King Woman / Celestial Blues
ニューヨークを拠点とするイラン生まれのソングライター、プロデューサー、ボーカリストのクリス・エスファンディアリが率いるキング・ウーマン。もともとはソロプロジェクトとして2009年に結成され、そのあとフルバンドとして活動を続けています。本作は2枚目のアルバムで、メタル系に強い大手インディーズレーベルであるRelapse Recordsからのリリース。
本作セレスティアルブルースは、かつて彼女を縛っていた聖書の原型を再形成せざるを得ないと感じたエスファンディアリが作成した反逆、悲劇、勝利の演劇の物語をです。これは、長年にわたる彼女自身の個人的な経験のメタファーです。Celestial Bluesとは直訳すると「聖なるブルース」。
クリス・エスファンディアリはもともと幻想に苦しめられてきたそうで、きっかけが子供の頃に経験した臨死体験。この深刻な出来事の後に、一連のヒステリックなブラックアウト(意識を失う)エピソードが続いてきたそう。悪夢にうなされて目が覚めることが多かったそうです。何らかの発作、持病のようなものなのかもしれません。
数年前、そのことを次作のテーマにしたいと考え始めた彼女がそのことを話していると、ある人からジョン・ミルトンの「失楽園(Paradise Lost)」を勧められたそう。「失楽園」は聖書の中のエピソードをもとにした叙事詩で、旧約聖書『創世記』第3章の挿話をもとにしたもの。蛇に唆されたアダムとエバが、神の禁を破って「善悪の知識の実」を食べ、最終的にエデンの園を追放されるという「楽園喪失、楽園追放」のシーンを描いています。この叙事詩に再び出会ったとき、エスファンディアリは彼女の子供時代を思い出しました。彼女の両親は、しばしば家で教会を開き、異言語で話し、悪魔払いを行っていたそうです。それが彼女の臨死体験や発作にどう影響を与えたのかはバイオグラフィーでは説明されていませんが、両親の語った霊的な戦い、天国への期待、そして地獄の警告について説教を思い出したことで、それがセレスティアルブルースのインスピレーションの一つとなりました。
それでは聞いてきましょう。
活動国:US
ジャンル:Doom/Post-Metal/Shoegaze
活動年:2009-現在
リリース:2021年7月30日
メンバー:
Peter Arensdorf Guitars, Bass (2019-present)
Colin Gallagher Guitars(※どうも本作制作前に脱退した様子)
Joey Raygoza Drums
Kristina Esfandiari Vocals
総合評価 ★★★★
今のUSのインディーロック、インディーポップのセンスを持ちつつ、音像としてはドゥームメタル、ダークでゴシックな質感を持っている。ボーカルスタイルも激烈なところはかなりエクストリーム。ただ、けだるげに、それこそビリーアイリッシュのように歌うパートもあり、R&B的なイマドキっぽいフックのあるメロディもところどころ出てくる。けっこう面白いボーカルスタイル。曲構造としては「歌」にけっこう焦点が当たっていて、メロディがしっかりある。ただ、ボーカルが歌唱力で前面に出てくるというよりはかなりエフェクトがかかっていて全体の音像が渦として迫ってくる。音響面というよりは曲構造として、歌が中心にダイナミズムが作られているということ。ドゥームな世界観ながら歌メロがしっかりあり、USのバンド群よりは北欧、たとえばCandlemassとかそのあたりにも通じるものを感じる。USインディーロック meets 欧州ドゥームメタルとでもいうべきか。面白い音像。
1.Celestial Blues 04:36 ★★★★
つま弾くようなベースとギターの音、ささやくボーカルが入ってくる。音はクリアで比較的中音域が強め。ノイズが入ってきてドゥームな音世界に。音がつぶれたヘヴィなリフが入ってくるが、そこまで低音は強調されていない。ボーカルはリバーブがかかり、ハーモニーが入っている。けっこうメロディアスなドゥームメタル。音作りは現代的。ガレージロックリバイバル以降のぶっとくてノイジーでありつつ丸みを帯びた(耳に刺さらない)弦楽器隊の音。吹きすさぶ風のようなボーカルスキャット。音響的には実験感もあるが、曲構成がわかりやすく、しっかりした歌メロがあるのがキャッチーに聞こえる。
2.Morning Star 03:53 ★★★★☆
アルペジオとボーカル、バラード的。ちょっとキャンドルマスにも近い、ドゥームでゴシックながら美しい世界観。ドラムの手数は結構多い。”Lucifer Falling From The Heights”「高いところから落ちるルシファー(堕天使)」のフレーズが連呼される。天上の声のような美しい、讃美歌的なボーカル。対比するように底部でうごめく楽器隊。堕天のシーン。美しいバラード。
3.Boghz 05:23 ★★★☆
ギターのアルペジオ、ベースがやや途切れながら入ってくる。だんだんとドラムやベースがなめらかに動き出す。全体的な雰囲気はヘヴィでゴシックだが、コード進行などはそこまで不協和音を前面に出しておらず、美しい箇所も多い。この曲ではコーラスが絶叫系で感情をぶつけるような音像に。間奏は美しいメロディとスキャット。この曲はちょっとメタルコア感もあり、この曲はUKのゴシックメタルコアバンド、スヴァールバル(Svalbard)などにも近いものがある。
