ピラミッドとは関係のない話

 32年続いた平日お昼の番組「笑っていいとも」は、今思うと変な番組だった。
 ライバル番組のヒルナンデスが始まったときは、生放送なのにVTRばかりなのが気になったけど、一方のいいともはたった1時間の生放送でオープニングトーク、ゲストを招いてのトーク、ゲームコーナー、ゲームコーナー、ゲームコーナー。生活に役立つ情報なんてほとんどなくて、メインターゲットだったはずの主婦層を狙ってたとはとても思えない。
 司会を務めるタモリも、自分が大人になるにつれて、人見知りで繊細なようにも見えた。その人が毎日違う人とトークしていたのも狂気じみてる。

 物心ついたときにはほぼ毎日やっていたいいともは、あるのが当たり前の番組だった。
 でも当たり前のことは大事にされない。
 覚えてることも、見てきた量からするとごくごくわずかだ。
 驚いたタモリが「えーーーーーーーーっつ!」と言って「その『つ』は言わなくていいんですよ」と総ツッコミを受けていたのは一番おかしかったし、彼氏を紹介するコーナーで出てきた女の子が首から「彼氏のなんです」と携帯灰皿をかけていて「やさしー!」と声があがったあと出てきた彼氏のネームプレートに(19)と書いてあったのは一番怖かった。

 その少ない記憶の中に、今もお守りのようにしているタモリの言葉がふたつある。
 テレフォンショッキングという1対1のトークコーナーで、もうゲストが誰だかも覚えていないけど、その会話中にタモリがぽろっと返した言葉だ。

 ひとつは「私、夢がないんですよ」と嘆いたゲストに対して、「夢なんかなくていいんだよ」とタモリが言ったこと。
「今は夢を持てだの夢があればだの言うけど、夢なんかなくていいんだって。夢がなくても一生懸命生活してる人はいて、例えば家族を養ったりしてるわけで。俺はそういう人たちこそ尊敬するけどね」
 たぶんこの瞬間、今この文章を読んだ瞬間に、当時の僕と同じようにハッとした人がいるはずだ。夢とは持つべきもので、夢とは疑いもなく良いものだったのに、タモリがこの思考に分岐点を作ってくれた。新しくできた道Bから元の道Aを横目で見る。そうすると、何でも美化できてしまう「夢」の怖さにさえ気づいた。

 励ますときの言葉が変な言葉ほど信じられる、という持論がある。
 聞いたことのないザラザラした言葉は、自分にだけ向けられたオリジナルな言葉だって分かる。耳障りのいい言葉は聞いたことのある言葉だ。どこであっても、変人だと思われるリスクを背負ってまで発言してる人の言葉には耳を傾けたい。
 芸能人は夢という言葉と最も近い存在だとすら思っていたから、タモリの「夢なんかなくていいんだよ」は、その軽快さも含め信じられる気がした。

 もうひとつ印象に残っているのは「嫌いな人とはどう付き合えばいいんですかね」と言ったゲストに対して。
 タモリはすかさず「嫌いな人とは付き合わなきゃいいんだよ」と言った。
 その言葉のあと、テレビの前で僕は、きょとんとしていた。

 ちょうど友人関係で悩んでいる時期だった。
 それまでずっと「仲の良い友達」だと思ってた人たちがむしろ「合わない人」じゃないかと疑い始めて、いろんなやりとりを振り返ると、どうも帰り道の自分はいつも傷ついていたらしいぞと気づき出したあたりだった。
 ダイジェストで書けばなんでも、悩みは「そうでもないもの」に思えてしまうけど、実際はずいぶん困っていたような気がする。僕は当時も今も「みんなでうまくできたらいいのに」と思うタイプだから、そんな自分が「友達」を「合わない人」にカテゴリーチェンジするなんてとんでもないことだった。
 厄介だったのは、つまらなかったり、やりきれなかったりするときに遊びたくなるのがその人たちだったことだ。
 その人たちのせいでうわあとなっているときに、一緒に発散したくなるのがその人たちだった。友達が少なかったせいもあると思う。

 そのときに流れていったのがタモリの言葉だった。
 嫌いな人とは付き合わなきゃいいんだよ。
 この単純な言葉が、僕にとっては目からウロコの言葉だった。

 みんなでうまくできたらいいのにというのは、ある種の「介入」を指す言葉で、それはバラバラな人たちが軽く肩を組むようなイメージだった。
 だけどタモリの言葉で「そうか別に積極的に近づく必要はなかったのか」と初めて気づけた。それぞれの場所で、うまくやってけばいいのか。

 ある人にとっては当たり前のスタンスだと思う。
 だけど、SNSでは今でも「合わない人とは逃げていいんだよ」みたいな言葉がちょくちょく拡散されて流れてくるから、みんなこういう言葉を欲していたのかもしれない。
 ただ、ときどき混乱するのは、その言葉に、合わない人たちもいいねボタンを押してるだろうと想像するときだ。
 学校、家族、仕事場。合わないと思った人たちが、こっちにも合わないなという目線を向けている。その人たちも「逃げていいんだよ」の言葉に救われている。その人たちにとって、自分も「逃げるべき対象」になっている。
 ある意味で分かり合う、分かり合えない私たち。
 この分断を覗くと、いつもわけがわからなくなる。

