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【短編小説】宇宙の捨てる人

 地球の衛星軌道上に浮かぶ宇宙ステーション。その狭い一室が現在の僕の居場所だ。僕はここで地上施設からの連絡を待っている。

「アキヤマ君、聞こえるか」

「はい所長。感度良好です」

「我が社の人工衛星は軌道投入に成功した。予定通り、衛星のコントロールを君に渡す」

「これ、本番ですか」

「訓練ではない。今後、君には地上からのサポートを受けつつ、デブリの回収テストをおこなってもらう」

 長年の宇宙開発競争の結果、地球の周辺にはロケットや衛星の残骸など、無数のデブリ=宇宙ごみが地球の周囲を取り巻いていて、宇宙開発の大きな障害となっている。今回は、我が社で開発したデブリ回収衛星のテストをおこなうもので、これが成功すれば大きなビジネスチャンスになると期待されている。回収したデブリは、衛星ごと大気圏に突入させて焼却処分する。宇宙のごみを地球に捨てるなんて、何だか人聞きの悪い話だが、昔からおこなわれている最も確実な方法だ。

「でも、どうして地上からコントロールしないんですかね」

「地上からの遠隔操作ではタイムラグがあり、不測の事態に対処できない。そこで君に、極力衛星に近い宇宙ステーションから操作をおこなってもらう。何、訓練通りやれば問題は無い。基本動作はコンピューターがやってくれる。データが集まれば、いずれはAIが代わっておこなうようになるだろう」

 僕は衛星のコントローラーに手を掛けた。コントローラーには衛星の位置を操作するジョイスティックやカメラの映像を映すモニター、衛星周辺を監視するレーダーなどが備わっている。

「では、やるぞアキヤマ君。セイル展開」

「了解。セイル展開」

 僕は衛星に指令を出した。この衛星にはセイルと呼ばれる折りたたみ式のシートが備わっている。このシートには全面に粘着物質が塗布されていて、これを帆のように広げることで、レーダーに映らない小さなデブリを回収するのだ。

 宇宙へ上がると決まった時には渋々だったが、こうして実際に任務が始まると何とも言えない高揚感に包まれ、思わず鼻歌が漏れる。

「アーアアー、アーアーアーアーアアー」

「アキヤマ君、無線機はカラオケじゃないぞ」

「了解。アキヤマ、目標を駆逐する」

 人工衛星がセイルを展開してしばらく後、セイルの衝撃センサーに小さな反応があった。

 早速、衛星のカメラからの映像を確認する。レーダーには映らない微小なデブリが粘着シートに捕獲されている。

「捕獲成功です。セイルの破損もありません」

 無線を通じて地上施設の歓声が聞こえてきた。

「こちらでも確認した。引き続きテストを続けてくれ」

「了解」

 小さなデブリと言っても馬鹿にはできない。10センチ以下の金属片などが時速三万キロメートルと、とてつもない速度で飛んで来るのだ。こんなのが人工衛星や船外活動中の宇宙飛行士に当たったら大事故になりかねない。

 だが、デブリの回収は現在、大きな物に主眼が置かれていて、小さなデブリの回収については後回しになっている。だから我が社の様な新規参入組にも勝機があるのだが。

 この後もいくつかの微小デブリを捕獲していたが、突然、レーダーに反応があった。大きめのデブリが接近している。衛星の性能上、捕獲はできるが、今回のテスト範囲を超えている。僕は所長に判断を仰いだ。

「デブリがどんな物か分かるかね」

「コンピューターの解析結果では、石のようです」

「石か。恐らく他社が回収できなかったデブリだろう」

 他社の回収衛星は既にいくつも稼働しているが、強力な磁石で金属を吸い寄せて捕獲するものなので、磁石に付かないデブリは回収できない。これもそうして回収から漏れたものだろう。

