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【短編小説】ちわーっす。火星人でーす

「ちわーっす。火星人でーす。課長いらっしゃいますかー」

「おお、火星人くん。よく来てくれた。一年ぶりかね」

「ご無沙汰してまっす。地球行きの定期船が年に一便なんで」

「そうだな。光速船なら三分で来れるんだが、こう距離が近くては使えないし、意外と不便だよな、地球って」

「そうなんすよ。核パルス推進の連絡船でも三ヶ月かかりますからねえ。あ、これ、お土産っす。マーズ・ハマナコ産うなぎの蒲焼きとマーズ・エンシューナダ産アオサの乾物っす」

「おお、こりゃ貴重な物を。地球のうなぎはとっくの昔に絶滅しちゃったからなあ。アオサは味噌汁に入れると最高なんだが、地球のは汚染がひどくてな。ありがとうありがとう。長旅疲れただろう。さあさ、上がって休んでくれ」

「あざーっす。んじゃあ、お邪魔しまっす」

「それにしても、今日のその格好は何だい。半透明のクラゲかタコみたいだな」

「ああ、これっすか。地球人が考えるステレオタイプな火星人の格好をしてみたんすけど、おかしいっすかね」

「今時火星人をそんな姿だと思ってる奴は居ないだろう」

「クラゲもタコも絶滅しちゃったんで、間違われないとは思うんすけどね。前に来た時、地球人の姿になってみたんすけど、事務員の女の人を驚かせてしまって。それで今日はこの格好にしてみたっす」

「ああ、不気味の谷か。地球人の姿に似せていくと、あるところを境に気味悪く見えるんだよ。その意味では今の格好のほうが良いのかな」

「まあ、俺っちは不定形生命体なんで、格好なんてどうでも良いんすけどね」

「そうだったな。その姿のせいで二十一世紀まで地球人に発見されなかった訳だし」

「そっすね。見つかってからも、しばらくは知的生命体扱いされなかったっすよ」

「今となっては笑い話だが、地球人とは何もかも違うからなあ。統一意思を持つ群体なんて言われてもピンと来ないよ」

「俺っちは逆に地球人の、個別に意志のある群体ってのが理解できないっすよ。何か決めるのにいちいち多数決とか、面倒くさくないっすか」

「まあな。最近はエキスパートシステムやAIがやってくれるから、その辺の面倒はずいぶん減ったけどな」

「その話なんすけど、今や地球人口は千人を割ってて、管理はほとんどAIがやってるじゃないすか」

「そうだな。今、地球に居るのは一部の政府関係者と科学者と、私達のような一握りの物好きぐらいだな」

「来る途中に聞いたんすけど、火星と地球の定期船は来年で廃止らしいっすよ」

「本当かね。まあ利用者も少ないし、仕方あるまいな」

「どっか別の星に移住しないんすか。課長は仕事が出来るんだから、エンケラドゥスあたりに行けば引っ張りだこじゃないっすかね」

「木星か。あそこは今、ヘリウムの採掘でバブルが来てるらしいな」

「エンケラドゥスはテラフォーミングも進んでて、地球人には暮らしやすいところらしいっすよ。火星は環境が厳しい上に既得権益にうるさい連中が居て、あんまりお勧め出来ないっすね」

「ああ、あのオリンポス山のどっちが裏か表かって言うマーズ・シズオカとマーズ・ヤマナシの争い、未だやってんの」

「やっぱり太陽系で一番高い山っすからねぇ、双方思うところが色々あるみたいっすよ。地球人の考える事はよく解らないっすね」

「しかし確かに、そろそろ移住も考えないといかんかなあ」

「課長はどうして地球にとどまってるんすか」

「まあ、生まれた星と言うのもあるが。今、地球には人間が少ないから、何かトラブった時に対処できる人間が居ないんだよ。AIは原因を突き止めても修理まではしてくれないしな。科学者達も重宝してくれてるし、やる事があるうちはここに居ようと思ってるんだ」

「そっすか。実は、俺っちが今日来たのは、課長に火星政府の決定を知らせておこうと思って。今、課長達がやってる地球環境再生なんすけど、近々完全にAIの管理に移行するっす。今居る地球人の大半は来月の定期船で地球を発つことになるっす」

「やっぱりそうか。そんな事だろうとは思ってたよ」

「課長、知ってたんすか」

「事務連絡だけなら惑星間通信で事足りるじゃないか。君がわざわざ来るって事は余程なんだろうと思ってね。それに、君達火星人は統一意思を持つ群体だろ。君の意志は火星大統領の意志って事だからね」

「さっすが課長、何でもお見通しっすね」

「だが、うちの本社からは、そんな話は聞いてないぞ。その話って、まだ内密の話じゃないのかね。私に話しても構わないのかい?」

「俺っちと課長の仲っすからね。それに、優秀な人材は囲っておきたいって下心っす」

「ははは、嬉しいこと言ってくれるね。私に一体何をさせようと言うんだい。やっぱり木星開発かい?」

「俺っちの仕事を手伝って欲しいっす。大統領補佐官っす」

「おいおい、いくら何でもそりゃ無茶だろう。私も政治は素人だよ」

「あ、そんなのじゃないっす。俺っちには地球人の考えが理解できないから、代わりに火星に居る地球人達を管理して欲しいっす」

「一体、地球人の何が解らないんだい」

「ハンバーグ食べる為だけにマーズ・ゴテンバのレストランに八時間も並ぶのが解らないっす」

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