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見送る気持ちに想いを馳せる。

東京から島根県の離島に移住して4年目になった。島の高校を卒業していく子たち、何かの挫折を感じた人たち、新しい仕事に挑戦していく人たち、気付けばたくさんの人が島から旅立っていくのを、手を振って見送り、そして新しく島にやってくる人を迎えてきた。

先週母国スリランカに帰っていく17歳の留学生の女の子を見送った時は、ちょうどフェリーが出航するタイミングで曇り空から太陽の光が差し込んできて、スッと風が吹き抜けたもんだから、テープがいい具合に風になびいて、なんともエモーショナルな気持ちになった。

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きっとスリランカに帰っていく彼女は、この景色を忘れないだろうという確信に近い気持ちがあるし、人生の岐路に立った時に、こうやってたくさんの人に見送られたことが彼女の支えになって欲しいと思う。そんな不思議な力が自然と湧いてくる。

コロナ禍の影響で、みんなで島から送り出す、そして島に迎え入れるということがままならないことも多かった中で、久しぶりにこの島らしい風景を見て嬉しくもあった。ふと今日見送っている側の高校生の中には、1年後にフェリーの上で見送られるやつもいるよな、と想像してしまう。

余談だけれど、この感動的な紙テープでの見送り、小慣れてくるまではなかなか緊張感がある。事前に隠岐汽船(フェリー会社)の窓口でお願いをしておいて、くくるロープを船の上から降ろしてもらう必要があるし、下の方で紙テープが絡まらないように十分に気をつける必要がある。

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僕がそうであったように、慣れないうちは段取りがグダグダになったり、紙テープの量が足りなかったり、下で紙テープが絡まったりして、現場はまるで感動のお見送りどころではない。そんなピンチの時は、自分だけでなんとかしようとせず、島生まれ島育ちのベテランにちゃんと助けてもらうことが鉄則だ。

絶対に失敗してはいけない、というわけではないけれど、巻き戻しができない一回限りのお見送りだから、どうしても慎重になる。そう感じるのは、島の人たちが見送るということを、とても大切にしているからだとも思う。

ある人が「島を出ていく人は、ちゃんと見送られる必要がある」と言っているのを聞いたことがある。僕は最初その意味がよく分からなかった。その人なりの引き際、去り際のようなものもあるんじゃないかと、心のどこかにはそんな気持ちがあった。

3年間島で暮らしてみて、その言葉の真意が分かったわけではないけれど、3月下旬にもなると、異動などで島を去る人の離島日と船便の時間が職場に紙で貼り出され、それぞれに関わりの濃い薄いはあっても、島の人たちは時間をつくって見送りに駆けつける。決して多くを語るわけではないけれど、その見送る背中には静かな矜恃のようなものがある。

優しく、そして力づよく送り出すことで、まるで投げたブーメランが返ってくるように、また島に帰って来て欲しいという期待もあるかもしれないし、何かそれを超えた気持ちがあるようにも思う。

色とりどりの紙テープとともにフェリーの汽笛が響き、見送る人がだんだん遠くなっていく時に島の人たちは何を思うんだろうか。一体これまでどれだけの人を見送ってきたんだろうか。

移住者である僕は「いつか自分もあんな風に盛大に見送られたい」という下心や、「その時に、こんなにもたくさんの人が見送りに来てくれるんだろうか」と不安が混ざったような気持ちを感じながら、自分の日々の行いを振り返ってみたり、これからの人生に考えを巡らせたりする。

島を去り行く人を見送る時には、自分の人生、もっと言えば自分の生き方を見つめ直す時間になっているし、お世話になった人、大切な人との別れに対して自分なりの区切りをつけることで、お互いまた前に進んで行けるのだと思う。

今のところ僕が島を去る予定はないので、この春はwithコロナの中での工夫をしながら、島を去る人を僕なりに見送り、新たに島にやってくる人を迎えていきたいと思う。

そして、油断して紙テープが絡まらないように引き続き気をつけながら、隣にいる島の人たちの気持ちに静かに想いを馳せることを忘れないでいたい。

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1991年大阪生まれの北欧かぶれ、島根の離島で暮らしています。得意料理はだし巻き卵。