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京都旅行の行き先決めがマニア主導になると揉める (皐月物語 71)

 図書室のテーブルで3班の女子3人と藤城皐月ふじしろさつきが『るるぶ』を見ていると、残りの男子2人も図書室に集まって来た。これで皐月たちの班のメンバーが全員揃った。岩原比呂志いわはらひろし神谷秀真かみやしゅうまは元々来る予定ではなかったし、吉口千由紀よしぐちちゆきも来るという話は聞いていなかった。だが自然と3班の6人が全員図書室に集まった。
「どう? どこ行くか決まった?」
 皐月に声をかけた秀真と比呂志が皐月の隣に座った。賑やかになったのでまた図書委員の野上実果子のがみみかこに怒られやしないかと皐月は冷や冷やした。実果子は皐月に遠慮がない。
秀真ほつまの言う通り、行ってみたいところがあり過ぎて絞り切れねぇ……。やっぱメジャーなところは押さえておきたいなって思ったんだけど、それでも多過ぎるわ」
「僕が行きたいところはどうせガイドブックには載っていないマイナーな所だからな……」
「秀真、どこ行きたいの?」
木嶋坐天照御魂このしまにますあまてるみたま神社。皐月こーげつ知ってる?」
 皐月はこういうときに秀真がわざと自分の知らないことを言ってくるという癖をよく知っている。
「何その長い名前の神社? 聞いたことないなぁ」
「ここ延喜式内社えんぎしきないしゃなんだ」
「延喜式内社って何?」
 秀真にはいつも自分の知らないことを言われるので悔しいけれど、勉強にもなるのでせいぜい拝聴させてもらうことにする。
「簡単に言うと古くて重要な神社のこと。平安時代の延喜式神名帳えんぎしきじんみょうちょうっていう、当時の全国の神社一覧に記載された神社で、豊川市だと砥鹿とが神社と菟足うたり神社と御津みと神社があるよ。まあ全部旧宝飯ほい郡なんだけどね」
「砥鹿神社って一宮いちのみやじゃん。だったらの言った長い名前の神社も立派な神社なの?」
「立派かどうかはわからないけどスッゲー古いよ。木嶋このしま神社は推古すいこ天皇の時代にできたらしいから、平安京ができる前だよね。ここは三柱鳥居みはしらとりいが有名で、鳥居を3つ組み合わせた全国的にも珍しい鳥居なんだ。どうしてこういう形になっているのかは理由がはっきり分かっていないみたい」
 秀真は木嶋坐天照御魂神社を皐月でも覚えやすいように木嶋神社と略して話してくれた。
「鳥居が3つ組み合わさってるってどういうこと?」
「鳥居同士の柱を共有させて、正三角形になるように組んであるってこと。鳥居って普通はくぐるものでしょ。でも三柱鳥居はくぐるようにはできていなくて、三角形の祭壇のようになっているんだ」
秀真ほつま、前に鳥居って神域と俗界を隔てる結界で、神域への入口だって言ってなかったっけ? じゃあ三柱鳥居ってピンポイントで強力な何かを封印するくさびみたいだな」
 皐月も秀真に負けじと知識に基づく考察を披露した。幼馴染の栗林真理や学級委員の二橋絵梨花にもこの説を聞いてもらいたかったが、二人は『るるぶ』に目を落としたままだ。
「さすがは皐月こーげつ、いいところに気が付いたね。確かにこの三柱鳥居は人がくぐるようにはできていなくて、鳥居の中心に組石くみいしが積まれていて、そこに祓串はらいくし が立てられている形になっているんだ。これって絶対に何かあるよね?」
「すげ~っ、木嶋神社ってすげ~なっ!」
「まだ木嶋神社には興味深いことがあってね、あとは--」
「ちょっと待って! 修学旅行なんだからそんなマニアックなところはやめてよ。私はもっとメジャーな観光地に行きたいの。そういうところは神谷君の個人的な旅行で行ってよ」