 タモリの言葉に気づかされたものの、すぐに全部解決とはいかなかった。
 ちょっとした同窓会でとある友達に会った。当時仲の良かったその人はお酒がとても強くなっていて、壁際の席、僕の隣で飲み放題のビールをこぼすように飲んだ。やっさんもほら、と同じペースに付き合わされて、そんなに弱いほうじゃないものの開始1時間もしないうちに頭がぐわんぐわんと回った。
 学生時代から誰からも優等生だと思われていた青少年ど真ん中みたいなその人は、当時から僕にだけ本音を漏らすことがあった。比較的優しい僕のことを、安心から結果的にナメてしまうのはその人だけじゃなく数多くいた。その日は、本音だったんだろうか、お酒のせいだったんだろうか。
 散々飲んでいる最中に、壁際の僕にだけ聞こえるように「俺さ、フェラならいつでもしてあげるよっていう人がふたりはいるからね」と言ってきた。
 あ、そうなんだと返すと「っていうかさ、俺、この前やっさんの元カノと合コンしたよ。やっさんはメールしてる? なんでしないの? 俺は今だってできるよ。また飲もうよって送っちゃうよ。あ、ほら見て、もう返事来たし」という流れになった。
 引きずってた俺も悪いと思う。でもそれは俺がその元カノに連絡をとりたくて仕方ないと知ってのことだった。なんでそういうことをするのかなと思うのもつかの間、ぐいぐいと飲まされて、なぜかふたりで牛丼を食べて、そして池袋の駅で俺は泣いていた。
 だけどその人はめんどくさそうに帰っていった。
 そういう時期だったんだなと今は思うようにしてる。けどそのときは、あっちの友達といいこっちの友達といいなんなんだと混乱しながら帰った。
 お前は変だとよく言われた。考えれば考えるほど人と違ってしまうみたいだった。だけどなのかだからなのか、理解できないことが僕には山ほどあった。

 山ほど‥‥。
 全然関係ない話してもいいですか。
 コンビニのバイトで、少し年下の大学生と同じシフトだったときに、ちょうどタバコの配達があった。
 発注通りに数が来てるかを確認したあと、新しいタバコを棚にしまうとき、その人は僕とは違い、古いタバコを持ち上げてその下に新しいタバコを置いていた。
 おにぎりやパンなら新しいのは後ろに置いたほうがいいと知っていたけど、タバコでもそうするんだと感心して「タバコも新しいのを下にやったほうがいいの?」と聞いた。
「いや、そうなんすよ。タバコって古くなるとまずくなるんですよ」
「え、そうなの?」
「そうなんすよ。前にたばこ税が上がるときあったじゃないですか」
「あー、みんなたくさん買ってたやつ」
「そうっす。そのとき俺も、タバコをカートンで、ピラミッドくらい買ったんですよ。そしたら」
「ちょっと待って」
「はい?」
「ピラミッドくらいって、本物のピラミッドくらいのこと?」
「いや、本物ではないですけど」
「じゃあ偽物のピラミッドくらいって言ってくれないと。こっちわかんないから。混乱しちゃうから」
「あー‥‥」
「じゃあもっかいね。はい」
「前にたばこ税が上がったじゃないですか」
「みんなたくさん買ってたね」
「そのとき俺も、タバコをカートンで、偽物のピラミッドくらい買ったんですよ。なんですかこれ」
「あははははは!」
 関係のない話でした。

 それで、そう、混乱した帰り。
 なのに俺はまたあの友達たちのところに行こうとしてた。
 駅を出て、家には帰らずに、自転車置き場に向かった。
 だけどその前に家の下のベンチに座った。分からないことが多すぎた。そして携帯電話をいじって、遠くに住む友達に電話をかけた。

(遠くに住む友達はいいです。自分を知ってくれている人が、どこか知らない土地にいるという事実に、僕はとても救われていました)

 その電話は残念ながら留守電だった。
 溜め息をついて、仕方なく自転車置き場に向かってる途中で、折り返しがあった。
「ごめん、忙しかったでしょ」
「ううん、あの留守電きいたら心配せずにはいられないよ」
「そっか、ごめんね」
 悩み相談がもともと上手ではなかったし、詳細を話すのにもためらいがあった。だけど心配させるような留守電まで残しておいて、ちゃんと話さないのも違う。
 いつもおしゃべりなその人は、うんうん、うんうんと話を聞いてくれた。
 どこまで話したかは覚えてないけど、結局俺はいつも敵をつくってしまうし、全然わかり合えないことばかりみたいなことを話したんだと思う。そういえば母親とも数年話していないときだった。
「ねー、健太くん」
「うん?」
「あのね、私は、みんないろんな星から地球に来てると思ってるの」
「え、なに?」
「きっとね、健太くんと私は同じ星から来たんだね。だから全部わかってあげれる。他の星から来た人とはさ、たまにわかり合えないことがあるけど、でも私がわかってるからね」
 ひとつもわからないけど、全部わかった。自分には存在しなかった言葉なのに、全部わかった。こんなにうれしかった言葉はない。夜はとつぜんあかるくなって、一発で全部治った。今も、書いてる手がとまりそうになるほどうれしい。
 あの夜から、ここまできたよ。まだまだいこうね、みんなと私。



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