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『ノルウェー語入門』書評

前回、無料で学べるノルウェー語リンク集を作ったものの、最近『ノルウェー語入門――文法、練習問題、テキスト訳注、語彙』(下宮忠雄著,2021年,文芸社)なる本が出版された。

ノルウェー語という比較的マイナーな言語の、新書による教科書がこのような価格帯で出版されたのは非常にありがたいことではある。著者の下宮氏については、国外の様々な大学でゲルマン語学を研究し、ノルウェー語のみならずデンマーク語(ちなみにデンマーク語はノルウェー語のブークモールの語源となっている)やオランダ語、イタリア語などにも精通している人物である。そのため、他言語を比較しながらノルウェー語の性格を浮き彫りにする、という意味では非常に教科書然としているだけでなく、他の言語からノルウェー語に到達しようとしている人間にとっても有益になる情報は多いだろう。

とはいえ、本書に問題点がない訳ではない。今書いた通り、他言語との比較を通じてノルウェー語の性格を浮き彫りにするということは、同時に情報量の圧縮度の高さにも通じている。例えばP.44~の、§20.再帰代名詞(reflexive pronomener)の記述を見てみよう。

再帰代名詞(自分自身)は1人称と2人称は人称代名詞と同じ語形を用いるが、3人称は seg [sæi] という特別な語形を持っている(ドイツ語sich,フランス語se)。「楽しませる」はå moreであるが、「自分を楽しませる」「楽しむ」はå more segとなる。åは不定詞の標識である。

まず、再帰代名詞とは英語でいう myself や yourself にあたるが、まず前提として、ノルウェー語にはそれを直接表す語彙そのものは存在しない。その代わりに、英語でいう me / you がノルウェー語では用いられるということが書かれている。しかし、3人称に限っては、itself にあたる語彙 seg が存在する。そしてこれが、ドイツ語でいう sich やフランス語の se とイコールであることが書かれているのである。しかしここで注意しなければならないのは、ドイツ語やノルウェー語には、再帰代名詞を用いた表現が英語に比べてかなり多いのである。簡単に、英語との比較を通じて見てみよう。

例えば「私は嬉しい」を英語で書くと I am glad になるが、ドイツ語で書くと I freue mich となり、それを英語で直訳すると I enjoy myself という、ややもするとぎこちなく見える表現になる(ちなみに~を嬉しく思う、だと Ich freue mich über et4 という表現になる)。上記の文は、これと同様の表現がノルウェー語でも見られるということがおそらく暗示されているのだ。ノルウェー語では「私を楽しい」を Jeg morer meg (= I enjoy myself)と書く。

ここまで説明して、「å more」(ちなみに発音はオー・ミューラ)という表現について解説することができる。ノルウェー語には「楽しむ」という自動詞が存在しないため、目的語を必要とする「楽しませる」という他動詞によって、楽しいということを書く。そして、人称代名詞の目的格を用いることで、「私は楽しい」ということを表現する。このことが、 å more seg という文で示されている。ちなみに、å とは英語でいう to (ドイツ語では zu)であり、これを用いることで動詞の不定形を作る。

……以上のような説明をしてようやく、文の意味が分かるのである。基本的にページ数の関係から、このような圧縮率で文章が配置されており、ある程度他の言語に通じていなければ読むこと自体が難しく、あまりオススメできない。ただし副読本として見れば、本文中に収録された1221語のノルウェー語の辞書が、語源などの説明も加えた上で載ってあったり、練習問題が適宜挿入されてあったりと、何かと併せて読む上では良い本なのかもしれない。

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