 班長の吉口千由紀が慌てて秀真の言葉をさえぎった。
「なんで? ただ行きたいところを言っただけじゃん。それにお薦めだよ、木嶋坐天照御魂このしまにますあまてるみたま神社」
「修学旅行だよ。ミステリーツアーじゃないんだから、みんなが知ってるところに行こうよ」
「だったらみんなに知識を教えるよ。知れば絶対に行ってみたくなるから」
「そういうことじゃない。修学旅行って誰もが知っているところに行くものでしょ。そういう体験って将来出会う人と共通の話題になるじゃない。修学旅行ってそういうものでしょ」
「それは吉口さんがそう思ってるだけでしょ。僕はただみんなに知られざる興味深いところを紹介してるだけなんだけど」
「どうしていきなり知られざるところに行かなければならないのって言いたいの、私は」
 千由紀が目を潤ませ、微かに震えながら感情を抑えている。皐月も秀真と一緒になってはしゃいでいたので、千由紀を怒らせてしまった責任を感じないわけにはいかない。人づてに聞いた話だと千由紀は5年生の時にいじめられていた時、我慢の限界を超えて暴力的に反撃したという。本来は激情型の子なのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず候補の一つってことでいいだろ、秀真」
 皐月は千由紀と秀真の間を取り持ち、早めに千由紀の荒魂あらみたまを鎮めにかからなければならないと焦った。
「まだ行きたい所いっぱいあるんだけどな……全部言っていい?」
「今ここで? せっかくみんなでガイドブック見てるんだから、そういうのは後にしてくれない?」
秀真ほつま、飛ばし過ぎだぞ。吉口さんドン引きしてるじゃんか」
 秀真は基本穏やかだが時々暴走する。秀真にその悪癖が出てしまったので皐月はブレーキをかけた。秀真と二人の時はこういう性質も面白くて好きなのだが、第三者が大勢いるとオタク気質は嫌われることがある。
「あっ……ごめん。ちょっとテンション上がり過ぎちゃったみたい」
「……いいよ。私もちょっと感情的になっちゃった。私も木嶋坐天照御魂このしまにますあまてるみたま神社のことに興味がないわけじゃなんだけど……。神谷君の話面白かったし、もっと詳しく知りたいなって思ったからまた教えて」
「ホント? もちろんいいよ。僕の話聞いてくれるんだね。それにしても吉口さん、よく神社の名前覚えられたね。凄いよ!」
 千由紀に笑顔が戻り、絵梨花や真理もホッとしているようだ。皐月でさえ辟易することがあるのに、あの秀真を立てる度量を見せた千由紀に皐月は感心した。

「神谷氏、今言った長い名前の神社ってどこにあるんですか?」
 比呂志は千由紀のように神社名を覚えていなかった。皐月も覚えていない。
太秦うずまさ確か近くに映画村があったね。木嶋神社の最寄り駅は『蚕ノ社かいこのやしろ』っていう駅だったかな。木嶋神社は蚕ノ社って呼ばれているから、同名の駅で印象に残ってる」
「蚕ノ社駅か……」
 比呂志が『るるぶ』を手元に寄せて交通機関の地図に目を走らせた。ひったくられた真理が比呂志をキッと睨んだ。
「……京福けいふく電鉄嵐山本線か! 嵐電らんでんは一度乗ってみたいと思ってた路線ですね。嵐電はモボ21形がレトロで観光客には人気があるけど、私はどちらかといえばモボ101形の方が作られた感がなくて好きですね。また京福電鉄嵐山線は京都で現存する唯一の併用軌道っていうのもポイントが高いですね」
「うぇ~っ、なんかこの班って濃くない? で、併用軌道って何なの? 専門用語言われたってわからないんだけど」
 真理が比呂志から取られた『るるぶ』を取り返して聞いた。
