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詩 「家族の肖像」(2022)

Yasuharu Nagura

ある日、父さんが会社をサボってパチンコへ行ったとき、母さんは家で内職をしていた。ミシンでカバンを縫う仕事を母さんはしていた。セサミストリートのカバンを縫う仕事。その日、父さんの職場の上司から家に電話がかかってきた。

「家に旦那さんはいますか?」とその上司が尋ねたとき、母さんは居ないよ、と答えた。母さんは〈おかしいな〉と思い、近所のパチンコ店へ父さんを探しに行った。

父さんは其処でパチンコを打っていた。

母さんは父さんを見つけて、父さんの隣の席に座った。そして父さんのパチンコ台からパチンコ玉を手に取ると、ジャラジャラとそれで母さんは打ちはじめた。

〈やめろ、お願いだからもうやめてくれ〉、と父さんは思ったんじゃないかと僕は思う。

口を閉ざす父さん。

賑やかなパチンコ店に訪れる静けさ。

その後、「なんで会社の上司に口裏を合わせておいてくれなかったのか?」と父さんは母さんに怒った。

私は知らないよ、と母さんは言った。

僕は母さんが正しいと思う。

七月。どじゃぶりの雨音が聴こえる中、父親の書斎で、その頃の出来事を、二十五年以上前の昔のことを、僕は回想している。

セサミストリートのカバンを見れば思い出すでしょうね。それらの日々のことを。そして両親によって、少しはまとな大人に育ったかということを、僕は実感するでしょう。

よくこのカバンのことを僕は思い出す。そして反省したり、あるいは励まされたりする。

たぶんそのカバンを部屋の壁に貼って飾っておくべきなのだろう。

もしその頃のカバンが見つかれば。

写真「セルフポートレイト」(1996年12月27日撮影) より


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