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旅行最初の食事は成功したかに見えたが【信越北陸一人旅②】

車は高速道路を走り始めた。陽が少し傾き始めている。
平日の夕方ということで車の台数はそこそこ多かったものの渋滞するといったほどではない。周りの車に合わせてアクセルを踏む、そんな時間が続く。

降りようと思っている高速の出口まで2時間以上かかる。なので高速道路に乗っている間はずっと車内で『バナナマンのバナナムーンGOLD』というラジオを流していた。子供の頃に乗せてもらった車はFMとAMラジオ、しかも限られた周波数の番組しか聴けなかった。今はスマホとカーナビを繋げば簡単に好きなラジオを聴くことができる。昔車に乗せてくれた大人たちに教えてやりたい。

そのラジオでは、バナナマンの2人が最近行って来た旅行について話していた。この夏に日村さんはアメリカ、設楽さんはイタリアに行って来たらしい。2人とも夏休みに海外旅行だなんて、今首都高を走っている自分と芸能人とで旅行の規模に大きな差があることを実感させられた。設楽さんはコロッセオに行ったらしく、日本についてまだ記録が存在しない2000年以上前からあんなすごい建物が建てられていて、しかも今それを見学できるってすごいことだなと語っていた。
2000年前に建てられた建物、それは一体どんな見た目でどんな匂いでどんな触り心地なのだろう。脳内でなんとなくその姿を描いてみようとしたが、途中でやめて運転に集中した。


1時間以上高速道路を走り続け、トイレに行きたくなったので佐野SAに立ち寄った。滞在時間は本当5分くらいだ。トイレで用を済まし、少しだけ施設内を覗いた。佐野市のマスコットキャラクター「さのまる」のぬいぐるみが飾られていたが、飾られている彼はビニール袋に詰められたままだった。ちょっとかわいそうだと思った。

佐野SA


再び車に乗り込み、高速道路を走り始めた。気づけばいわゆる北関東地域に入ってからは車の台数がかなり減っている。通勤で満員電車に乗っている時も思うがやっぱり東京に人口集中し過ぎなんだよな。

車は北へ走り続ける。群馬県に入ると、たまに空がピカッと光る時があった。遠くの方に雷雲がいるらしい。群馬県は雷が多いと聞いたことがあるので、さすがだなと思った。僕は今からあの雷雲がいる方へ向かうのか。遠くの空の光に向かって走っていると、なんだかこの世界とは異なる未知の場所に向かっているような気がしてワクワクした。

案の定、北の方に行くと雨が降って来た。さっきまではワクワクしていたのに雨が降ってくると再び、洗車したばっかりなのになぁと思った。ワイパーを動かし、雨を弾きながら走る車は渋川伊香保ICで高速道路を降りた。


高速道路を降りたのは19時過ぎ。腹が減った。
途中寄ったサービスエリアでご飯を食べてもよかったのだが、僕はあらかじめこの日の予定はちゃんと組んでおいた。仕事を終えてすぐに出発し、渋滞にハマらなければ19時過ぎくらいには渋川市に着いているだろうと予想していたので、渋川市街で夜ご飯が食べられそうなお店を何軒か調べておき、気になったお店を3軒ピックアップしておいた。どれも町の定食屋といったところだ。

とりあえず3軒の中で個人的第一希望のお店に向かった。渋川伊香保ICから渋川駅前を経由して大体10分くらいでお店がある場所に辿り着いた。周りのお店は真っ暗だが一店舗だけ明かりがついているお店がある。それが僕が目的としていた定食屋さんだった。Googleマップの閉店時間を見ると19時半になっているが、お店は暖簾も出ているしやってそうだ。車を停めて店の入り口に向かった。雨はポツポツとといった具合で傘をささなくても歩ける程度だった。