「併用軌道とは簡単に言えば路面電車のことで、私たちが知るところだと豊橋鉄道の市内線がそうですね。JR飯田いいだ線や豊橋鉄道渥美あつみ線のように、私たちがたちが知ってる普通の線路のことは専用軌道って言います。つまり併用軌道とは自動車と併用して走らせる軌道のことですね」
「豊橋に路面電車あるんだったら、わざわざ修学旅行で路面電車に乗りに行かなくてもいいでしょ?」
「いやいや、そういうことじゃないんですよ。京福電鉄嵐山線に乗るってことに価値があるんですから。それに嵐電は専用軌道から併用軌道になったりして変化に富んでいて、車窓が面白いんですよ。ネットでは広隆寺こうりゅうじ山門さんもん前の路面を走っている写真が映えるってことで有名ですね」
「広隆寺ってあの弥勒菩薩半跏思惟像みろくぼさつはんかしいぞうがあるお寺のことだよね? 岩原さん」
「そうなんですか? ちょっと私はそっち方面には詳しくないもので……」
 比呂志は絵梨花に聞かれた弥勒菩薩半跏思惟像のことがわからなかった。皐月もわからなかったので比呂志のことをフォローができない。
「広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像は国宝第1号なの。教科書や資料集には載っていないけど、参考書にはカラー写真付きで掲載されているよ」
「絵梨花、よくそんな細かいことまで覚えてるね? ヤバッ!」
「私、歴史好きなんだよね~。弥勒菩薩像か……中性的ですごく美しいの。見てみたいな」
 絵梨花は『るるぶ』の広隆寺の紹介が載っているページを開き、比呂志の言う広隆寺が絵梨花の思う広隆寺と同じことを確認した。弥勒菩薩半跏思惟像の写真が載っていたので真理と千由紀と一緒に見ていると、皐月と秀真も覗き込んだ。弥勒菩薩半跏思惟像は小さな写真ではあるけれど、それでも自分が知っている仏像とは全然違う艶めかしさを感じた。
「でも2日目に法隆寺に行くんだよね。もしその時に中宮寺ちゅうぐうじにも行くんだったらそっちにも弥勒菩薩像があるし……。藤城さん、2日目の訪問先って知らない?」
「法隆寺に行くってことは知ってるけど、法隆寺のどこを見るかまではわかんないな……」
 皐月が黙ってしまったので間ができて、真理が話し始めた。
「ねえ、広隆寺の近くだったら映画村があるよ。こういう楽しそうなところなんてどう?」
 『るるぶ』の広隆寺の隣に東映太秦映画村が紹介されていた。日本のエンタメの新しい聖地を目指した映画やアニメの体験型の施設だ。
「映画村って全部撮影用に作ったセットでしょ。やっぱり本物の神社仏閣の方がいいな。どんなにリアルに作られたものでも本物には敵わない」
 秀真は新しい神社仏閣があまり好きではない。豊川稲荷の本堂が新しいのも気に入らないし、明治時代にできた明治神宮や平安神宮もあまり好きになれないと皐月は聞かされていた。そんな秀真が映画のセットで満足できるはずがない。
「撮影用だからこそいいってのがわからないかな。プロの撮影に耐えられるくらい作り込んでいるんだよ。ここで写真撮ったら過去の世界にいるみたいで絶対に楽しいと思うな」
「そんな遊びの旅行なんて修学旅行じゃなくて、栗林さんの個人的な旅行で行ったら?」
「なにそれ? さっきの仕返し?」
 真理が声を荒げた。千由紀に言われたことを真理に返すのは明らかに秀真のお門違いだ。
「ちょ待てよ、お前ら。喧嘩はやめいっ!」
 真理が怒るのも無理はないが、皐月は真理の怒った顔を見たくなかった。真理は皐月によく怒るが、決してこういう表情はしない。
「ところでこれなんだけどさ、所要時間が120分ってなってるよ。ちゃんと見た? さすがに見て回る時間なんてないんじゃないかな?」
 班全員が皐月の指摘を確認するために頭を寄せた。真理がため息をついた。
