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幼稚園教育要領の「情報機器」への言及を踏まえて、保育における活用を考える

 デジタル教科書ではない、幼児教育(ECEC)への情報機器の活用について、教育のあり方の方から少し考えてみました。

ECECでの情報機器の活用

 様々な状況の変化から、大学等の高等教育機関のみならず、小学校や小学生向けの学習塾においても、オンライン授業の実践が積み重ねられてきている。こと「教育の情報化」については、何十年にわたって、かけ声はありつつも、遅々として進んでこなかった。とはいえ、「新しい生活様式」の元で、「教育の情報化」が一気に加速するのか、よく見ていくことが必要であろう。

 さて、目下の状況下で、確かにオンライン「授業」の導入が、「学校」で進んでいくのかも知れない。同時に、保育所保育等の幼児教育~これを、OECDでは、ECEC(early childhood education and care)と表現し、日本語では、「幼児期の教育とケア」と訳される~において、オンライン化等の情報機器の活用が進むのかについても、関心が高まるのではななかろうか。


幼稚園教育要領での位置づけ

 保育所保育指針には、情報機器の活用について言及した部分を見いだすことができなかったが、ECECに関する文献として文部科学省の「幼稚園教育要領」を見てみると、冒頭に引用したように、情報機器の活用について、一文の指摘がある。ここでは、「幼児の体験」を「補完」するような用い方が示唆されている。

幼稚園教育要領情報機器の活用


 さらに、幼稚園教育要領解説では、「幼児が一見、興味をもっている様子だからといって安易に情報機器を使用することなく、幼児の直接的な体験との関連を教師は常に念頭に置くことが重要である。その際、教師は幼児のさらなる意欲的な活動の展開につがるか、幼児の発達に即しているどうか、幼児にとって豊かな生活体験として位置づけられるかといった点などを考慮し、情報機器を使用する目的や必要性を自覚しながら、活用していくことが必要である。」としている(フレーベル館出版版の115ページ)。
 この指摘からは、「幼児教育において、デジタル技術を使うことを必須とみているようには感じられない。むしろ、情報機器を使用する場合の配慮、検討の必要性を強く認識させる」ようにしていると感じられた。要すれば、情報機器の利用の形が、コンテンツを一方的に享受させるようなものではなく、可能な限り五感を使った探索的な学び=遊び/経験を支援、拡張するようなものでなければならないと考えられているようだ。
 やはり、養護と教育の二本柱で構成される保育所保育における「子どもとの関わり」の中で、直接、情報技術を適用することには、まだハードルが高いように思われる。
 

破壊的イノベーション理論では?

 とはいえ、ECECにおいても、情報機器を活用して、その質を向上させていくための歩みを止めるべきではない。そこでヒントとして、クレイトン・クリステンセンの「破壊的イノベーション」理論を教育システムに当てはめると、どうなるのか見てみたい。その整理として、同著者の「教育×破壊的イノベーション」翔泳社の「解説」234ページで、次のように述べられている。

1 教育の手法改良は、生徒や保護者の要求(ニーズ)の上昇よりも早いペースで進む。
2 教育の手法改良として、「すべての生徒に対して一つの教授方式を用いる」ことを前提にした「持続的イノベーション」と、「一人ひとりの生徒が異なる学び方をする」ことを前提にする「破壊的イノベーション」がある。
3 後者(教育の個別化)を前提とした製品・サービスとしてコンピュータを利用した教育方式があり、最初のうちは、既存の教育ニーズを十分に満たすことができない。
4 既存の関係者(政府や教師など)の多くは、「すべての生徒に対して一つの教授方式を用いる」一枚岩教育手法の改善を優先し、その一部としてしかコンピュータによる教育を取り入れようとはしない。
5 しかし本来、コンピュータを利用した教育方式の潜在的力は、もっと大きなものである。
6 コンピュータを利用した教育方式が、その力を発揮するためには、それを「一人ひとりが異なる速度と異なるプログラムで学ぶ」という「無消費」への対応として、まず活用する必要がある。
7 そのためには新しい教育システムを、既存の教育システムから分離して導入を進めるべきである。

 コンピュータ等の情報機器を用いて「一人ひとりが異なる速度と異なるプログラムで学ぶ」というのは、現在の算数や数学の学校教育で導入されている習熟度別クラス編成とは全く違うものであることを強く意識する必要がある。そうではなくて、むしろ、子ども自身の自己管理と意欲に信頼を置いた新しいものとなるはずである。
 となると、情報機器を導入してECEC、特にその教育的側面に働き掛けるのであれば、子どもが「何ができたのか」という「習熟度」ではなく、子どもの意欲や関心がどこに向いているのかを把握し、そして、子どもの個性的な発達過程の見通しをもって、そこから逆算してどのように情報機器を活用するのかを考える構想力が重要になってくるということになるだろう。


VRやARの可能性

 また、「五感を使った探索的な学び=遊び/経験を支援、拡張」するようなという意味で言えば、AR(拡張現実)の技術や仮想現実(仮想現実)の技術を使って、子ども自身の実際の経験を記録にとって、そこにアノテーションを加えて見る(実際の子どもの映像に注意喚起の台詞やマークを表示する)こと、通常の視覚や聴覚、触覚では認識できないものや、その実際の経験とは条件が異なったらどういう経験ができたのかといったことを「体験」させるような形での情報機器の活用が求められるのではなかろうか。
 先に紹介した幼稚園教育要領解説では、「園庭で見つけた虫をカメラで接写して見えない体のつくりや動きを捉え」る、という活用例が紹介されているが、これは、ARやVR活用のプリミティブな活用事例ということもできよう。
 ここでも重ねて注意しておきたいのは、ECECにおけるデジタル機器の活用は、よく言われるデジタル教科書やeラーニングのようなデジタル機器で教材を提供したり、学びの過程を管理したりするようなものではなく、子ども自身の体験、経験がまずあって、その実際の体験、経験を支援し、拡張させて、その経験に深みや奥行きを与えるようなものでなければならいということだ。


子ども一人ひとりに合わせた機器の活用

 子ども一人ひとりに合わせた保育のためにデジタル機器を活用するという場合には、予めカリキュラムがあるわけではなく、子どもの実際の体験と、その体験を認知した専門職としての保育士が持つ「その子どもの発達過程に対する見通し」とが合わさった即興としての「体験の支援、拡張」がなされるということになるのではないかと予想する。
 そのような活用を実現するような、コンテンツ作成システム(動画、音声の合成、簡単な編集を可能にするコンテンツ編集、加工ツール)というもの想定し、それを即興的に保育士が活用して保育に取り込んでいくというあり方を、この場では、仮説的に提唱させていただきたいと思う。