『経済学って何だろうー現実の社会問題から学ぶ経済学入門―』経済学入門書のご紹介【4】

早稲田大学政治経済学術院教授の戸堂です。経済学の超入門書『経済学って何だろうー現実の社会問題から学ぶ経済学入門―』がいよいよ12月10日に新世社より発行されます。

そのご紹介の第4弾となる今回の記事では、出版社の許可を得て「はじめに」を転載します。これを読めば、私がどういうものを目指してこの本を書いたががわかっていただけると思います。

なお、ここに掲載したものは初稿段階のものであり、最終的には軽微に修正されています。

もし、大学教員の方でこの本を教科書として授業で使うことを検討いただける場合には、出版社より献本させていただきますので、こちらからお申し込みください。

はじめに

 本書は、経済学をほとんど学んだことのない皆さんを対象にした経済学の超入門書です。経済学専攻の大学1・2年生だけではなく、それ以外の学部の大学生、さらには経済学のとっかかりを知りたいと考えている社会人、高校生など、経済学に興味がある全ての人が対象です。
 そのような皆さんに、経済学とはどんな学問か、何を目指しているのか、経済学を使うとどんなことがわかるのかを、現実の経済・社会問題を事例にしながら、できるだけやさしく解説していきます。
 筆者は今でこそ経済学者をしていますが、大学には理系で入学して、途中で文系の地域研究専攻に転部しており、経済学を基礎から学んでいませんでした。ですから、はじめて経済学を学んだ時には、経済学特有の考え方を理解するのに相当苦労したのを覚えています。本書は、自分自身がどういうところでつまづいたのかを思い出しながら、その時の自分でもわかるように書いたつもりです。

 さて、そもそも、経済学とはどんな学問で、何を目指しているのでしょうか。

 よくある誤解の1つは、経済学はお金儲けの手段を研究する学問だということです。確かに、企業の株価がどのようにして決まっているかを分析するのも経済学の1つの分野です。また、企業の経営にも経済学の考え方は応用されています。その意味では、経済学を応用すればお金儲けの役に立つかもしれません。
 しかし、株価の分析や企業経営への応用は経済学のホンの一部に過ぎず、経済学の分析の対象はもっと大きなものです。一言で言えば、経済学は「人間行動学」と言い換えてもよく、さまざまな状況において、人間や人間が動かす組織がどのように行動するかを分析するツールです。
 むろん、その名の通り、経済学は経済活動での人間の行動の分析を得意としています。例えば、人々が何をどれだけ消費するかはどうやって決まっているのか。企業はどのくらいの賃金を支払って、人をどれだけ雇って、何をどれだけ生産するかをどうやって決めているのか。
 これらを分析することで、様々な経済問題、例えば日本の経済成長や国内の所得格差、先進国と貧困国の貧富の差の問題、経済のグローバル化の功罪などを分析し、それらにどのように対処すべきかについて考えることができます。
 しかし、最近の経済学の対象は必ずしも経済活動だけではありません。例えば、経済学を中心に発展したゲーム理論は、複数の人や組織がお互いの行動を考えながら自分の行動をどのように決めていくかを分析するものです。これは、例えば国家の軍事行動や男女の出会いといった、経済とは直接関係ない問題を考えるのにも応用されています。
 さらに、行動経済学は心理学の考え方を取り入れて、最近急速に発展している経済学の1分野です。伝統的な経済学では、人が損得だけを考えて、合理的に行動するということを想定します。しかし、行動経済学では人間は必ずしも合理的ではないと考えます。これを応用すれば、政府がワクチン接種を推奨するときに、どのような文言を使えばより効果的なのかがわかります。

 もう1つのよくある誤解は、経済学は弱肉強食の世界である自由な市場経済を信奉する学問で、経済的弱者に対する配慮がないというものです。
 確かに、アダム・スミス以来、経済学の最も重要な結論の1つは、自由な市場での競争の中で神の「見えざる手」が働き、人々は最も幸せとなり、社会的に最も望ましい状態が達成されるということです。
 しかし、これはあくまでも一定の条件が満たされた場合の理論的結論で、そのような条件が満たされない「市場の失敗」と言われるケースも、様々に存在しています。そのときには市場経済には改善の余地があり、政府の政策によって人々をもっと幸せにできることも、経済学は明らかにしています。
 例えば、工場からの汚染物質の排出によって周囲の環境が悪化し、住民の健康が損なわれる場合を考えてみましょう。市場経済では、企業は汚染物質の排出を考慮せずに工場で生産活動を行いますので、周囲の環境や住民の健康を過度に害してしまって、社会的に最も望ましい状態は達成できません。このような場合には、自由な市場に任せるのではなく、政府が汚染物質の排出を規制したり、企業に税を課したりすることで生産活動を抑制することが必要だというのが経済学の考え方です。
 このように、むしろどのような場合にどのような理由から市場の失敗が生じて、どのような政策が必要であるかを明らかにすることこそが、現代の経済学の根幹をなしているとも言えます。経済学=市場原理主義では決してないのです。

 本書は、このような誤解を解きつつ、経済学とはどんな学問であるかを初学者向けに解説しています。本書の特徴は、多くの章で、日本や世界各国で現在起きている経済・社会問題について触れながら、それを経済学の視点から説明し、その事例を通じて経済学の考え方を学ぶことができるようになっている点です。また、それらの章の後半では、前半で利用した経済学のツールについてより詳細に解説を加え、経済学の知識を深めることができるようになっています。ただし、全11章の中で、第2章はマクロ経済学のツール、第4章はミクロ経済学のツールを解説したもので、現実の事例が中心とはなっていません。
 ですから、もし章の後半の「経済学のツール」の節や第2・4章が難しいと感じたならば、最初はそれを飛ばして読んでいただいても、事例に基づいてある程度の経済学が理解できるはずです。その上で、飛ばしたところに戻って読んでいただければ、より理解が深まるでしょう。

 本書を読むことで、読者の皆さんが経済学の基本的な考え方・知識を理解し、自分自身で様々な経済・社会問題について考える一助になることを祈っております。さらに、各章の最後には、その章に関連した初級・中級の教科書や経済学を基にした一般向けの興味深い本を紹介しています。本書によって経済学に興味を持った読者は、ぜひそれらの本でさらに様々な分野の経済学を学んでいただければ、入門書の著者としてこれ以上の喜びはありません。

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