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どいつもこいつも今日は変だ (皐月物語 41)

 藤城皐月ふじしろさつきは買ってきたケーキを運んで、みんなのいる及川頼子おいかわよりこの部屋に戻った。部屋には皐月の好きなアニソンが流れている。
 今泉俊介いまいずみしゅんすけが皐月が作った YouTube の再生リストからアニソンを選んだ。俊介は今のアニソンから昔のアニソンまで幅広く聴くが、月花直紀げっかなおきの好きなアニメはスポーツ系なので、この『東京喰種トーキョーグール』は直紀の好みと傾向が違う。月花博紀げっかひろきがアニソンに興味があるという話は全く聞いたことがないので、月花兄弟の二人が楽しんでいるのかどうかが気になってしまう。

「ケーキ買って来たんだけど、好きなの選んでくれ」
「なんだ、全部同じの買ってくればよかったのに」
 団体競技のサッカーをしている博紀らしい発想だ。
「おれ、三人麻雀でトップだから先に選ぶね。このチョコのやつにしよ」
 直紀はガトーショコラを選んだ。勝ったから好きなものを選ぶとわざわざ宣言するところが勝負にこだわる直紀らしい考えだ。
「俺、モンブランでいいか?」
 博紀は偶然にも及川祐希おいかわゆうきの好きなケーキと同じモンブランが食べたいという。そのことを教えてやると少しはにかんで見せた。博紀の可憐な一面が垣間見えた。
「じゃあぼくはこのフルーツいっぱいなのがいいな」
 俊介は見た目が華やかなものを選んだ。喫茶店の息子らしい選択で、見映えのするものを好む傾向がある。「これ、店で出したら売れるかな」というのが俊介の口癖だ。
 皐月は彼らにケーキを選択させる形を取りつつも、どのケーキを誰に渡すかを想定して選んできたつもりだ。今回はうまく皐月の思惑通りに事が運んだので、皐月も自分の一番好きなケーキにありつけた。
「じゃあおれは残った苺ショートね。♪わたしはお菓子工場勤務の、様子のおかしなアルバイト。ショートケーキにいちごをのせて、ショートショートの夢見るガール♪」
「お前、何言ってんの?」
「歌だ、バカ」
「歌? お経みてえだな」
「こういう出だしなんだよ。面白いだろ」
「で、誰の歌なの?」
 博紀と違って俊介は聞いてほしいことを聞いてくれる。
「twinpale っていうアイドルの『ショートケーカーズ』っていう歌。蒼井叶あおいかなう白雪姫乃しらゆきひめのの二人組のアイドルの歌なんだけど、超可愛いぞ。見るか?」
「見る見る!」
「じゃあケーキ食いながら見ようぜ」

「ねえ皐月君、俺バカだから歌詞の意味全然わかんなかったんだけど……」
「直紀、心配するな。俺だってよくわからん。歌詞を読んで、コメントでファンの考察を読んで、やっとなんとなくわかった程度だから」
 直紀なら考察を読んでもわからないだろうな、と思った。
「でも曲は中毒性があるし、二人の振り付けもかわいかった。でもビジュアルはなんていうか、かなり個性的だよね」
「俊介の好きなアイドルとは可愛いのベクトルがちがうよね。叶と姫乃のファンも女の子の方が圧倒的に多いんだって」
 俊介は清楚系のアイドルが好きだ。皐月もそういったタイプのアイドルは好きだが、個性的なアイドルも好きで、守備範囲が広い。
「お前って女が好きなもの好きだよな。女みたいに髪を伸ばしているからか?」
 博紀がムカつくことを言ってくる。博紀が教室では決して見せない一面だ。
「髪は長いけど、別に女みたいってことはないだろ。そういや祐希がさ、俺の髪型可愛いって言ってたぞ。羨ましいだろ、博紀」
「マジか?」
(嘘に決まってるだろ。バ~カ)
「ロン毛の男子が好みなんだって。お前も髪伸ばしたら? サッカー選手ってロン毛の人いるじゃん」
「じゃあ髪の毛伸ばそうかな……。でも中学に上がったらどうせ切らなきゃならないしな……」
「俺は切るけどね」
「えっ? 皐月君、髪切っちゃうの?」
 博紀ではなく直紀に反応された。直紀は中学校の嫌な話をいろいろなところからよく聞いているらしく、皐月たちによく中学に行きたくないって話していた。
「この髪型も子供の頃からだから飽きちゃったしな」
「じゃあ今見た子みたいに青く染めちゃえばいいじゃん」
 俊介の突飛な提案は電撃的だった。皐月は博紀のような爽やかな感じにしようと思っていたが、地下アイドルのように個性的なヘアースタイルにするのもいいかもしれない。皐月は今までそんなことを考えたことがなかった。
「青はさすがに抵抗があるけど、髪を染めるのはアリかもな……」
「そんなことしたら先生に怒られるよ?」
 直紀が心配する。直紀は優等生の博紀を見ているからなのか、ある意味常識的でいい子だ。
「小学校だから中学みたいに校則がないから大丈夫だとは思うけど……うちの担任だったら怒ったりしないだろうし」
「確かに前島先生だったら許可してくれるだろうな。俺たちの担任って他の先生と全然違うし、割と自由だよな」
「皐月君、染めちゃいなよ。そんなことできるの小学生までだよ」
 俊介は明らかに面白がっている。
「ダメだよ! 今のままでいいよ」
「なんでブキミは今のままでいいって思うわけ?」
「だって今の髪型、かっこいいじゃん」
「お~っ! 直紀、ありがとう! お前はいい奴だ」
「いっそ五分刈りにしちゃえよ。似合うぜ」
 直紀に褒められていい気になっていた皐月に博紀が冷や水をぶっかける。
「お前こそ一厘にすれば? スポーツマンらしくていいじゃん」
「誰がするか!」
「そういや祐希、五分刈りが好きだって言ってたな」
「嘘つけ!」
「兄貴、自分が嫌なことを人にやれって言うなよ」
 博紀が皐月を揶揄して、直紀が博紀を諌めるのがいつもの流れになっている。直紀がいる時はいいけど、これと同じことをクラス内でやられると腹が立つ。皐月のクラスに直紀の役回りをする奴はいないし、博紀は人前でそういう態度を取らない。
「でもさ、せっかく祐希さんがいいって言ってくれてるんだろ。変に髪型変えなくたっていいじゃないか」
「別に祐希なんてどうだっていいじゃん。俺は自分のやりたいようにしたいだけだし」
「……」

