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連載:メタル史 1982年②Iron Maiden / The Number of the Beast

過去2作でN.W.O.B.H.M.の旗手に躍り出たIron MaidenSaxonMotörheadらと並ぶムーブメントのリーダーとして商業的には順調に活動を続けますが、この時代は激動の時代。成功はメンバーに急激な環境の変化をもたらし、個々人の生活が変わっていきます。

当時バンドメンバーは20代。スティーブ・ハリスは1956年生まれなので、デビュー時24歳です。ハリスはベースを始めたのが意外と遅く、16歳。初めて楽器を16歳で触り、やがて身近な友人たちとバンドを結成。18歳の頃にはメンバー募集の広告を見て年上のバンドに参加します。当時、他のメンバーは26歳ぐらいだったそうでずいぶん年上に見えたそう。やがてオリジナル曲を作り始めたハリスは、自分の曲を具現化するためのバンド、つまり後のIron Maidenを結成しようと動き始めます。

1975年、最初期のメイデン
右端のハリス以外のメンバーは入れ替わりデビュー時には別

さまざまなメンバーが入れ替わる中で、最初に安定したメンバーがデイブ・マーレイ。同い年(1956年生まれ)のギタリストで、ハリスとマーレイの出会いが実質的なIron Maidenの始まりと言えます。それが1975年。二人が19歳の時。そこから4年でレコード契約を勝ち取り、1980年にデビュー。デビュー作がUK4位を獲得し一気に人気バンドになります。Judas PriestのUSツアーにも帯同し、USでもデビュー。セカンドアルバム「Killers(1981)」はビルボードでも78位にチャートインし、1981年5月には日本公演も実現。この日本公演はLed Zeppelin以来もっとも短期間でチケットを売り上げた記録となり、全国ニュースに。この様子はライブEP「Maiden Japan」としてリリースもされます。

メイドインジャパンとメイデンを掛けたタイトル
右下に「女 日本」の文字が
Maidenは直訳すると「(処)女」ですから、タイトルの日本語

それまでUKの中で生活していた20代の若者が24歳で急激に人気者になり、そこから1年、2年で世界中を飛び回る生活へとバンドを取り巻く環境がめまぐるしく変わっていきます。

ちなみにデビュー前のハリスは建築製図工として働き、週末はパブやクラブで働いていたそう。この時の仕事を振り返って「絵を描く仕事は好きだったよ、直線ばかりだったけど(笑)」とのこと。そんな状態からレコード契約を得て専業アーティストとなり、わずか2-3年で世界中をツアーで回るアーティストに成長していったわけです。

これ、芸能界とかアーティストあるあるなサクセスストーリーですが、身近で考えるとかなりプレッシャーありますよね。20代で周囲の友人たちとは急激に環境が変わっていく。接し方が変わらない友人もいるだろうけれど、着実に生活は変わっていく。接する人たち、行く場所、目にするもの、手に入るものすべてが変わる。同時に自分も変わっていくことを強要される。

そんな変化の中、ボーカルのポールディアノが身を持ち崩し、ドラッグとアルコール漬けで活動継続が困難に。看板ボーカリストの交代劇が起こります。次いで加入したのが当時Samsonに在籍していたブルース・ディッキンソン。イアン・ギランタイプの超絶スクリームを持つボーカリストです。

リリース当時のメイデン
ハリス、バー、ディッキンソン、マーレイ、スミス

いつの時代もバンドにとってボーカル変更というのは大きな衝撃があるものですが、本交代劇は結果として吉と出ます。振り返ってみると本作は内容的にも商業的にもN.W.O.B.H.M.の最高到達点と言えるでしょう。2023年時点で全世界で200万枚を超えるセールスが記録されており、アイアンメイデン史上最も売れたアルバム(英語版wikiには20million copies、つまり2000万枚売れたと書かれていますがおそらく200万枚の間違いでしょう、セールス集計サイトで確認したら約200万枚でした)。

1st、2ndまではデビュー前に作られた曲が主でしたが、ついに曲のストックが付きて本作は全曲新曲に。ツアー中に作曲も進められていたようで、Killersツアーでも本作の曲が5曲演奏されています。この頃はアルバム未収録の新曲をライブで演奏し、反応を見て練り上げていくバンドも多くいました。メイデンもそのタイプ。前作から加入したスミスが初めて作曲に参加したアルバムでもあります。本作ではディッキンソンの作曲クレジットはまだありませんが、実態は何曲かに参加していた様子。80年代の黄金期を支えるハリス、スミス、ディッキンソンというメイデンの3名ソングライター体制の萌芽が見られます。

プロデューサーは前作に次いでマーティン・バーチ。タイトル(悪魔の数字)とジャケットから「これは反キリスト的だ!」とUS一部ではアルバム破壊運動も起きた様子。USって世界最大のキリスト教国家なんですよね。かなり過激なキリスト教信者が一定数いるようで、UKのバンドがある種の知的遊戯・文学的題材の対象として悪魔や黒魔術を扱うのに真剣に抗議する、という構図がジョン・レノンの「ビートルズはキリストより偉大だ」からのビートルズ反対運動以降たびたび見られます。

ちなみに、Number Of The Beast、獣の数字=666とは、ヨハネの黙示録にある「思慮のある者は、獣の数字を数えよ。それは人間を表わす数字である。その数字は六百六十六である」が大本。この「獣」とは何かというと、皇帝ネロのことらしいです。ヨハネの黙示録が書かれた時代、場所で言うと第一次ユダヤ戦争でヨハネはネロ配下のローマ帝国軍による戦禍で故郷を追い出された。だから基本的にヨハネの黙示録は戦時文学です。古代ヘブライ語はそれぞれ対応する数字を持つ言語で、皇帝ネロ(Caesar Nero)をヘブライ語で書くとnun-resh-vav-nun qof-samek-resh。この数字の合計が666、だそう。当時、ローマ帝国支配下の世界で「皇帝ネロは諸悪の根源」という書は書きたくても書けなかったので、こうして隠喩の形で後世に残したと言われています。

Nun-resh-vav-nun qof-samek-resh は 50+200+6+50+100+60+200 になります。
画像提供: IFLScience

だから、メイデンのこのアルバム、タイトルトラック(の歌詞)、ジャケットは正しく「戦火に巻き込まれた恐怖」「戦争を操るものの存在」を現していて、666の由来まで理解してテーマとしていたことが分かります。歌詞を読むと、むしろ反キリストというよりヨハネの気持ち、ローマ軍に追われた民の気持ちを歌った曲とも解釈できます。ぜひ歌詞を見ながら聞いてみてください。

※はじめて当連載に来ていただいた方は序文からどうぞ。

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1980年から2009年までの30年間のメタル史を時系列で追っていきます。各年10枚のアルバムを選び、計300枚でメタル史を俯瞰することを…

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