「確かにこれは無理だわ。私、他に清水寺きよみずでらとか祇園ぎおんにも行きたいし、映画村は諦める」
「真理ちゃんは恋人に連れてってもらったらいいんじゃない?」
 絵梨花が皐月に目くばせした。この瞬間、皐月は絵梨花が自分のことを念頭に置いて言ったことがわかった。慌てて回りに目を配ったが、誰も絵梨花の言いたかったことに気付いている子はいなかった。
「そんなこと言われたら私、一生行けそうにないわ」
 真理も絵梨花の魂胆に気付き、咄嗟に誤魔化した。

 『るるぶ』を見ていた比呂志が何かに気が付いたみたいで話を戻した。
「観光だったら嵐電の沿線に世界遺産の仁和寺にんなじ龍安寺りょうあんじがありますよ。龍安寺駅で降りて龍安寺と仁和寺を回って御室仁和寺おむろにんなじ駅まで街歩きするのは修学旅行にふさわしいと思いますけどね」
 絵梨花が『るるぶ』のページを繰ってこの章の最初のページを開いた。そこには大きく金閣寺周辺と書かれていた。
「それなら先に金閣寺に行って、龍安寺、仁和寺っていうコースがこの本では推奨されてるよ」
「先に金閣寺なんか行ったら嵐電に乗れないじゃないか!」
「ええっ? そんなの宿に戻る時に乗ればいいでしょ?」
「帰りは山陰本線に乗った方が早いのっ!」
 金閣寺よりも京福電鉄嵐山本線の方に価値を置く比呂志が面白過ぎて、皐月は笑ってしまった。しかし女性陣には不評のようで、みんな白けた顔をしている。
「岩原さんって鉄道の地図が頭に入っているんだね。頼りになるな~」
 絵梨花は上手にオタク丸出しの比呂志をいなしている。これなら千由紀や真理と違って喧嘩にならない。
「どうせなら京福電鉄嵐山線の終点・嵐山まで行きたいですね。嵐山だって有名な観光地だから、異論はないですよね?」
「嵐山か……渡月橋とげつきょうとか化野念仏寺あだしのねんぶつでらに行ってみたいな。あと竹林の小径こみちも歩いてみたい」
 千由紀が夢見るような顔でうっとりし始めた。なんとなくこのエリアに決まりそうな流れになってきたので、皐月は千由紀の興味がありそうな話題を振ってみた。
「芥川龍之介の『羅生門らしょうもん』って平安京の話だよね。今でも残ってるの?」
 千由紀なら文学に詳しいので羅生門の現在を知っているかと思った。『羅生門』を読んだことのある人なら誰もが興味があるはずだ。3班ではちょっとした『羅生門』ブームになっている。
「見るべきものなんて何も残っていないよ。小さい公園の中に『羅城門らじょうもん跡』の石碑があるだけ。私は特に見たいとも思わないな……」
「そうか……それじゃあさすがに行く気がしないよな」

 比呂志が皐月の興味を引くような話をし始めた。
「嵐山まで足を伸ばしたらぜひ嵯峨野さがのトロッコ列車に乗ってみたいですね」
 嵯峨野トロッコ列車なら皐月も知っている。皐月も一度乗ってみたいと思っていたが、こうなると修学旅行からどんどんかけ離れていってしまう。
「あのさ、修学旅行だよ。時間だって限られてるんだよ。どんどん遠くに行っちゃってるじゃん。もうちょっと他のところも考えようよ。例えば清水寺とか金閣寺とか宇治の平等院とかさ。世界遺産じゃないけど伏見稲荷大社って外国人からもすっごく人気があるじゃん。そういうところに行ってみたいな、俺は。真理は清水寺や祇園に行きたいっていってたじゃん。二橋さんだって金閣寺に行きたいって言ってたよね。金閣寺って言ったら三島由紀夫の小説でもあるじゃん、ねっ吉口さん」
「なんだ皐月、裏切るのか? 皐月がそんな普通のことを言い出すとは思わなかったぜ」
「藤城氏は私側の人間だと思っていたのに、やっぱり女性側につくんですね」
