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★仏像展★京博「観心寺と金剛寺-真言密教と南朝の世界-」

慶派!国宝!女人高野!天皇所縁の社寺仏閣!京都から高野山につづく街道の合流地点として栄えたところに、真言密教の観心寺と金剛寺がある。その特別展!!そして、中尊寺、清水寺に関する絵巻物などもあり、日本の歴史を知る宝物が多い古寺である。

寺の紹介は次の通り。

旅行記は次の通り。

▼博物館

京都国立博物館

▼公式HP:京博

https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/special/kawachinagano_2022/

出陳一覧

https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/assets/special/2022_kawachinagano_list.pdf

▼動画紹介(リンク)

京博でも流れていましたね。

▼仏像感想

 仏像は少なかった・・・。エース級が来なかったのが超残念。一番印象的だったのが「延喜式@国宝」ですね。京都の葛野郡はやはり秦氏の神社だらけだった!?って、寺の展示会で神社関係が一番印象に残る。。

  • 弘法大師・空海が高野山に金剛峯寺を開きその巡拝路となった

  • 巡拝路の主な社寺は住吉大社、金剛寺、観心寺

  • 後醍醐天皇、宇多天皇、後村上天皇とも関わりが強い地域

  • 鎌倉時代末に天皇は2つに分かれて鎌倉幕府が間を取り持ち平定を保つが、後醍醐天皇は鎌倉幕府を滅ぼす

  • 鎌倉幕府討伐で活躍したのが足利尊氏、楠木正成で足利が権力者へ

  • 後醍醐天皇を足利尊氏は裏切り、南北朝時代の2分化になるが、楠木正成の子・正成の活躍で南北朝合併し平定へ

  • 室町以降は両寺ともに安定した時代が続くが、権威・権力との関係が薄くなる

  • 如意輪観音坐像@国宝など有名な仏像たち

  • 運慶作だとされていた仏像は快慶愛弟子・行快と判明し国宝へ!

では、感想です。


→観心寺:地蔵菩薩立像@重文

 平安時代作のもので古寺でよく会う地蔵菩薩であるが、袈裟がなかなか見ないものになっており、「僧形神像」かもと説明があった。僧形神像は、日本古来の神が仏教に帰依した姿を表したもの。仮に僧形神像とすると立像は珍しいかと。

→観心寺:伝宝生如来坐像@重文、伝弥勒菩薩坐像@重文

 伝宝生如来坐像@重文、伝弥勒菩薩坐像@重文はそれぞれ、弥勒菩薩坐像、仏眼仏母ともいわれている。
 パッと見て五智如来(WIKI)のメンバーに感じる人が多いはず。説明書きにも京都・安祥寺の五智如来と同じ仏師とする人もいるぐらい、雰囲気なども含め似ている気がした。

京都・安祥寺は次の通り。(本NOTE公開後数日内に公開)

→観心寺:如意輪観音坐像@国宝の模造

 来ないのは知っていたので、アレッ居るな!ラッキーと思ったが何か違和感が・・説明を見ると模造だった。がっくし。。

→金剛寺:大日如来坐像@重文

 金剛寺の本尊である金剛界式大日如来坐像@国宝とは別の大日如来坐像@重文は、この仏像展でNo.1だろうか。顔が運慶系の顔である。
 現在は宝物館に安置されていたが、昔は多宝塔に安置されていたようだ。とすると、奈良・円成寺の多宝塔には運慶の大日如来坐像@国宝、滋賀・石山寺には快慶の大日如来坐像@重文なので、慶派第三世代だったら人気に火がつくかも。天皇ゆかりの寺であり、快慶一番弟子の行快の仏像もあるので、あり得るのではないかと思うのだが。

 さて、博物館の説明では、多宝塔建立の1170年から1180年の作とし、東大寺講堂本尊、高野山・大伝法院にならって製作されたと説明があった。なお、光背に化仏が31体ある。これは金剛会式曼荼羅に関係する数字のようだ。
 図録によると、奈良・円成寺の運慶作、岐阜・横蔵寺の筑前講師作、京都・浄瑠璃寺の大日如来につながりを感じ、慶派仏師かもとのこと。


→観心寺:伝仏眼仏母坐像(宝冠釈迦)

 観心寺塔頭の本尊だったようだ。パッと見た瞬間、京都・御寺の楊貴妃観音?と思ったが、正面から見ると清水寺随求堂の「大隨求菩薩」を思い出した。
 専門家曰く、院派の仏師だろうとのこと。この院派は京都を中心に仕事をした仏師集団で、宗風が特徴ですね。ということで楊貴妃観音にも見えたのかな。


→金剛寺:五智如来@重文

 五仏堂に安置されている五智如来の中尊は金剛界式大日如来坐像は金堂の本尊、五仏堂ともつながるだろうが、観心寺の金剛界式大日如来坐像@重文に似ている!慶派だ!と思わせた。
 ただし、中尊以外の阿閦如来(あしゅくにょらい)、宝生如来(ほうしょうにょらい)、無量寿如来(むりょうじゅにょらい)、不空成就如来は印相が同じなのに違和感を感じたし、ちょっと格下の仏師なのではと感じる。ちなみに、五智如来は言うことを聞かないと怒って明王に変化する如来で、京都・東寺が有名ですね。

→観心寺:観音菩薩立像@重文、如来踏下像@重文

 法隆寺など飛鳥からある古寺の共通点は金綱仏がある!と思っている。やはり、河内を代表する観心寺には持念仏クラスだが法隆寺・百濟観音立像@国宝に似ている金銅「観音菩薩立像@重文」が展示されていた。超細身で少しアルカイックスマイルでほほ笑んで、腰ひねりが入っていた。THE観音様!!
 「如来踏下像@重文」は右手で衣文を掴み、足は右足を下に踏みta下げ形で、白鳳時代の脇侍でよく見るのだが、如来は珍しいかと。この如来なんですが、そこかで超有名な仏像に似ているんだよな~と思っているのは私だけ??似ている仏像思い出せない・・気持ち悪い・・。思い出したら編集します。

→金剛寺:不動明王坐像

 小さいですが平安時代の不動明王の特徴を良く表している。いかり肩に不動明王では珍しい前のめり系である。阿弥陀如来などの脇侍は早く迎えるため前のめり(前傾)なのですが、遠くから見てもわかるくらい前傾の不動明王は珍しいかと。
 また観音と同じく腰ひねりと台座が磐座になっているのも、神仏習合があったということか?

▼おまけ(仏像以外)


→金剛寺:黒漆宝剣拵@国宝

 某アニメで逆刃剣があったが、ここは両刃剣である!?ってなんのこっちゃ・・。神社に行くと結構、刀の特別展があり、あの輝きや雰囲気は息をのむことがある。
 この刀を見たとき、おお~と思い、説明を読むと平安時代とあった。この美しさは素晴らしい!国宝というのがよくわかる。持つところが三鈷柄で神事に使われていたとも。

→金剛寺:延喜式神名帳@国宝

 神社好きは耳にする「延喜式」の原本は失われており、金剛寺に1127年に書き写された最古の延喜式の写本がある。

 京都の葛野郡を見ると秦氏の神社だらけだった・・。そして、まだ行っていないところを発見した。
 一番初めに記されていたのは、今は松尾大社に属す「月読神社」だったのがすごく面白い。あとは「松尾大社」、「木嶋社」、「大酒神社」など秦氏が多い。

やはり皇族ゆかりの神社は入るな。。ネタが尽きたら延喜式神社集まとめよう。


▼ニュースメモ

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