 出逢った当初、皐月は祐希に対してときめきのようなものを感じていた。ただその感情は入屋千智いりやちさととの出会いや芸妓げいこ明日美あすみと会った同じ日の出来事だったし、その後で幼馴染の栗林真理くりばやしまりとの関係の変化があったことで、皐月は自分でも祐希に対する感情がなんなのか、よくわからなくなっていた。
 夜の豊川とよかわ駅で祐希が恋人と一緒にいるところを見て、その直後、祐希の部屋で恋バナまで聞かされた時はあまりいい気分ではなかった。祐希がいくら素敵なお姉さんでも、好きな人がいる女の人に入れ込んだりしたら悲劇的な未来しか待っていない。そう考えると、自分から祐希を遠ざけたくなってくる。
「それよりさ、入屋ってまだ下にいるの? もう祐希さんと遊びに行っちゃったの?」
 直紀は博紀のことで千智に謝りに行っていたので、まだ戻ってこない千智のことを気にしている。
「うん。もう遊びに行ったんだって」
「そっか……」
「なんだ。祐希さん、もういないのか」
 直紀だけでなく博紀まで残念そうな顔をしている。
「なんなら今から追いかけるか? それだったら付き合ってやってもいいぜ」
「いや、いいよ……」
 皐月は本気で博紀に付き合うつもりでいた。いっそ博紀の手を引っ張って、あるいは博紀を放っておいてでも祐希と千智を追いかけてやろうという気にもなっていた。
 男同士で遊んでいるのも楽しいけれど、女の子と遊ぶことの楽しさが皐月にも少しずつわかってきた。そしてそれは皐月だけでなく、ここにいる悪ガキたちみんな同じはずだと思う。
「入屋って俺たちのこと避けてるのかな?」
 直紀が悲しそうな顔をしている。
「ただ単に祐希と街歩きをしたかっただけじゃないかな。外はまだ暑いけど、それでも少しは過ごしやすくなってきたんだし」
「俺、学校でも避けられてるみたいだから……」
「今日こうして一緒に麻雀して遊んだんだから、それはもう気にしなくてもいいんじゃないか?」
 直紀は教室での千智の変化をずっと気にし続けていた。皐月は千智の口から真相を聞いているので、ここで直紀をフォローすることもできる。だが、それはやめておいた。直紀と千智との間のことは知らんぷりをするつもりだ。
「皐月君は入屋さんが祐希さんと遊びに出ちゃって寂しくないの?」
「ん? そりゃまあ、少しは寂しいけどさ……。同じようなこと、さっきも下で頼子さんに聞かれたぞ。なんなんだよ、俊介まで」
「だって入屋さんって祐希さんじゃなくて皐月君と遊ぶために来たんでしょ。それなのに皐月君のことほっといて遊びに行っちゃうなんておかしくない?」
「ハハハッ。俺、振られたのかな……。麻雀に付き合わせたのがいけなかったかな」
「そんなこと言われたら押しかけてきた僕たちが悪いみたいじゃんか」
「あ、ごめん。そういうつもりで言ったんじゃないんだ。ただいきなり男子4人に囲まれて、そのうえ慣れない麻雀なんてやってたら疲れるだろ、千智だって」
 罪悪感は皐月だけでなく俊介も感じていたようだ。だから俊介は千智を楽しませようと頑張っていたのか、と今さらながら皐月は俊介の行動を振り返って心の中で手を合わせた。
「やっぱ僕たち、デートの邪魔しちゃったんだよね」
「そんなことねえよ。気にすんな」
「気にするよ。だって皐月君って入屋さんと付き合ってるんでしょ?」
「いや……付き合うとか、まだそういう段階じゃないから」
 今朝、俊介と千智のことを話していた時にはそんな話じゃなかったはずだった。どうして俊介がこんなことを言い出すのか皐月にはよくわからなかった。
「でもお前、入屋さんのこと好きなんだろ?」
 博紀の話し方はいつものようなからかう口調ではなく穏やかだった。皐月は博紀にこういうことを聞かれたのは初めてだった。博紀は自分がモテ過ぎるので他人の恋愛には無関心だと思っていた。
「まあ好きだよ、そりゃ」
「その好きってのは恋愛感情じゃないのか?」
「だからまだそういう関係じゃないって。俺たちまだ知り合ったばかりだぞ」
「でも入屋さんを部屋に連れ込んでいた。それにさっき手を繋いでいただろ」
「目がいいな、お前」
「お前、狐塚に行く時も彼女の手を引いて走ってたよな」
「見てたのか」
「ああ。あの時のお前らを見て、俺はお前らが付き合ってるのかと思ったんだ。恋人同士じゃないって言うんだったら、手を繋いだりするのはおかしいだろ?」
「なんだ、恋人同士じゃないと手を繋いじゃ悪いって言うのか」
 皐月は弄んでいた麻雀牌まーじゃんぱい自摸和つもあがった時のように卓上にパアンと打ちつけた。直紀と俊介がビクッとした。これは雀荘じゃんそうだと怒られてしまう行為だ。
 どいつもこいつも今日は変だ。そして自分もどこか変なんだろうな、と皐月は思った。少なくとも千智がこの家を出て行ってしまったことに少なからず動揺しているのは確かだからだ。
「今日はさ、女子がいたからちょっと空気がおかしいんだよ。俺と違って兄ちゃんも俊介もマセているからさ、ちょっと頭がおかしくなってるんだよ」
「なんだよ、人のことキチガイみたいに言うなよ」
 直紀に諌められると素直になる博紀を皐月は好ましく思っている。4人でいるといつも博紀が場を乱し、直紀が場を平らにする。