4.Golgotha 06:04 ★★★★☆
ややエスニックなフレーズから。ゴルゴダ、というタイトルからキリストの処刑だろうか。ずいぶん後の時代に飛ぶ。ゴルゴダはイスラエルなので中東感もある音像なのか。どこか乾いた、砂漠的、デザートロック・ストーナーロック的な音像。音響的な感触が変わった。轟音ギターが控えられ、反復するボーカル。クラシックロックのようなシンプルなドラム。砂漠のブルースといった趣。2分半を過ぎたあたりから轟音ギターが入ってくる。ワウがかかっていて泣き叫ぶ、あるいは吹きすさぶ風のような響き。ボーカルはR&Bのような、なめらかで言葉数多めのフレーズをたどる。途中、ちょっとリズムが走るような感覚があるが、実際にテンポアップしているというよりドラムがちょっと前ノリなのだろう。拍を超えるか超えないかぐらいのギリギリの前ノリで攻めている。アルペジオで静かなヴァース~盛り上がるパート~また静かなパート、という構成はドゥームメタルの王道パターンでもあるしアイアンメイデンなども想起させる。欧州メタル的な構築美がある曲。
5.Coil 03:01 ★★★☆
ギターとドラムがうねりを上げて絡み合う。手数が多めのスタート。「5つの傷が私を傷つけ、殺し、犯したが、私は蘇る」。coilとは螺旋で、蛇がとぐろを巻くさまにも使われる。ボーカルは言葉を吐き出していく、アジテーションスタイル。ハードコアスタイルの曲。ややアップテンポでアルバムの雰囲気が変わった。いいアクセント。
6.Entwined 06:04 ★★★★
教会で響きような、美しいギターのフレーズ。教会っぽいのはリバーブだな。なんとなく神聖な空間で鳴らされているような広がりがある。そういえばUK、USの音楽が空間的な広がりがあるのは教会の体験があるからだ、と。小さいころから教会に行く習慣があるが、そこで残響する、空間残響を体験するからそれが原体験となって音楽にもそうしたものを求める、と。それに対してJ-POP、日本の音楽はあまり空間性がない、さまざまな楽器が平面的に配置されるが、それはそもそもの音の原体験が違うからだ、といった話を読んだ。確かに、教会的な音響空間はゴシック、ダーク的なロック、メタルを聞いているとよく出てくるがこういう広がりや音作りはあまり日本のアーティストでは聞かないかも(例外もたくさんいるだろうが)。「完成像」というか、「音の鳴り方」のイメージの原体験にあるものが違うのかもしれない。日本の場合、音楽室とかも吸音系だし、音が響くというより静謐な中で音だけが鳴る、残響がない、といった方向を目指すのかも。と、こんなことを書いている間に曲が展開していき、激情パートに。かなり盛り上がっている。ダイナミクス(緩急の落差)が大きい。
7.Psychic Wound 03:20 ★★★★
ドゥームなリフからスタート。そこにハーモニー、コーラスエフェクトがかかったボーカルが入ってくる。歌メロはところどころポップささえ感じさせるメロディ。ああ、共通項で言えばKawaii Metal、Cutecoreへの回答と言われたPoppy(もともとポップアーティストだったが、昨年突然メタルに変貌。ただ、メタルの音像にバブルガムポップを組み合わせて見せた)にも近いかも。もちろん、Poppyのような奇妙な接合感は狙われておらず、あくまで雰囲気はゴシックでダークに統一されているのだが、ボーカルの処理とか、意外とフックが合ってキャッチーなメロディラインとかは近いものもある。ヴァースではそんなポップさもあったものの後半になるにつれてかなりテンションが高くなり、絶叫していく。エクストリームな音像に。Poppyは言いすぎた。
8.Ruse 04:18 ★★★★
スロウなバラード。このボーカルの歌い方がメタル一辺倒ではないんだよなぁ。ポップ、R&B的な歌い方やメロディラインがところどころ出てくるが、ブラックメタル、ゴシックメタル的な絶叫までこなす。ただ、デス声系でもない。モダンで独特のセンスを持っている。ドゥームな感じ。一番近いのはCandlemassだなぁ。聞いてみると意外とキャッチーなメロディもあるからね。全体としてはドゥーム(破滅)的でダークな世界観なのだけれど、曲としてのキャラクターもそれぞれしっかりあって歌ものとしても成立している、というか。音響だけではなく、たとえばピアノ弾き語りとかで演奏しても成り立つような骨子がある。良し悪しではなく、歌というものが曲構造に占める割合が高い。
9.Paradise Lost 04:10 ★★★☆
静かなアルペジオにボーカルが入ってくる。ビリーアイリッシュがドゥームメタル化したらこんな感じなんじゃないかと思わせるけだるくてダウナーなボーカル。今のUSのインディーロック的な音響、感覚も持ち合わせているんだな。静謐な世界観で曲が進んでいく。エンドロールというか、静かな余韻といった趣の曲。「It's just the saddest story」(これはただの最も悲しい話)でアルバムは幕を閉じる。失楽園、楽園追放は人間の成長における幼年期の終わりのメタファーともいわれるが、そうしたテーマもあるのだろうか。
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