「どんな石か分かるかね。隕石か、或いは何かの構造材か」

 僕はカメラを最大望遠にして画像を凝視する。

「石板……のようです。宇宙……ナントカ……憲章と書いてあります」

「……見なかったことにしよう」

「回収しなくて良いんですか」

「そんな物拾ったって、ろくなことにならないからな」

 確かに、訳の分からない物に関わっている暇は無い。その結果、どんな現実が突きつけられようと僕の知ったことじゃない。自分を見失うな。僕は自分に言い聞かせた。

 石板は衛星を通り過ぎ、宇宙の彼方へ飛び去った。これで宇宙の平和は守られたのだ……多分。

しばらくは静寂が続いていたが、突然、衝撃センサーが大きな反応を示した。このサイズならレーダーに映っても良さそうなんだが、レーダーには全く反応が無かった。金属では無いのだろうか。カメラの映像を確認しても、映るのは漆黒の闇だ。僕は地上に連絡すると、衛星のカメラを粘着シートに向けた。

「何だこりゃ」

 粘着シートに何やら黒い物体がいくつも張り付いている。それは全体が黒光りする平べったい楕円形の物体で、楕円の一端から何かワイヤーのようなものが、アンテナのように二本飛び出して、周囲を探るように動いている。時折、脱出を図っているのか大きくうごめいているのが見える。

 無線を通じて地上施設から悲鳴のような声が聞こえてきた。それは人間なら生理的に嫌悪する形状だから仕方が無い。ここは宇宙のゴミ溜め。そんな奴らが居ても不思議じゃない。奴らが人類より早く宇宙に適応しただけのことだ。さらに恐ろしいことに、奴ら、我々が知っているものより体長が何十倍も大きい。

「テストを中止して、衛星を大気圏に突入させろ。あいつらを地球へ遣るわけにはいかん」

 無線機から所長の指令が響いた。しかし、僕には不安がよぎった。

「待ってください。もし燃え尽きなかったら、奴らの侵入を許すことになります。幸い奴らは粘着シートから動けません。このまま衛星軌道の外へ捨てるべきです」

「アキヤマ君、無茶を言うな。デブリの回収と処分をするべき衛星が、自らがデブリになったと公になれば世界の嘲笑を買うぞ。そうなれば今後の計画は大きく後退する。それに、大気圏突入時の機体温度は約三千℃。こう温度が高くては奴らも生きては居られまい。我々の勝ちだ」

「それは呑気というものです」

 僕は思わず愚痴ったが、いくら何でも楽観過ぎるだろう。奴らは宇宙空間で活動できる時点で我々の常識を超越しているのだ。

 僕の説得もむなしく、大気圏突入作戦は実行されることになった。

 僕はコントローラーを操作し、衛星にセイルを収納して大気圏突入を指令した。間もなく衛星は位置を変え始め、やがて大気圏突入コースへ乗った。

 当初の計画よりは早まったが、これは予定された行動だ。むしろ、計画通りと言って良い。本来なら喜ばしいことなのだが、そんな気は起こらない。 

 衛星は大気圏に突入して行く。そして機体の周りは光に包まれた。突入により押しつぶされた大気が加熱される、断熱圧縮と言う現象だ。衛星は次第に分解し始め、ついに四散して燃え尽きた……はずだった。

 僕は見てしまったのだ。衛星が燃え尽きる寸前、何かカプセルのような物が分離するのを。

「やられたな」

 僕のつぶやきが聞こえたのか、所長の落胆する声が聞こえる。

「何てこった」

 地上施設でもカプセルの分離を確認していたようだ。

 確か奴ら、身の危険が迫ると卵の入ったカプセルを切り離すんだった。親が死んでも卵は生き残る。奴ら、まんまと地球への帰還を果たしたのだ。

「どうやら、我々は奴らに嵌められたようだな」

 無線機越しに所長の声が聞こえてきた。

 デブリ回収衛星は最後に大気圏に突入して燃え尽きる。これは他社の衛星も同じだ。奴らは最初から卵を大気圏に突入させるために衛星に取り付いたのだ。奴らの生態には、既にそのような地球帰還シークエンスが組み込まれているのだろう。他社の衛星は全自動制御だから奴らの侵入に気付いていないだけで、同様に利用されているに違いない。

 近い将来、宇宙に適応した奴らを目の前にした時、人類は受け入れることが出来るんだろうか。

 僕の目の前には漆黒の闇が広がるばかりだ。

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