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アカデミー賞がなんだかちょっと前に進んでいる気がする

別に偉そうに語れるほどの映画ファンでもないんだけど、やけに嬉しくなってしまった。


日本時間2月10日に発表された第92回アカデミー賞。韓国映画『パラサイト』が、監督・作品の主要2部門を含む4冠を達成した。

韓国語の映画、アジア単独制作の映画が作品賞を受賞するのはいずれも初。というか、英語作品以外が作品賞を獲るのがそもそも初めてだ。

歴史的な出来事だしアジア人としてはそれなり以上に喜ばしいんだけど、それ以外にもちょっと笑顔になってしまうニンマリポイントがあったので、おすそ分けしてみたいと思う。

忘れ物を取りに来た人たち

主演男優賞のホアキン・フェニックス、助演男優賞のブラッド・ピット、助演女優賞のローラ・ダーンは、いずれも初のオスカー受賞。主演女優賞のレネー・ゼルウィガーは2度めの受賞だが、主演女優賞は初だ。

ホアキンは4度のノミネートで初受賞。ブラピは「『ファイトクラブ』で獲るべきだった」と言われ続けて20年目で、やっとオスカー像を手にした。ダーンに至っては、10年ぐらい映画界自体から干されていたらしい。

ベテランと呼べるキャリアに差し掛かった名優たちが、控えめな表情でスポットライトを浴びる姿は美しかった。

また、ラッパーのエミネムがアカデミー賞に初登場し、「Lose Yourself」をパフォーマンスした。

エミネムは2002年、まさに同じ曲で歌曲賞を受賞したものの、当時は授賞式に出席しなかった。パフォーマンスの後、「ここにたどり着くまで18年もかかってしまいすまなかった」とツイートしている。

会場はいきなり登場したエミネムに驚きつつ、総立ちの拍手で歓迎した。ただ、ご老齢でヒップホップにあんまり興味がなさそうなマーティン・スコセッシ監督がウトウトしている姿は、ソーシャルメディアで格好のネタにされもした。おじいちゃんかわいい。

彼女はどこにいった?

一方、授賞式を前に、悪い意味で話題になったのが、『ストーリー・オブ・マイ・ライフ/わたしの若草物語』のグレタ・ガーウィグ監督が監督賞へのノミネートを逃したことだった。

92回を数えるアカデミー賞の歴史で、女性が監督賞にノミネートされたのはわずか5回。女性受賞者は今までのところ『ハート・ロッカー』のキャサリン・ビグロー監督ただ1人だ。

あらゆる業界が男性優位で続いてきた社会的・歴史的背景や、現在でも女性監督の絶対数が少ないなどの問題はある。そんな逆風を乗り越え、今年のガーウィグ監督は「ノミネートまでは間違いない」とみられていた。それだけに、非選出は大きな話題を呼んだ。

迎えた当日、ナタリー・ポートマンはディオールのドレスに「今年ノミネートされるべきだった女性監督の名前」を刺繍してレッドカーペットに登場した。ちなみにディオールの現デザイナーは「女性の」マリア・グラツィア・キウリだ。

もう1人の「彼女」は、ジュディ・ガーランド。1940〜50年代のハリウッドで活躍した伝説の大女優だ。所属事務所からの減量プレッシャーにより覚醒剤常習者となり、神経症と薬物中毒に苦しみながらも、アカデミー主演女優賞にノミネートされるまでに活躍。しかし受賞はならないまま、自殺でこの世を去った。

『ジュディ 虹の彼方に』でガーランド役を演じたゼルウィガーは、主演女優賞の受賞が決まると、ガーランドの出世作「オズの魔法使い」の主題歌"Over The Rainbow"をBGMにステージへ。

「ジュディ・ガーランド、あなたは私のヒーロー。私たちを団結させてくれた。この賞はあなたに捧げます」とスピーチし、故人を追悼した。

目指された "#OscarSoWhite" の払拭

さて、『パラサイト』受賞について。

もちろんすごいことなんだけど、この受賞をあれこれ深読みしたがる人が多いのは、最近のアカデミー賞に"#OscarSoWhite"(白すぎるオスカー)という議論があるからだったりする。