お店の入り口に着く。ここで断られたらどうしようと思ったがすんなり入れてもらえた。店内は本当に昔ながらの食堂といった雰囲気で、お世辞にも綺麗とはいえないが少しくすんだ壁と常連らしき客達がビール片手に会話している光景が心にノスタルジーを植え付けてくる雰囲気だった。

テーブル席に座り、メニューを眺めた。まず思ったのはメニューが多い。そして安い。ラーメン400円だぞ。すごいな。700円を超えるメニューが存在しない献立表を見て自分が東京から出て来たことを再認識した。

定食屋のメニュー

しかし定食屋に来るといつものことなのだが、これだけメニューが多いとどれを頼めば良いか迷ってしまう。昨日ネットで調べた時は断然オムライスを食べる気満々だったのだが、焼きそばやカツ丼、カツカレーなども捨てがたい。僕はこの時自分の直感だけで決めきれず、スマホを取り出しGoogleの口コミを何個か見て考えようと思った。最終的にはソース丼とカツカレーで迷い、ソース丼を選択した。ソース丼とは、ソースカツ丼のことである。

注文をするため厨房の方を向こうと振り返ったら真後ろにお店のおばちゃんが立って待っていた。閉店間際に普段見かけない若造がやって来た上になかなか注文しない。そんな状況でおばちゃんはずっと立ち続けていたのかと思うとちょっと申し訳なく思った。僕はおばちゃんに注文をお願いした。

注文した後はすぐにトイレを借りたかった。佐野SAのトイレに行ってから一度もトイレに行っていない。僕は店内を見回してトイレを探したがどこを見てもトイレらしき扉や暖簾は見当たらなかった。知らない土地の閉店間際の定食屋にいるという状況で「トイレ貸してください」という声を出すことはできず、諦めてそのまま席に座り続けた。

料理を待っている間、店のおばちゃんが外にかけてある暖簾を片付け始めた。ああ、本当に閉店間際だったんだなと思った。店の常連たちも徐々に会計を終えて店を出て行く。そんな光景を5分くらい見ていたら、僕のテーブルに料理が提供された。

提供されたのはお重とお吸い物と漬物。「ソース丼」と書いてあったからてっきり丼が出てくるのかと思ったらお重が出て来た。620円のソース丼は、お重に入っているのか。

ソース丼 ¥620

食べてみると、カツは衣が厚めでサクっとしており、衣とご飯に染み込んだソースは舌に刺激を与えてくる。ご飯はちょっと柔らか過ぎる気もしたが全体としては美味しい。何しろ620円なら十分なクオリティである。この旅行初めてのお店選びは成功したかに見えた。

ふと店の壁を見た時、小さな虫が通るのが目に入った。どんな虫だったか、僕は覚えているけどここで書くのはちょっと気が引ける。そんな虫が店のくすんだ壁を駆け、壁に貼られた板の隙間に入り込んだ。
僕は壁に背を向け始めた。テーブルが目の前にあるにもかかわらず、僕はお重を持ってテーブルと垂直になるように横を向いて食事をしていた。そしてなるべく店の壁を見ないように食事を進めた。さっきまであれだけ舌にパンチを与えてくれたソースの味が急に薄く感じる。

閉店間際に来てしまって申し訳ない気持ち、虫を見てしまった時の気持ち、早くトイレに行きたい気持ち、これらの気持ちが右手で持つ箸のスピードを速めた。いつもならカツ丼を食べる時は七味をかける僕だが、この時卓上の七味は使わなかった。


食事を終え、早々と会計を終えて店を出た。
店を出ると、外では結構な雨が降っていた。店に入る前はポツポツとといった具合だったが、もうザーザーといった具合に雨が強くなっている。車には走って向かった。その間にちょっと身体が濡れた。


急いで車に乗り込み、次の目的地をカーナビに設定した。途中でコンビニや公衆トイレがあったら寄ろう。


フロントガラスに打ち付ける雨粒はラジオの音をかき消すほどの勢いで、それらをワイパーで掻き分け続けながら車は街灯のない一本道をひたすらに走り続けた。


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