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「ブスい」と「老化」

指摘

 その昔、通信制大学で、友人の紹介で知り合い、共に切磋琢磨していた九州の友人と、スクーリングで初めて会うことになりました。彼は当時、60代のおじいちゃんでした。

 やっと再会した、その時の友人は私を見るなり、「もっとブスいと思ってた!!」と微妙な言葉を口にしました。「何を言いますか、感動の再会のはずなのにーーー」と言ってから、もう10年近くになります。

 その方とは、以来更に、友情を深めて、共に卒業、その後彼は70歳の手前で大学院を卒業されました。再会するたびに、感動の初対面で「ブスい」と言いましたな。とネチネチとネタにしております。(要するに気にしていない。)

比較

 ところが先日、zoomでお若い方々と打ち合わせをしていた時、分割画面に映る自分が、ものすごく「ブスい」と感じました。九州の友人が言ったことは真実だったと思いました。

 zoomに並ぶ彼らの映像とは、明らかに違うもの、年齢の差を感じたのです。私の目は落ち窪み、頬骨が目立ち、首筋に年齢を感じました。

 「老婆!?」そうです。私は思うより、老化していました。私単体で鏡を見ていたら、そうも感じませんでしたが、zoomでお若い人と比較すると、これは酷い状態です。

老いの先輩方

 一回り年上の古い友人に、それを言いましたら、「そりゃあんた仕方ないわよ。歳をとると目が落ち窪み、頬骨は目立ってるのに、マスクで化粧もしないでしょ。人と話もしないから口の筋肉も落ちるけど、下半身の贅肉はびくともしないじゃない。ホント悲惨よね。」

「それにね。あんたの太っていた時代を知ってる私からしたら、あのときは、どこまで太るのかって心配してらから。今の方が随分とマシだよ!」とアハハと笑っていました。ちなみに彼女はかつて私は13キロ太り、14キロ痩せたという、激動の変化の貴重な目撃者です。

 2回り年上の友人に言いましたら、「もう何も気にならないわね。近くのものが見えにくいから、「ブスい」とか、まったく気にならないわ。霞んで見えるのよ。(それは白内障の疑いがあります。)遠くはよく見えるから、ソーシャルディスタンスでちょうどいいかも(老眼鏡を作り直すべきだと思います。)」

「だから私の辞書には「ブスい」と「醜女」は載ってないよ」とカラカラと笑っていました。

いまを受け入れる

 私は、40代から50代になるときの、猛烈な焦りがありましたが、50代になると、ツルリと忘れてしまっていました。彼女たちのように歳を重ねると、だんだんとその時々の自分を受け入れることも容易くなるのかもしれません。

 確かに会話の最後が笑いで終われば、それでOKです。それはいまの自分を笑いに変えて受け入れることだからです。大阪人だからかもしれませんが、オチを笑いで落とせたら、それはそれで満足になっている自分がいるのです。

 これからも感動の再会と「ブスい」話も、zoomに見た恐怖の「老婆」話は、美味しいネタとして笑いにしていこうと思いました。こうして私は歳を重ねていきます。


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