ことの起こりは4年前、2016年の第88回アカデミー賞。この年の監督賞、主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞の5部門に、黒人のノミネートが1人もなかった。『ストレイト・アウタ・コンプトン』という大作黒人ヒップホップ映画が公開されていたにも関わらずだ(観てない人はぜひ!)。しかも、黒人の主要賞ノミネート0人は、2015年に続き2度連続だった。

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上の画像は、当時ソーシャルメディアで拡散した、「主要部門ノミネート全員白人、黒人は司会だけ」という状況を皮肉ったグラフィックだ。この年の授賞式で司会を務めたのが、コメディアンのクリス・ロックだった。

映画監督のスパイク・リーや俳優で歌手のジェイダ・ピンケット=スミス、その夫で同じく俳優のウィル・スミスらが式をボイコットする中、ロックは「アカデミー賞は『白人が選ぶ賞』として知られてるけれど、彼らが司会者を選んでいたら、おれはこの仕事でここにいることはできなかった」などと"ブラック"・ジョークを連発。白人が多数派を占める出席者を困惑させまくった

(ちなみに口が回りすぎたロックは、この授賞式で「アジア人は勤勉で性器が小さい」などと、お前が別の人種差別しちゃうのかよ的な発言もぶっ放してめちゃくちゃ批判され、アカデミーが遺憾の声明を出すまでとなった。問題構造の根深さを感じさせる出来事だった。サイズの話はほっといてくれよ)


で、翌年2017年のアカデミー賞では、その反動からか黒人俳優のノミネートが急増した。長編ドキュメンタリー賞は候補5作品中3作品が人種差別を扱った映画だったし、極めつけは作品賞を、大方の予想を覆して『ムーンライト』が受賞した。

『ムーンライト』は「黒の美しさ」を余すところなく表現した映画だけれど、『ラ・ラ・ランド』を凌ぐかと言われれば、当時も今もむっちゃ悩む。

前置きが長くなったけれど、『パラサイト』の受賞に、こうした有色人種映画へのまなざしが多少なりとも影響しているのは否定できないと思う。そもそもアカデミー賞は、2017年の例もあるように、時に非常に政治的な動きを見せる映画賞だ(繰り返すが、結果をdisるつもりは毛頭ない)。

とはいえ、『パラサイト』がそういう文脈のみから、忖度で受賞したわけではもちろんないだろう。たぶん受賞の要因は、徹底した「わかりやすさ」の追求だった。

ネタバレを避けるためストーリーには触れないけれど、『パラサイト』はとてもわかりやすい映画だ。

比喩やギミックは乱発されるにもかかわらず、舞台装置は全て、その意図と効果が明確でわかりやすい。使われた「高低差」「水」「臭い」といった要素は、非言語的で、世界中誰でも直感的に理解できるものごとだ。異臭がして反射的に鼻をつまむ仕草は、人を選ばない。

賞を争った『ジョーカー』や、昨年受賞が期待された『万引き家族』、あるいは『天気の子』まで含めて、貧困問題を扱った映画は最近増えている。けれど、『パラサイト』ほど、どんな人でも「わかるー」という感想を抱ける映画は他になかった。

そもそも白人以外の作る映画を評価したがっていた中に、圧倒的なクオリティとわかりやすさで飛び込んできたのが『パラサイト』だったわけで、アカデミー側も願ったり叶ったりの、必然の受賞だったんじゃないだろうか。

英国アカデミー賞との比較で際立つ方向性

こんな方向性は、米アカデミー賞に1週間先立って発表された英国アカデミー(BAFTA)賞と比較するとよりわかりやすい。

米アカデミー賞とBAFTAとは、ノミネートが似通いがちなことでも知られている。2020年も、主演男優賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞の俳優4賞は受賞者が全て一致した。

受賞者4人が全員白人だったこともあり、ホアキン・フェニックスは「私たちは非白人の方々に、『あなた方は歓迎されていない』というはっきりとしたメッセージを送っている気がする。私たちの業界に多大な貢献をしてきた方々にだ」というメッセージをBATFA授賞式で繰り出したのだ。


