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インド映画『マガディーラ 勇者転生』に見る、妄想多めの馬考察

こんにちは。Pacallaという馬のWEBメディアで「Pacalla馬図鑑」 という連載をしている一介のライターです。先日、生まれて初めてインド映画『RRR』(S・S・ラージャマウリ監督作品)を見まして、その魅力にすっかりやられてしまいました。そんな流れで、RRRに出てくる馬の考察的な記事を書いてみたのですが、素人考察ながらいろんな方に読んでいただきとてもうれしかったです。

同監督作品としては、やっぱり日本では『バーフバリ』が有名なので、次はそちらを見ようと思っておりましたが、RRRの作品自体の魅力もさることながら、ラーマ役のラーム・チャラン沼に片足の膝くらいまで突っ込んでる感じになっちゃいまして…。チャランさん主演の『マガディーラ 勇者転生(日本版)』を先に見ました。そんなわけで、今回はマガディーラに出てくる馬について、個人的に思ったことを中心に書きたいと思います。

※特にインドおよびインド映画については超のつく初心者です。間違い等あればそっと教えていただけると喜びます...!!

おさらい?インドの在来馬マルワリについて

マルワリの身体的特徴をイラストにまとめてみました

前回の記事の繰り返しになりますが、インドには耳がくるんと内側に湾曲した在来馬『マルワリ』という馬がいます。インドのラジャスタン州が原産の馬で、かつては軍馬として重宝されていました。インドでは数々の伝説が語られ、非常に勇敢で神聖と考えられており『インドの誇り』と称されてきた馬です。

マルワリの現在の正確な数はわかりませんが、インドでも競馬が開催されているし、インド在住の方に聞いたところよく見る馬は圧倒的にサラブレッドという話も聞いたことがあり、サラブレッドなどの方が手配の面だけでいえば容易なんじゃないかと思うんですよね。おそらくですが。でも、諸先輩方によると、インドの映画にはマルワリがたくさん出てくる!!とのこと。実際、マガディーラを見てみるとRRR以上にマルワリが活躍していました。

現世パートに登場する騎馬警察の馬はマルワリではない

映画の舞台は現代のインド(主人公ハルシャが生まれ変わって生きている現世)と、400年前のウダイガル王国(ハルシャの前世)をいったりきたりします。最初に馬がしっかりがっつり登場するのは、現世パートのハイデラバードで、主人公ハルシャとその友人が騎馬警察に遭遇するシーンでした。友人は「騎馬隊ってかっこいいよな」と言うんですが、ハルシャは「今どき誰が馬に乗る?」とまったく興味がない様子。しかし、その後のアクシデントでハルシャは騎馬隊から離脱してしまった馬を見事に乗りこなし、前世では馬の名手であったことが明らかになります。

この時、ハルシャの後ろから馬がすごくいいスピード感で走ってきて、それを見たハルシャもその前方を走りだすのですが、これがなんかもうすごい上手なバトンゾーン(体育祭のリレーを思い出してください)を見てるみたいでした。タイミングばっちり!

ちなみに、このシーンでは両手を手綱からはなして乗ったり、軽乗(馬上で行う体操競技みたいな競技)のような動きが入ったりしていました。スカーフで顔が隠れるシーンもあったのでスタントマン?と一瞬疑いましたが、ご本人が相当乗馬技術長けているので、自分でやっている模様。

この現世パートでハルシャが乗った馬は、マルワリではなくサラブレッド系の馬でした。というか、多分、現世パートで出てきた騎馬隊の馬はみんなサラブレッドっぽい馬で、マルワリは使われていませんでした。

ハイデラバードには騎馬警察(Mounted Policeという)が実在しているのですが、下記の公式YouTubeを見た感じでは、現在もマルワリはいなさそうな雰囲気です。
※他の都市ではマルワリを騎馬警察に起用しているところもあります。

(なお、余談ではありますが、騎馬警察というのは日本にも存在します。以前、仕事で警視庁騎馬隊を取材させてもらったことがあるので興味がある方は下記の記事もぜひご覧ください…!)

