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ランニングポリス(前編)

夢にまで見た、箱根の舞台
大歓声の中、颯爽と走る俺
あと少しでゴールという所できまって目が覚める
そしてパッとしない現実に打ちのめされる

もやは夢とも悪夢とも言えなくなった
その箱根に、俺は、立っている

ただし、職務として、だが

高校時代はスター選手だった、俺

古豪と言われて久しいあのチームの監督から熱烈なスカウトを受け、俺が優勝に導いてやると、鳴り物入りで入学したものの、怪我もあって、鳴かず飛ばずの、2年間

意義を感じられなくなった俺は退学し、警察の門を叩いた
走るしか能のない俺は駅伝チームに入れられ、結果も出していた
ランニングポリスとかいうのができて
警備部のお偉いさんの気まぐれで、箱根のコースで一部伴走することになった

元選手、警察官になって叶えたもう一つの夢

そんな風に俺のことが紹介されてた
余計なマネしやがって

その記事の数倍のスペースを割いて
奴の事も紹介されていた
高校時代のライバル
最初で最後の直接対決では俺が勝って
奴は心底悔しそうな顔をしてたな

大学に入ってからの奴はスター街道まっしぐら
優勝候補筆頭校の、エース
俺はこのザマ
また奴と肩を並べて走ることになるとは

俺たちランニングポリスの任務は
自転車と徒走に分かれての最終10区の露払い
トップランナーの通過に合わせて捌ける算段だ
俺の受持区は六郷橋から蒲田踏切までの3キロ

先頭が鶴見中継所を通過したら徐々に走り出し、先頭が見えてきたら傍によける手筈になっていた
選手の妨害になる恐れとなる行為はくれぐれもするな、としつこく言われた
それならやんなきゃいいじゃねーか

配置着く前、マウンテンバイクに乗った先輩から
憧れの箱根を走れてよかったなと嫌味を言われた
うるせーよ

そういや昨日も
大学の元同期から頑張れよーとかLINEがあった
またもや出場を逃したもんだから暇なんだろうな
もはや古豪ですらなくなるかもしれない

ったく・・どいつもこいつも

何故こんなにイラつくのか、俺が1番分かってる
未練タラタラだからだ、箱根に、このコースに
非番で夜な夜な走ったりした
大歓声に包まれるのを想像しながら

「鶴見中継所通過」

その無線で我に返る
俺はゆっくりと走りだした
優勝候補のあのチームが充分過ぎるリードを保ったままアンカーである「奴」に襷を渡したそうだ
ここからの大逆転もあり得るし過去にはそういうドラマもあった
それが箱根の醍醐味であり、ファンが多い理由だろう
選手にとっては恐怖でしかないのだろうが

だが、奴が負けることはほぼ、ないだろう
奴の実力からして8割くらいのペースでも勝てる
来月の初マラソンへの出場も決まっていることだし、無理をしないのが賢明だ

マウンテンバイクに乗った先輩が追い抜き様
「もうすぐ先頭が来るぞ」
「はい」
「昔のライバルと走れてよかったな」
「・・・そうっすね」

一言余計なんだよ、クソが

やがて先導の白バイを従えた奴が姿を現す
沿道から一際大きな歓声

かつてのライバルよ
そこから見える景色はどうだ?
ってか、もう俺のことなんか忘れてんだろうな

奴の追い抜き様、一瞬、目が合った
氷の様な視線が俺に刺さる
あの表情、どこかで

そうだ、高校んときに俺が一度勝ったときに見せた奴の顔
でも少し違う。あの時は「いつか見てろよ」といった悔しさに満ちていたが、今度は「お前何を燻ってんだ?」と言われた気が、した

勝負だ

俺は奴の背中目掛けて走りだした

無線で何かごちゃごちゃ言っている
イヤホンを外し、無線機ごと投げ捨てた
これだけで懲戒処分ものだ
だが、そんなことはどうでもよかった

今日は死んでもいい
末堂のそんなセリフを思い出す