それでは、今年の米アカデミー賞とBAFTAで違いが出たのはどこかというと、大きかったのは監督賞であり、作品賞だった。BAFTA監督賞のサム・メンデスはイギリスの白人監督で、メンデスが監督したBAFTA作品賞受賞作『1917』は、第1次世界対戦の白人イギリス軍兵士を描いた作品だ。

一方、ポン・ジュノと『パラサイト』を監督賞/作品賞に据えたアメリカの方のアカデミー賞は、主要6部門以外の賞では、アメリカ作品をしっかりと評価している。

長編アニメーション賞を本命だったNetflix制作のスペイン映画『クロース』ではなく、ピクサー製作のアメリカ映画『トイ・ストーリー4』に与えた。長編ドキュメンタリー賞も、シリアが舞台の『娘は戦場で生まれた』でなくアメリカ中西部の工場を描いた『アメリカン・ファクトリー』に贈った。

アカデミー賞による一連の授賞を、「バランスをとった結果」とか言うと、関係者に失礼かもしれない。ただ、ポン・ジュノ監督自身が、国際長編映画賞の受賞スピーチで語った「新しい方向性」は、きっと影響している。

もともとは、アメリカ映画の健全な発展を目的に、キャストやスタッフの労と成果を讃えるための映画賞だったアカデミー賞。

それが時代の変化とともに、人種も性別も国も、もちろん映画の中身も、多様性が強く意識されるようになった。そんな姿勢には、『ムーンライト』の2016年がそうだったように、批判も生まれるだろう。ある程度の揺り戻しも起こるかもしれない。

それでも今回の結果は、おそらく大きくはぶれない。

ジンコ・ゴトーという、日本生まれアメリカ育ちの大物プロデューサーがいる。

彼女は、共同製作総指揮を務めたスペイン映画『クロース』をめぐり、世界各国から250人のスタッフを集めたことについて「多様性を意識したのですか?」とインタビュアーに問われ、こう答えた。

「多様性は意識しませんでした。世界中からもっとも優れたスタッフを集め、最高の作品を作ろうと思ったら、こうなったのです」

きっとゴトーのこの言葉が、今後のアカデミー賞の必然になっていく。

(繰り返すけど、『クロース』が『トイ・ストーリー4』に負けたのが、まだ2020年って感じだけどね!!!!)


2020年(第92回)アカデミー賞受賞結果
作品賞:『パラサイト 半地下の家族』
監督賞:ポン・ジュノ『パラサイト 半地下の家族』
主演男優賞:ホアキン・フェニックス『ジョーカー』
主演女優賞:レネー・ゼルウィガー『ジュディ 虹の彼方に』
助演男優賞:ブラッド・ピット『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
 助演女優賞:ローラ・ダーン『マリッジ・ストーリー』

歌曲賞:「(I’m Gonna) Love Me Again」from『ロケットマン』
作曲賞:ヒドゥル・グドナドッティル『ジョーカー』
国際長編映画賞:『パラサイト 半地下の家族』(韓国)
メイクアップ&ヘアスタイリング賞:『スキャンダル』
視覚効果賞:『1917 命をかけた伝令』
編集賞:マイケル・マカスカー&アンドリュー・バックランド『フォードvsフェラーリ』
撮影賞:ロジャー・ディーキンス『1917 命をかけた伝令』
録音賞:『1917 命をかけた伝令』
音響編集賞:『フォードvsフェラーリ』
短編ドキュメンタリー賞:『Learning to Skateboard in a Warzone (If You’re a Girl)(原題)』
長編ドキュメンタリー賞:『アメリカン・ファクトリー』
衣裳デザイン賞:ジャクリーヌ・デュラン『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』
美術賞:バーバラ・リン『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
短編実写映画賞:『The Neighbors’ Window(原題)』
脚色賞:タイカ・ワイティティ『ジョジョ・ラビット』
脚本賞:ポン・ジュノ&ハン・ジンウォン『パラサイト 半地下の家族』
短編アニメーション賞:『Hair Love(原題)』
長編アニメーション賞:『トイ・ストーリー4』


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