 皐月はメジャーな観光地を言っただけで秀真や比呂志に非難されるとは思ってもみなかった。皐月はただ、修学旅行くらい誰もが知る有名な観光スポットに行きたかっただけだ。
「岩原氏、さっき京都鉄道博物館に行きたいけど個人的な趣味だからみんなを連れて行くわけにはいかないって言ってただろ? それなのになんだよ、自分の趣味全開じゃん」
「乗り鉄なら女子にも気に入ってもらえると思ったんですけどね。私も一応女子に配慮したつもりでしたよ」
「いや、やっぱ鉄板ルートの方が間違いないだろ?」
「つまらないことを言いますね」
「お前、変わったな」
 秀真と比呂志から一世に攻撃を受けた皐月は何も答える気がなくなってしまった。女子からの援護を期待したが、誰も皐月に加勢してくれなかった。

「ふぅ~」
 皐月はひどく疲れてしまい、椅子を後ろに傾けて伸びをしようと思ったら誰かの身体に伸ばした腕が当たった。
「藤城~」
 皐月の背後に立っていたのは図書委員の野上実果子のがみみかこと児童会長の江嶋華鈴えじまかりんだった。皐月の腕は実果子の顔に当たった。手の甲に濡れた感触があった。
「さっきうるさいって言っただろ、お前。もう少し静かにできないのか」
 実果子が低い声で感情を抑えながら皐月に注意した。
「あっ悪ぃ。手、当たっちゃったね。痛かった? 声大きかった?」
「もういいよ。昼休みが終わるから図書委員は教室に帰るけど、もう誰も本借りないよね?」
 実果子がみんなに向かって確認を取ると全員黙って頷いた。ヤンキー風の外見と荒い口調に真理と比呂志と秀真は引き気味だったが、絵梨花は普段通り穏やかな顔で微笑んでいた。
「楽しそうだね」
 穏やかな顔で実果子が千由紀に話しかけていた。
「うん、楽しい」
「そうか……よかった。私も千由紀の班で修学旅行に行けたら楽しいんだろうな」
「それって藤城君と一緒に行きたいってことじゃないの?」
 千由紀が実果子の耳元で、他の誰にも聞こえないくらいの小さな声で囁いた。
「まあ……それもある」
「いつか一緒に京都に旅行したいね」
「いいね。それまでにお金貯めておかないとな」
 千由紀と実果子が友達だということはここにいる誰も知らなかった。千由紀が教室に戻ろうと率先して立ち上がったので、皐月たちも後に続いて席を立った。
「なんで江嶋がここにいるの?」
「いちゃ悪い? さっきまでずっと実果子を手伝いながらお話をしてたんだから、別におかしくないでしょ」
「江嶋ってそんなに野上と仲良かったっけ? 5年の時は同じ班だったけど、そこまでの仲じゃなかったよな。お前、いつも野上と喧嘩してたじゃん」
「久しぶりに話したからね。お互いつもる話があったのよ」
「ふ~ん、そうか」
「そう」
 みんな揃って図書室を出た。行きがかり上、皐月は華鈴と並んで歩くことになった。
「京都の訪問先、なかなか決まりそうにないな。江嶋も苦労するぞ」
「藤城君の班のメンバーって癖の強い人が多いよね。でも楽しそう。私も藤城君の班に入れてもらえたらいいのにな」
「歓迎したいところだけど、さすがに無理だよな。クラス違うし」
「野上さんもたぶん私と同じ考えだと思うよ」
「まさか野上が吉口さんと仲が良かったとはな。俺、全然知らなかったよ」
「そういうことじゃないんだけどな……」
 6年1組に着いたので江嶋華鈴は教室に戻った。華鈴を見送った皐月は少し名残惜しさを感じていた。クラスの違う華鈴と皐月が言葉を交わす機会なんてもうないかもしれないと思ったからだ。
 実果子が3組に戻る時、千由紀に手を振っていた。それを見ていた皐月にも実果子が手を振ったので、皐月も手を振り返した。3組の女子たちが意外そうな目で実果子を見ていた。


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