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二度目の妊娠

 今年の時間の経ち方は皆平等にとても奇妙だったと思う。
 もう下半期も甚だしいのだから。 
 当たり前のだった事ができないとなると窮屈に感じたり、また、極度の出不精の私でさえ「行っちゃダメです。」と言われるとオヨヨとなった。目に見えない脅威に対して行動を制限される、または「自粛しなさい。」と言われる曖昧さの怖さ。

 妊娠に気付いたのは1月の末であった。 
 妊娠したことがわかった瞬間と言うのは特有の浮遊感に包まれる。夢みたいなのだ。
 妊娠がわかりたての頃など、まだ子供は受精卵としか呼ばれないが、自分ごと受精卵になって外界から膜で守られ、ポヨンとした気分になれる。
 それが1週間としないうちに「胎芽は大きくなるだろうか」とか「心臓は無事動きだすだろうか」とか様々な不安に苛まれることになるのだが、ともかく妊娠がわかってから心臓が動き出すまでの誰もどうすることもできないけど、確実に他の生命細胞が胎内にある時のポヨっとした気持ちは意外に気軽で癖になる。世界の全てが自分と解離して見えてとても面白いのである。
 今回はその頃に渋谷にいく用事があったので、「おー渋谷だよ。」と、見慣れた景色を水のカプセルの中から見ているようで面白かったのをよく覚えている。

 それから間も無くして世界の情勢はウイルスに犯されてゆき、当たり前の概念をシフトさせなくてはならなくなった。大ピンチである。妊婦なんか超大ピンチである。
 さすがに「妊娠は控えましょう。」とは書かれていなかったが「生殖医療は今は差し控えるよう」と遠回しの様で直球に書かれた独特の言い回しのニュース記事を読んだ時は背筋が凍った。

 私はこんなに成りをして大きなことを言いがちだが強烈にビビりでネガティヴである。「大丈夫でしょ」と思う事が根本的に苦手だ。大体いつも起きてもいない事を心配して、仕舞いにはいもしない相手に怒ったりしている。
 だからもし、今回お腹に子供がいて、なんとなくポヨンとした気持ちでホルモンだかなんだか知らないが眠たくて仕方がないとかいう身体の状態でなければどうなっていただろうか。タラレバではなにも語れないが。

 さらに人々が窮地に立たされて数ヶ月と経たないうちに、今まで蓋をされてきた問題が浮き彫りになったとも見て取れた。

 生きた人間の発する言葉は簡単に化物となり言霊と呼ばれ呪いとなるという昔っから当たり前の事実が、デジタル空間では対象目掛けて一瞬で一体化して増殖し巨大になり、可視化されたことで、ようやくだ。ようやく言葉が生きた人間を簡単に殺すに至ることがフォーカスされたり、
 生きづらい人々のその原因が解明されカテゴライズされつつあり、それに対する理解や治療が進む中で、当事者があまりの辛さからだろうか、性善説いや、もはや性善自体を否定する考えが流布されるように感じていた。私だって普段なら性白紙説くらいが適当だろうとも思うが、窮地の時に説かれたはずの性善説に本質を見出すべき時が今の様な事態の時なのだとも思う。
 また、なんと表現するべきだろうか。「生産性」なんていう乱暴な言葉を平気で使って生の説明をまことしやかに偉そうにしたりするのが目に付く様になった。「まことしやか」というのは怖くて、気をつけなくてはならない。
 まことしやかに物を語る人の言う事ほどよく聞いていないと、全体的になんとなく正しい感じの耳障りあからである。良く言えば話の上手い人の事だが、これもまた私が一筋縄にうまいこと説ける話なわけでもなく、ややもすれば性善説に引っ掛かって厄介なので、幼稚園でも教わる
「人の話は聞く耳を持ってよく聞こうね。」と言うに尽きる。 

 ところで胎児だ。 
 胎児は妊娠してから22週で人とみなされる。理由はよくわからないが、そうらしい。
 つい最近の事なのにもう忘れたが、胎児は、確か17週もすればお腹の中で泳ぎ回っているのがわかるものだ。心拍が確認されてから1週間毎に驚く発達を遂げながら、一瞬で手足ができ、背骨ができ、気付けば「今すぐ横になれ」と命令されているように腹が重くなったり、夜中に暴れ回って起こされ、出産が近づくにつれて熟睡はできない仕様に母体は変化してゆく。
 母体を操るのだ。
 通常人を思い通りに動かすのはかなり難しい。なのに胎児はいとも簡単に母体をコントロールする。これちょっと神に近い時期なんじゃない?と託けて思うことにして寝まくっているが。

 人が自分のした事が悪だと認識するのはいつなのだろうか。
 上の子は気付いたら「チコ食べたいかな。」と小声で耳打ちしてくるようになったが、すでにチコ(チョコ)はあんまり食べてはいけない物だと彼女はわかっているのだ。
 でも新生児や、まして胎児はどうだろう。
 私は性善でしかないと感じる。
 どんな事情があろうと胎児は性善である。

 真っ青な2020年時代の幕開けの圧倒的性善な存在に、私は、もう最後かも知れない妊婦生活を呑気に過ごす事ができた。
 この子供は、取り乱しがちな私の為に「あ、母ちゃん大ピンチになるぞ!面倒臭いことになるから行ったろ。」と、来てくれたんじゃないかな、とまで平和な事を考えられる。
 赤ん坊は完璧な状態で生まれてくる。
 多分、生は善である努力は生まれたら一生しなければならない。
 結構大変だが、今は平和な気持ちの私はチャラチャラと楽しくマタニティフォトを撮ったので自慢したく掲載させていただこうと思う。 

 
 

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アルトサックスプレイヤー/コンポーザー コラムや日記、短編小説を書きます。 演奏動画もアップしていきます♪ 機嫌の取りづらいヴィンテージ楽器の操作と幼児の育児に奮闘中!よろしくお願いします。

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コメント (1)
確かに妊婦さんについての配慮がこのコロナ禍で等閑視されているような気がしていました。ただでさえ不安な心理状態なところにこの未曽有の事態。しかも政府は無能で自粛を呼びかけれるだけで医療体制の整備など全くせず。出産のために入院して母子感染という恐怖もあるでしょうし、コロナに追われて妊婦さんへの対応が不十分なんてことがないように訴えかけていかないといけませんね。
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