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コロナ渦不染日記 #69

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十一月四日(水)

 ○飛び石とはいえ、連休は連休である。連休明けの出勤には、おもだるい気分がつきものだ。
 今朝の体温、三六・一度。

 ○退勤後、ふらりとたち寄った古本屋で、芝田勝茂『星の砦』を入手し、帰りの電車で読む。

 芝田勝茂氏の最高傑作は、おとな社会の不条理にぶちあたってしまった子どもたちの拒否反応を、宇宙的恐怖として描いた(と解釈している)『夜の子どもたち』と思っているが、この『星の砦』は、『夜の子どもたち』の姉妹編のような作品である。といっても、スケールのおおきさや、精神的、自己肯定的な部分での死と生のはざまを駆け抜ける迫真さは、『夜の子どもたち』に軍配があがる。しかし、こちらは、クライマックスをのぞいて、超自然的なニュアンスがないため、かえって現実の悪意がストレートに描かれる。のみならず、「絶望に取り巻かれても、なお、立ってすすまなければならない」という結末は変わらないものの、神秘の姿を借りることで、絶望を与えてくるものをある種ファンタジックに描いていた『夜の子どもたち』より、こちらの方が「解決しなさ」が強い。

 ○姪うさぎをあやすのも手慣れてきた。妹うさぎのかわりに、抱きあげて寝かせるところまでできるようになった。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、六二七人(前日比-二四一人)。
 そのうち、東京は、一二二人(前日比-八七人)。


十一月五日(木)

 ○在宅勤務。書類仕事はあらかた片付けた。

 ○在宅勤務中、これまでであれば、洗濯をしたり、クリーニングにいったり、コーヒーを淹れたりしたものだが、姪うさぎがいると、彼女をあやすほうに注力してしまう。

 ○知性生物は、言語活動が普及して以降、「価値観の外部委託」を行っている。つまり、自分が考えたのとは違う、自分の思考以前から存在する、ある価値判断基準を、自分のなかに取り込んで、自分の価値判断基準の一部としているのである。逆にいえば、「価値観の外部委託」なくして、知性生物は存在しえない。しかし、だからといって、いつまでも外部委託した価値観に頼って、自らの中に自らの価値観を育てないのは、首肯できかねることである。自分は他人にはなれず、他人もまた、自分ではないので、自分のものではない価値観などにばかり頼っていては、自分だけの状況に対応できず、行き詰まるのである。共感もおなじことである。心を和ませるものではあるけれど、あくまで主体は他者である以上、自己を支えるには決定的に強度がない。耽溺すれば、麻薬とおなじことになる。
 人だけでなく、ぼくたちのような、知性ある動物は、物理的な肉体を可塑性に限定された、自分だけの肉体を離れられない以上、本質的に孤独なのである。だからこそ、孤独と孤独をつなぐ共感や、知恵という「外部委託された知識や価値観」が役に立つ。だが、それが、本質である孤独を覆い隠しては、本末転倒なのだ。物理的な肉体を共有できない知性生物が、孤独を解消しようと、物理的な肉体の壁をとっぱらったら、それは個人でなくなるということである。個人でなくなったものには、個人の孤独はないかもしれない。しかし、個人でなくなったことによる孤独が生まれるであろう。
 孤独とは、知性ある存在ならば、必ず向き合うべきものである

 ○夜。石川賢『魔界転生』を読む。

 山田風太郎の『魔界転生』において、〈魔界〉とは場所のことではない。「魔界に転生なさいませ」とは、「魔界という場所に生まれ変わる」という意味ではなく、「魔界になれ」ということである。その結果、この世に未練を残して死んだものたちが、その未練のゆえに、自らを〈魔界〉と化し、この世に復讐する。つまり、〈魔界〉とは、ひとりひとりのこころにあるテロリズムのことなのである。このことは、『魔界転生』をパロディした、荒山徹『大東亜忍法帳』において、転生剣士たちが「擬界転送[まがいてんそう]」されることで、〈擬界[まがい]〉に住む〈まがいもの〉といれ替わることからも証明される。
 だが、石川賢版の『魔界転生』はそうではない。この物語において、〈魔界〉とは、物理的に存在する場所のことである。そこには、この世をほろぼさんとする、邪悪な生命力で満ちている。と同時に、この世を守らんとするものも、〈魔界〉に潜んでいる。そのものと接触すれば、人はこの世を救う救世主となり、命を生みだし、癒やすことができる。この物語において、〈魔界〉とは、美しさと醜さ、躍動と暴力、豊穣と死が、混沌とうずまく「生命」そのものの具現化なのである。そして、それには別の、もっと人口に膾炙した呼び名がある。
 そして、石川賢氏の作品において、「生命」とは「ゲッター」である。『ゲッターロボ號』(1991)からまとまっていく、「ゲッターロボサーガ」において、すさまじい暴力と活動のみなもとである「ゲッター(線)」の基礎は、すでにこのときには具体的なイメージとしてあったと考えられる。ということは、これは『魔界転生』の皮をかぶった、石川賢オリジナル作品といえるわけで、こういうことをぬけぬけとやってのける、石川賢先生の胆力に敬服するものである。

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、一〇五〇人(前日比+四二六人)。
 そのうち、東京は、二六九人(前日比+一四七人)。
 おそるべき増加量がきた。全国で一〇〇〇人を超す新規陽性者が計測されるのは、八月二十一日以来、約三ヶ月ぶりである。
 乾燥と寒さのせいだろうか。いよいよ新型コロナウィルス流行の第二派がやってきたのだろうか。

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十一月六日(金)

 ○朝、目覚めると、窓の外が暗い。ねぼけまなこでコーヒーを淹れ、相棒の下品ラビットとともに、一服しようと巣穴を出ると、毛皮をとおしてもわかる寒さが、立てた耳の内側に触った。
「タバコがうまいな」
 と、下品ラビットが、ひげを震わせながら言った。
 今朝の体温、三六・〇度。

 ○退勤後、すさまじい眠気に襲われる。スマートフォンの気圧チェックアプリを見ると、今朝から明日にかけて、気圧がさがっていく、その途中にいたようだ。
 寝たり起きたりをくり返し、なんとか動物マッサージにたどりついた。

 ○伝説のサスペンス映画『ザ・バニシング 消失』のDVDが、「死ぬまでにこれは観ろ!2020」キャンペーンで再版されて、お手頃価格になっていた。

 当然購入する。 

 ○本日の、全国の新規陽性者数は、一一四三人(前日比+九三人)。
 そのうち、東京は、二四二人(前日比-二七人)。


→「#70 そっけなさの滋味」



引用・参考文献



イラスト
「ダ鳥獣戯画」(https://chojugiga.com/


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