インディペンデント映画における搾取のパターン6つ―弱者の声が黙殺される背景とは

 あくまでも自分のような無名ライターにしてはという条件付きですが、前の記事が大きな反響をいただけたように思います。

『童貞。をプロデュース』問題の根底にある映画界の搾取と欺瞞について―「映画愛」は理不尽を肯定できるか?
https://note.com/yangyang_film987/n/ne072c8815653

 いい機会なので、インディペンデント映画界で行われている「搾取」の実態について、いくつかパターンを紹介していきます。典型的なものから特殊なものまで、映画界独自の慣習から他の業界にあてはまる問題までさまざまです。ただ、松江哲明監督たちが『童貞。をプロデュース』の制作、配給、宣伝の過程で行ってきた問題行為が、業界の空気感によって導かれているとは理解していただけると思います。もちろん、全ての撮影現場が劣悪なのではない。それでも、以下の話はあまりにも語られる機会が少ないので、あえて紹介いたします。

【パターン1.「持ち寄り」】
 正直、搾取といえないものですが、初歩レベルを考えたらこのあたりになりました。映画を制作するにあたり、関係者がお金を持ち寄って資金にあてることです。学生映画や超低予算の自主映画はこのパターンばかりなので、まあ当たり前の範ちゅうです。ただ、末端のスタッフまで主要スタッフと同じだけの金額を強要したり、「俺が一番金を出しているだろ」という理由でパワーバランスが生まれたりするのは良くないですよね。

【パターン2.「勉強」】
 本来、一人前のスタッフとしての能力が不足している人を「勉強」「研修」などの名義でサポートに駆り出すことです。テロップでは「応援」と表記される場合もあります。多くの場合ノーギャラ、よくて交通費や弁当代くらいではないでしょうか。これも本人が志願し、労働条件を了承しているなら問題と断定できないと思います。実際、現時点の実力では絶対にできないような経験がきっかけとなりスキルアップすることもありますから。もちろん、厳密に労働基準法を持ち出すのであれば、ここらへんからアウトになっていくのでしょうけど…。


 ダメなのは、普段の人間関係を利用して圧をかけ、後輩などの立場が弱い人間を無理やり応援に使うことです。エキストラ俳優とかは、メジャー作品でも事務所から「勉強になるから」とか言われて派遣されることがあるみたいですね。「キャリアになるから」とか。これはあるプロデューサーから聞いたのですが、「どんなに有名な作品に出ていてもエキストラなら意味ないよ」、だそうです。そりゃそうですよね。

【パターン3.「ボランティア」】
 映画と積極的に関わりたい、という方々です。映画は制作規模に関係なく、ボランティアのみなさんの熱意によって成立している世界です。現場の応援からケータリング、車両、撮影場所の提供にいたるまで、ボランティアの方々の協力は映画の生命線です。


 ただ、ボランティアと搾取は紙一重です。東京オリンピックとかを引き合いに出すと分かりやすいですよね。最初はボランティアのつもりで現場に来てくれた人も、不当な扱いを受けるうち「搾取された」と感じるようになることがあります。僕もある現場に車両を提供したところ、同じスタッフからその後も繰り返し「車を貸してくれ」と言われるようになり辟易しました。


 また、本人は仕事のつもりだったのに、いざ現場に行ってみたらボランティア扱いだったという例は絶えません。これは僕もメチャクチャあります。インディペンデント映画祭の審査員として10時間くらい作品を見せられ、審査会や発表会まで出席させられたのにノーギャラだったとか。これは先方が確信犯でやっているときとそうでないときがあり、後者なら抗議するとギャラをくれないにせよ、謝ってはくれます。前者だと逆ギレしてくる可能性が大です。ただ、これは自分も悪くて、契約書や見積がないといくらでも無償の奉仕になってしまうんですよね。


 ちなみに、ハリウッド映画にも出ている大女優の方と現場が一緒になったスタッフさんから聞いた話ですが。無償で自宅を提供してくれたボランティアに対し、彼女はずっとにこやかにお礼を言い続けていたそうです。「わがままな業界人」のイメージが強い人だったので、そういう感覚があったと聞いてうれしくなりましたね。たぶん、自分の振る舞いで周りのテンションが変わることも分かっているんでしょう。上もそんな人ばかりだといいのですが…。

【パターン4.「撤回」】 
 提示されていたギャラがもらえないという最悪のパターンです。やはり、書面で契約していないとこうした逃げ方をされてしまいます。ただ、インディペンデント映画界の末端スタッフで、契約書を交わしている人がどれくらいいるのでしょうか?そもそもそうした慣習がないし、自分から言うと疎ましがられる。悪い評判が立てば、代わりのスタッフはいくらでもいる。結局、泣き寝入りするしかなくなる。


 僕の経験では、雇用主である社長と、間に入っていた社員の関係が最悪だったことが報酬を撤回された原因でした。社員が社長にビビっており、「スタッフに給料を支払ってくれ」すらお願いできない状態だったんです。その結果、3カ月働いて1万円しかもらえなかったんですが、今から思うとあれは社員さんのポケットマネーだったのかもしれません。