前世パートではマルワリがたくさん登場している

現世パートではまったく登場しなかったマルワリですが、ウダイガル王国が舞台の前世パートでは多く登場しています。位の高いであろう人物が乗っている馬だったり、馬を印象的に見せたいシーンはマルワリが採用されているようです。

最初は、現世パートと前世パートを分ける一つの要素として馬も使っているのかな?くらいに考えていたのですが、後からラーム・チャラン氏のインタビュー記事を読んだところ、前世パートは400年前のラジャスタン州にあった国という設定だったということを知りました。(映画を見てる間はわかりませんでした…どっかで言ってましたかね?)。

先に述べた通り、ラジャスタン州はマルワリの生産地。実際にラジャスタン州に行って、土着の文化や歴史を研究した上で制作された映画ということなので、王族に愛されたといわれるマルワリが前世パートに登場するのは必然だったんだろうなと思い直しました。ちなみにクジャラート州のカッチ湿地でも撮影が行われたそうですが、クジャラート州はマルワリと同じインド耳の馬、カチアワリの生産地でもあります。

馬群は実写かCGか?

本作には結構な頭数の馬群が多く登場しています。そんな中で、奥の方に小さく映り込む程度の馬たちは、インド耳ではないタイプも散見されました。これは(どちらも私の勝手な想像ですが)マルワリをたくさん集めるのは大変といった事情や、王族の馬といわれたマルワリに末端の兵士までが乗っているのは不自然などの考えもあったかもしれません。

以前、邦画で活躍する馬たちの調教などをしている方の取材をさせていただいたことがあるのですが、馬群シーンの撮影というのは、とにかく馬をいろんなところからかき集めて実物で撮影する場合もあれば、10頭の馬を何度か走らせてその撮影データを合成して馬群をつくるといったような方法もあるとのことでした(※2)。

本作の手法がどのようなものか私にはわかりませんが、馬の大群が一斉に停止しているシーンがあり、手前の大きめに写っている馬たちは各々、自然に頭を動かしたりしているのですが、奥に映り込む馬たちは、どの馬も微動だにしていないように見えることや、馬1頭1頭がかなり小さい画が多いので、そういったところは実写ではないような気がしています…!(なお邦画のキングダムの馬群はCGを使わず数百頭の馬を集めて撮影したそう。馬群も少し寄りめのシーンが多くなっているように思います。人間の心理的にせっかく実物使っているであれば、ちょっと寄りで見せたくなる気持ちはわかりますよね!)

(※2)馬がまるっとCGのことももちろんある。この点に関しては映像のプロの方にぜひ映画を見てジャッジしていただきたい…!

神馬として扱われる白いマルワリ「ヌクラ」も登場

前世パートで印象に残る馬の中に、馬車を曳く4頭の白い馬がいました。装飾でよく見えませんが、この馬車馬たちもインド耳です。

よく一般的に『白馬』という言葉を使いますが、白い馬には大きく2タイプがいます。ひとつは芦毛(あしげ)と呼ばれる、もともとは黒または灰色っぽい毛色だけれど、歳をとるにつれて白くなってくる馬(地肌も黒とか灰色っぽい)。もうひとつは白毛(しろげ)という、生まれながらにして白い馬(地肌は肌色とかピンク色っぽい)です(※3)。

今回、馬車を曳いていたのは後者の白毛のマルワリなのですが、白毛のマルワリは神馬として宗教的な儀式などに使われ、「ヌクラ」と呼ばれるちょっと特別な馬です。なので馬車馬というポジションで使われていたことが少し意外でした。(もしかしたら特別な馬車なのかな?)

