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Décolleté



悩ましげな吐息が、耳鳴りのように充満している。


私は日がな一日、眠り続ける彼女をただ眺めていた。
ぴくりとも動かないその寝顔に飽きると、自分の身なりを整えるなどして時間を潰す。
どれだけ必死にいじくったところで、鏡に映るのはしょぼくれた醜い老人の姿でしかなく、整髪料で無理に撫で付けた髪の流れは、ひどく滑稽に見えた。


彼女の胸が上下にちゃんと動くのを確認しながら、私は黒く艶やかな髪を恐る恐るすくってみた。
それは絹糸のようにするすると指から滑り落ち、彼女の白く豊かな胸元にはらりと広がった。
私は出来る限り目を逸らしながら、散らばった髪を払う。


彼女が目を開けた。

不自然なほど大きな瞳がぎょろりとこちらを向いたので、私は慌てて手をひっこめた。

「どれくらい眠ってたかしら」

彼女は抑揚のない口調で尋ねる。

「2週間くらいかな。もう二度と起きないんじゃないかと思って、少し怖かった」

私が答えると彼女はほんの一瞬微笑んで、そして何も言わなかった。目は開けたまま、動きはせず、ぼうっとした顔で天井を眺めている。
何か話さなければ。

「何か食べたいものはある?」
「何も」
「体は大丈夫?」
「大丈夫」
「音楽は…」
「かけないで。眠れなくなるもの」

必死に次の話題を探していると、彼女は再び目を瞑った。
長い睫毛が、まるで舞台の垂れ幕のように、彼女の出番を閉ざした。

嫌だ。
また、あの客席で待つだけの日々が戻ってきてしまう。
次、またいつ目を覚ますかも分からないのに。

「どんな夢、見てたの」

呼び止めるように、私は声を掛けた。アンコールだ。
目を閉じたまま、彼女は応えた。

「怖い夢」

息を深く吸い、ゆっくりと嫌なものを吐き出すように、彼女は話す。

「悪魔が私の身体を触って、そこから肉が腐り落ちていく夢」

私は下を向いて、自分のしわくちゃになった手をじっと見つめた。
彼女が眠っている間、何度も何度も触れようとしては、汚れてしまうような気がして躊躇っていた。

「鏡をとってくれる?」

私が机の上にあった銀色の手鏡を手渡すと、彼女は再び目を開いた。

そして、それから何時間も、彼女は何も言わずひたすら鏡の中の自分を見つめていた。

私もまた、その間ずっと彼女に見入った。
少しも飽きることはなく、ただ現実味のない、起きている彼女の姿を目に焼き付けた。

これはきっと、私の夢だ。
一瞬でも目を逸らしたら、その間に彼女がまた眠ってしまうような、
何か話しかけたら、それをきっかけにまた彼女が夢の中に逃げてしまうような、
そんな気がした。


部屋の中が薄暗くなってきた頃、鏡から少しも目を逸らさない彼女に向かい、ついに私は尋ねた。

「やっぱり綺麗な顔だと、ずっと見ていたいと思うものなの?」

我ながらばかみたいな質問だな、と、口に出してから少し後悔した。
彼女は少し驚いた顔で、一瞬だけ私に目を向けたが、すぐに可笑しそうに笑い、また鏡に目を戻した。

「そんなんじゃないの。勿論、鏡を見て自分の顔が綺麗だったら嬉しいけれど。
鏡を見てると、安心するでしょう。
自分がどういう姿をしているか、人からどう見えているかが、確認できて。自分が何者か、確かにわかって。
こんなに心が落ち着くことってないわ。
あなたはそうじゃないの?」


私が鏡を覗いたときに見えるのは、ただ老いて醜い、皺だらけの男の顔だ。こんなものは一瞬たりとも見たくはない。
彼女は、鏡を覗けばいつだってその顔が当たり前のようにそこにあって、その美しさが年々失われていくことなど、まるで考えもしないのだろう。
むしろ私には、日を追うほど彼女は艶やかで、魅惑的で、貴いものに見える。
それは何と傲慢で、何と絶対的で、何と見事な美だろうか。
だからこそ、彼女はこうも美しいのだ。


彼女はしばらく鏡を見つめていたが、日が落ちきると黙って私に鏡を手渡し、目を閉じてしまった。


ああ、また長い長い日常が戻ってくる。
今のは、やはり夢だったに違いない。

彼女は一度も目は覚ましてなどおらず、私との会話など全く望まず、夢の世界にいる誰かに夢中なのだ。
もしかすると、いるかどうかもわからない王子様を、向こうで永遠に待っているのだろう。

開け放った窓から夜風が少し入り、胸元が開いた白いワンピースの袖を僅かに揺らす。
その時、何と、彼女が再び目を開けた。

私は目を見張った。
こんなことは初めてだ。

驚きのあまり何も言えずにいると、彼女が口を開いた。

「ねえ、ちょっとこっちに来てくれる」


もしかすると、これも夢だろうか?

吸い寄せられるように身体を近付けると、彼女は白く柔らかそうな手の甲で、
私の頬に躊躇いもなく触れた。


「一緒に寝ない?」


片唇を上げ、歪んだ微笑みを薄く浮かべる彼女の顔が、月の光で鈍く光っている。

その瞳の焦点が私に全く合っていないことで、完璧なまでに美しいはずのその光景は、ひどく不自然なものに感じられた。

ふと、憎々しいほどに魅力的なその顔を、めちゃくちゃにしてやろうかとも思ったが、
それでも私は手を伸ばすことができなかった。

私の目線は、夢にまで見た彼女の美しい顔をもう捉えはせず、
それよりもやや真下にある豊かな膨らみに、すでに釘付けになっていた。