 あと、単に経理が雑で、請求額を振り込んでもらえないこともあります。そういうクライアントに限って、公の場ではけっこう高尚な夢とかビジョンを語ってるんですよね。僕の場合、同じ相手から3回は報酬の振り込みを忘れられました。金額が安く、催促するのも面倒なので今では二度と仕事を受けないことにしています。

【パターン5.「ネグレクト」】
 加賀賢三さんが松江哲明監督やSPOTTED PRODUCTIONSから受けた被害も、このパターンと重なる部分があります。つまり、搾取するだけしておいて、抗議されたらひたすら無視をする。電話に出ない。顔も合わせない。「そんなことできるの?」と思われるでしょうが、加害者側と被害者側の社会的立場に100ゼロの差があれば、十分に成立します。そして、被害者側が「空気の読めない人間」「仕事もできないのに主張だけする奴」となり、事件は忘れ去られます。


 僕が『童貞。をプロデュース』事件で残念なのは、それなりに発言力のある人間が松江監督に近しいというだけで、加害者擁護とも捉えられる発言を繰り返していることです。彼らの発言が無関係な第三者に「知りもしないのにとやかく言うのはよくない」「当事者だけに任せよう」と思わせているのだとしたら、まさしくそれが狙いです。だって、加害者にとって一番都合悪いのは、業界のパワーバランスの外側にいる一般人から関心を持たれることですから。

【パターン6.知名度・カリスマ】
 これはかなりグレーゾーン。要するに、金銭的にも作業量的にも間違いなく搾取なんだけど、被害者であるはずの人たちが納得しているからOKというパターンです。たとえば、有名な映画祭に新作を出せるようになったとします。しかし、制作費はゼロ。あるいは些少。それでも、コンペで上位入選すれば注目を集められる。この場合、やるもやらないもクリエイター次第ですよね。ただ、それを踏まえて制作費を出さない映画祭側の思惑も確実にあるわけです。あるいは、天才的な映画監督の現場に行けることになったとします。ギャラはなし。でも、本人からすれば、憧れの人と一緒の現場に立てるだけで嬉しいのです。


 知名度やカリスマを盾に無償の奉仕を煽るのは、誰にでもできることではないので、それだけの立場になった人々の「才能や努力の賜物」ともいえます。ただし、それだけの立場にない企業や団体、作り手があたかも大物然として無償の奉仕を強要するのは搾取だと思います。


 ちなみに、僕が関わった映像コンテストでは制作費が些少であることを監督たちに伝えたうえで、納得してもらった人とだけ話を進めていきました。それでも、何組かは監督の持ち出しになってしまいましたが…。その代わり、監督の作品を上映する機会を作るとか、別の部分でお返しをするようにしています。

 そのほか、セクハラやパワハラ、業界人同士の忖度など映画界の闇は多いと思いますが、僕が実感をこめて語れる搾取のありようについてはこの程度なので、いったん言及は控えておきます。

【どうして搾取はなくならないのか】
 さて、これだけ搾取は繰り返されているのに、どうして解決策が見つからず、被害は絶えないのでしょうか。ひとつは、被害の実態を徹底的に追求しようという動きがあまりにも少なかったからです。映画ファンも自分が尊敬するクリエイター、業界関係者が搾取に関与しているとは信じたくなくて、目を背けてきたのではないでしょうか。僕は、極悪非道をつくしてきた人間の作ったすべての映画を「公開するな」「つまらない」とは思いません。松江哲明監督の作品ですら、何本かは傑作だと思っています。しかし、作り手として彼らに向けるリスペクトと、社会人としての批判は矛盾しないと思うのです。 

 また、搾取は大前提として「強者から弱者」に対し行われるので、表面化しにくい構造を孕んでいます。被害者側が法に訴えるだけの金銭的、時間的余裕はないし、それを学ぶ機会にも恵まれていない。そもそも、アクションを起こすことで業界内のブラックリスト入りしてしまう危険もある。

 あと、搾取が堂々と行われているのもかかわらず、それに当事者たちが気づいていない可能性もあるでしょう。撮影現場では多くのスタッフがアドレナリンを噴出させているというか、ハイになっているんですよね。そして、良作に関わっているという実感があるときほどハイな状態は強まるんです。その間、倫理を踏み越えるような瞬間があっても、誰もが冷静に判断を下せていない。そして、現場が終わり、冷静に振り返ったとき「そういえば…」となっても、後の祭りになってしまいます。

 だから、業界内で行われている搾取などの問題について「当事者間で解決すればいい」という人もいるけど、それは暴論なんですよ。最初から有名な側、立場が上の側に利がありすぎるので。そもそも、搾取が行われないような規約の徹底、制作環境の見直しが必須だし、それでも起こってしまったときに然るべき補償がなされなければならない。そうなるには、第三者が関心を持って意見を投げかけることが重要です。『童貞。をプロデュース』騒動に限らず、搾取やハラスメントの被害者側が「当事者同士の話し合いに任せてください」なんて言うことはありませんよね。第三者だからこそ声の大きな側に流されず、問題の本質を見極めてほしい。そう思って、少しでも業界の実態が伝わればと思い、この記事を書いた次第です。もちろん、あくまで売れないライター、元映画館スタッフの意見でしかないので、「いや、自分の見聞きした話とちょっと違う」なんて声があればむしろ大歓迎です。

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