『思考は現実化する』が本当かを突き詰めるため、仕事にも出ずに9年も真理探求をした結果、、、、『信じる力』が生まれ、神秘体験が繰り返されるようになった話 vol.1 ~懐疑からの始まり~
この記事は英語バージョンと中国語バージョンもあります。日本語が読めない方々にシェア願います。
参照
Does Mind really matter? -The way I got to know the answer was YES!- vol.1
为了探究『思考转化为现实』的真实性、无业9年追求真理的结果是…『相信的力量』,反复发生的神秘体验的故事 vol.1 ~从怀疑开始的第一步~
思考は現実化する?!
私は精神世界などにはまるっきり興味なかったばかりか、『怪しい!!』と拒絶反応を示すほどだった。
そんな私が、いろいろあって『思考は現実化する』かどうかを真剣に確かめてみたくなった。
そういう衝動が沸き上がってきたのだ。
外に仕事にも出ていなかった自分は、この探求をメインの活動にすることにした。
疑いの日々 ~証拠集め~
『精神世界』に対して最初っから100%疑いの目で見ていた私は、証拠集めを始めた。
「本当に本当なら、その証拠を見せてみろ!」
それまでは興味がなかったので気づかなかったが、精神世界関連の本は結構多かった。
とりあえず図書館にある精神世界関連の本は片っ端から読んだ。
そして、その本に参照されている本などを遡って読んだり、その本が図書館にない場合にはamazonで購入したりした読んだ。
amazonで購入するために検索する際には、似たような書籍がオススメとして紹介されたので、それらの書籍で面白そうなものがあればそれらも読んだ。
枝葉のものも加えると、500冊位は読んだかもしれない。
海外の書籍も読んだ。(英語を勉強しておいてよかった!)
なんて思いながらも読み続けた。
そう、この時点で既に数年間もの時間が経過しており、私はその間、ずっと読み続けていたのだ。
興味もなく、怪しいとだけ思っていただけの『精神世界』関連の書籍をよくこんなに読めたって?
実は、読んでいるうちにいろいろな共通点が見出されてきたのだ。
そのような共通点が見えてくると、当初は「そんなわけ無いだろ!」と思ったような内容が、「う~ん、、もしかしたらそういう事もあるのかもしれない、、」と思えるようになってきたのだ。
私は興味をそそられた!
文献調査の日々、霊、スピリチュアル
『見えない世界』というものが本当にあるとしたら、それを知ることはかなりの意識改革を引き起こすことになる。
よってこの分野の追求は精神世界の探求に大きなヒントを与える可能性があると思い、調査を開始したのだ。
正直言って、かなり精神的な抵抗を感じてしまう分野だった。
幽体離脱とか、エクトプラズムとか出てくるととてもついて行けなかった、、
しかしながら、チャネラーのリーディングの記述などでは唸らされるようなものも多かった。
エドガー・ケイシーなんて、お金も受け取らずに苦しむ人々に助言を与え、治療を行ったとされる。
(参考図書;転生の秘密―超心理学が解明する (エドガー・ケイシー〈秘密〉シリーズ (1)))
そして実際にそれらが非常に有効だったして、非常に尊敬されているとの話だった。
『神(霊)と話をすることが出来た』という内容のものも面白いものは多かった。
彼らが話をしている相手が本当に霊なのか、それとも潜在意識と呼ばれるものなのかなどはわからなかったが、内容としては考えさせられるものであることが多く、それを信じることでマズイことが起こりそうなものでもなかった。
(参考図書;神との対話―宇宙をみつける自分をみつける (サンマーク文庫―エヴァ・シリーズ))
ただ、お化けに代表されるように、霊が見えてしまうことであまり楽しくない経験をされている人々は多いように感じられた。
そこで自分は思った。
(後に、コレはまさにその通りとなったのだ^^ 思考は現実化したんだね)
超能力
これも正直、かなり受け入れ難かった、、、
そんな思いが強かった。
しかし、中国やロシアが国を上げて研究していたりするのであれば、それほど胡散臭いものでもないのかな?
リモート・ビューイングなどというものについても読んでみたら、「実際に見えるのは現在とは限らず未来だったりする」みたいな記述があり、このへんが霊、スピリチュアル分野で読んだチャネラー系の内容と共通点がある感じがした。アメリカの大学では講義も行われているとか何とか書いてあった気がしたな。
(参考図書;FBI超能力捜査官 ジョー・マクモニーグル)
超能力全般に関しては『うそだろ?!』の気持ちがなかなか抜けなかったが、ある日本人教師についての記述は、疑いを少し晴らす手助けをしてくれた。
中国で超能力を使える子供が沢山出現したという記事を見た日本人教師が、日本の生徒を連れて中国を訪れた話だ。
『大人には難しくても、もしかしたら子供なら出来るかもしれない。中国人の子供に出来るのなら、日本人の子供にも出来るのではないか』と思って連れていったようだ。
そして試させたら、誰も出来ない、、、
出来るわけ無いよという表情の日本人の子供の前で、「こんなのだれでも出来るよ^^」と言った感じで?中国人の子供達が目の前で超能力を示してみせたところ、日本人の子供達の心中に希望が生まれたのだろう。
次にチャレンジしたところ、なんと日本人の子供のうちの一人が成功してしまったらしい。
それをみた他の生徒達も俄然希望に燃え、遂には他にもポロポロと出来る子供達が出現したという話だった。
自分からすると、このような話にはなんとなく納得させられたのだった、、
気功と言うものについても調べてみた。
他にも手かざし、ヨガ、心霊手術など、いろいろあったので幅広く調べてみた。
チャクラだとか、オーラだとか、、いろいろな記述があり、わりと興味をそそられたりもした。
中国では気功士が気を送ることで、手術中に麻酔なしで治療が行われたりしているとの記述を読み、『それは面白いな!』と胸が高鳴った^^
麻酔不要の理由が『気』なのか、治療を受ける人が催眠にかかっているのか、その辺は良くわからなかったが、非常に興味深かった。
宗教
世界中には色々な宗教がある。なんで宗教なんて言うものは生まれたんだろう?
