこで、ルーリードとのコラボ作Lulu(2011)のような「全く新しい挑戦」、「Metallicaサウンドの解体と再構築」といった冒険を行うようになった。本作もそうした冒険の一環なのだと思います。現在のロックシーンの様々なアーティストによって解体、再解釈されたメタリカサウンドを吸収し、次のオリジナルアルバムではアップデートしてくるでしょう。

2021年初頭のラーズ・ウルリッヒのインタビューによると、コロナ禍の中、リモートワークでニューアルバムの制作を始めたそうですがあまり上手くいっていない、と話していました。「俺たちはバンドだから、そろって音を出さないと今一つわからないところもあるのさ」といった内容。リモートワークの影響ももちろんあるのでしょうが、Metallicaほどのバンドになれば「次のアルバムはどういうコンセプトで、どのようにメタル史、ロック史、メタリカ史の中で位置づけるアルバムであるべきだろうか」という視点での悩みも大きいと思われます。現在もニューアルバム制作中のはずなのでこのアルバムを経ることで次のアルバムのサウンドがどうなるのか。きっとMetallicaなりの見事な回答が出てくることでしょう。楽しみに待ちたいと思います。

それでは良いミュージックライフを。

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