また、白毛はサラブレッドだとかなり珍しいので、今回一度に4頭も白毛がで登場したことにも驚きました。(CG?と一瞬思いましたが、メイキングを見たらこれは実写でした。)サラブレッドの場合は競走能力を優先して配合が考えるのであえて白毛を増やすようなことはしないけれど、マルワリは現代においては軍馬としての需要もほぼないだろうし、現在は美しさを求めらるという話も聞いたことがあるので、白毛も割といるのかもしれないな…とも思いました。ですが、実際にヌクラを飼育しているインド人の方にコンタクトを取ってみたところ、マルワリでも白毛は珍しいという答えが返ってきました。「珍しい」と一言にいっても割合に幅があると思うのでなんとも言えませんが、ひとまず他の毛色よりは珍しいのでしょう…!

(※3)白毛の馬は、眼には色素があり、ピンク色の皮膚の一部に有色の斑点があることから、アルビノというわけではない。また全ての白毛が生まれたときから白いとは言い切れない。

バイラヴァの愛馬に見るマルワリの伝説

最後に、前世パートでバイラヴァ(ハルシャの前世での名前)が乗っているマルワリ、『バードシャー』についてです。彼は敵のラグヴィールと対決してピンチになったバイラヴァのもとに1頭だけで戻ってきて(※4)、バイラヴァを救い出します。このシーンはとてもマルワリらしいシーンだと思いました。というのも、マルワリには軍馬としての伝説が数多く残っているのですが、その多くがとても主人に忠実だったという内容のものだからです。

(※4)群れで暮らす馬が1頭で戻ってくるって、かなり不安なはず

例えば、戦場で馬自身が負傷していても主人が安全な場所に避難するまでその場を離れないとか、主人を守るためにゾウと戦ったとか、主人を前線から遠い場所に運んでから馬自身は息絶えたとか。そういった伝説が本当に多いので、この映画の中でマルワリの忠誠心にまつわる新たな逸話が生まれた…!!と、勝手に思うなどしました。

本作品はラブストーリーであり、本筋は人間と馬の絆とかではない…にも関わらず、バードシャーとバイラヴァのシーンはかなり印象的に描かれていて、ふたりが通じ合っていることが映像からもよく伝わります。本当に馬がラーム・チャランのことを信頼しているように見えました。

また、敵のラグヴィールが乗るマルワリは角のあるマスクでインド耳が見えづらくなっており、マルワリ感が薄くなっています。この部分の演出がバイラヴァとバードシャーのシーン、="マルワリと主人の関係性、マルワリの忠誠心"にスポットを当てたシーンを引き立てているように感じました。

ちなみにこう書くと、初めからラグヴィールはマルワリではない馬にすればよかったのでは?と思うかもしれませんが、バイラヴァより位が高いであろうラグヴィールがマルワリじゃない馬に乗ってるのもそれはそれで変なのかなと。だから、ラグヴィールもマルワリには乗っているけどマスクで耳を目立たなくした?とか深読みしています。

インタビュー記事によると、(私の英訳が間違ってなければ)バードシャー役の馬は、完全には調教されていない状態だったらしいのですが、ラーム・チャラン氏は撮影後にバダル(読み方違うかもです、すいません)という名のこの馬を引き取ったそうです。

調教がされていない馬を扱うというのは本当に大変なことです。バダルがそのような状態で映画に採用されたのは、軍馬としての荒々しさなどを表現するためだそう。つまり、気性の荒さが残った馬をあえて使っているということですよね。そうするとバダルのコントロールは、より一層難しかったんじゃないかと思います。また、記事には『stud(種馬)』と記載されており、去勢もされていない可能性が高そうです。

でも、チャラン氏がこの馬を本当の愛馬にするに至ったということは、役を超えてふたりの間に信頼関係ができているということだと思う(思いたい)し、現実世界にマルワリとその主人のストーリーがまたひとつ生まれたような感じがしてワクワクします。チャラン氏とバダルのその後もぜひ知りたいです。幸せだと良いのですが。

◆◆◆

これを書いている本日、私も乗馬に行く予定です。(気持ちだけは)目指せバイラヴァとバードシャー!!ということで精進したいと思います。

おしまい。

<追記>バーフバリの馬についても書きました。


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