やはり誰しも拠り所が欲しいのかな。
自分の場合にも、ピンチの場合には何故か神頼みのようになったしな、、
このような深遠なことが書かれていたりした。
まさにここが自分の一番興味のあるところだった。
『無償の愛』、『囚われのない心』、『魂の救済』、、、
このような内容はかなり自分の心に響くものであり、しびれるものだった。
それでは宗教にハマったか?というと全然そうはならなかった。
自分が興味を感じたのは根本的な考え、理念の部分で、お寺や教会などにはまるで興味はわかなかった。
むしろ、そのような形式的な部分にハマるのは、逆に真理探求からしたら横道にそれることになるだろうと感じた。
宗教感のイザコザとか戦争とか、形式的なことにこだわるとあまり面白くないことが起きたりしていたように思われたので。
数々の宗教の間には色々な共通点があり、その中でも自分が興味を感じたのは『瞑想』。
瞑想、祈り、座禅、ヨガ、、、
呼ばれ方や形式は沢山あるが、どれも似たようなものに感じた。
しかし、寺や山奥で一人瞑想するなんて言うのは自分には意味があまり感じられなかった。
トレーニングや勉強をバシバシやって、どんどん自分のレベルをアップしていきたい!という気持ちが強かった当時の自分にとっては、
「瞑想?暇人かよ、、」
くらいに思えてしまったのだ。
かなり深遠な内容の宗教分野にもかなり興味をそそられた。
しかし、この時点ではイエスキリストの奇跡などは『ただの神話』だろう程度にしか思えなかった、、、
科学
精神世界の話と異なり、データが一般人に見えやすいカタチである『科学』というのは自分にとって説得力があった。
多くの人があたりまえだと思っている現実世界というものが本当はどのようなものかを調べるため、現代物理学などを少し勉強してみた。
大学でもやったが、量子力学とか、宇宙についてとか色々。
『精神世界』とは反対かと思っていた『科学』からのアプローチでも、『現実世界』というものはそれほど確かなものではないのではないかと思えるようになってきた。
こんなのを読んでいたら、テレパシーや、物質が消えたり現れたり、もしくは現在も過去もないなんていうのもありえない話に思えてきたのだ。
実際に量子レベルでは起こっているような感じだったので。
そして、物理や化学以外に、自分の興味をそそったのは脳科学。
てんかん患者についての研究などはかなり興味深かった。
左脳と右脳をつなぐ脳梁を切断することにより、頭のなかに2つの脳が同時に存在することになる。すると、それぞれの脳ががバラバラに動くため、分離した行動を取るという記述だった。
左脳がこうしたいと思っても右脳がそれは絶対にするな!と思っていたとすると、右手(左脳が司る)と左手(右脳が司る)が喧嘩を始めたりするというのだ!
自分はここで大いなるヒントを得た!
人間の右脳はかなり凄い能力を持っており、サヴァン症候群の人々の驚異的な記憶力などの事を考えると、抑制さえしなければ誰でも凄いことが出来るのではないだろうか?
そして、その右脳の素晴らしい能力にブレーキをかけるのが理性的な左脳なのではないかと思っていたのだ。
脳梁の実験結果は、自分に大きなヒントを示した。
そして、ここで科学と宗教が繋がった。
このような仮説を得た自分は、瞑想を習慣の一つとすることにしてみたのだ。
「瞑想?暇人がやるものだろ?」などとそれまでは思っていたのにね^^
その他
他にも、多くの分野で多くの人が科学では説明できないような現象について語っていた。
発明家が、「イメージが頭のなかに入ってきたので、自分はただそれを設計図に書いているだけだ」と言ったり、音楽家も同じように「頭のなかに奏でられている音楽をただ譜面に写しているだけだ」と言ったりしていた。
美術家の方が、
「親指の絵を書こうとするのであれば、親指を見るのではなく、その周りを見なさい。そしてその周りを描けば、自然に親指が現れてきます」と言っていたのも示唆的だった。
親指を見てしまうと、親指とはこういう物だという先入観が入ってしまうだろうから、その影響を受けないようにするのにも、周りを見て書くというのはいいのかもしれないな、、、
ありがたいことに、自分の中で少しずつ、色々なものが繋がっていった。
穿った目で見てしまう、、
多くの本を読んだり、数年間も証拠集めをしたことで、始めた当初に比べると、かなり心に変化は起きていた。
しかし、しかし!!
やはり疑いは完璧には晴れなかった、、
素晴らしい本などは多かった。「おぉ~、なるほど!」などとは何度も思ったものだ。
しかし同時に、色々な考えが頭をよぎった。
特に、後者の『著者はまじめに書いているものの、実際に真実かどうかはわからない』という点に関しては検証のしようもなく、『証拠集めにより自分自身を納得させるなんてことは難しい』という結論に至った。
vol.2に続く、、、、
このstoryで伝えたいこと
■ 疑っても良い!気になるのであれば自分で調べてみよう!決して無駄にはなりませんよ^^
■ 狭い範囲で情報収集するのではなく、出来るだけ広い範囲で調べてみよう
■ 本などの情報はただの情報であり、うのみにするのではなく、参照程度に止めよう
■ 真実かどうかを確かめることが出来るのはあなた本人のみ!
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