「今日は珍しく4人揃ったんだからさ、久しぶりに4人ベースやろうよ。おれ、そろそろ体動かしたくなってきた」
「いいね。博紀君がサッカーやるようになってから、4人でやる機会がなくなっちゃったよね。久しぶりだ」
 『4人ベース』というのは場所によっては『がんばこ』と言ったり『天大中小』という名前だったりする。日本スポーツ協会で紹介されている天大中小の遊び方とは違って、皐月たちのはテニスボールでやり、もっと激しくてスピーディーだ。狭い路地でも手軽に遊べるので皐月の町内では人気の遊びだが、学校の友達にはあまり知られていない。

 直紀の提案で麻雀はお開きとなった。皐月は麻雀牌やノートPCを片付け、直紀たちに食器を片づけてもらうことにした。
「階段急だから気をつけろよ」
「お前んの階段、こええんだよ」
「でも面白い。僕は好きだけどな」
 外はだいぶ日が傾いている。小百合寮の前は狭い道なので、建物で日陰になっていて過ごしやすくなっていた。地面に線を引き、4人ベースの準備が終わった。男4人だけの今まで通りの関係に戻ったように見える。
 それでも皐月は今までの自分とは大きく変わってしまったと感じている。直紀や俊介はよくわからないが、博紀も自分と同じだと思っている。博紀だってもう子供じゃない。それにみんな背が伸びた。だから道路に引かれた田の字のラインが狭く感じる。
 明日からまた博紀はサッカーに戻るだろう。俊介や直紀は皐月の家に祐希が来たことで今までのように気軽に遊びに来てくれなくなるかもしれない。どのみち中学に上がれば一緒に遊ぶことはなくなるだろう。そう考えるとこの遊びも今日が最後かな、と皐月は少し寂しくなった。


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