見出し画像

オヤジ連中の気持ち悪い妄想を誰も指摘できない悲惨さ―『一度死んでみた』

オヤジギャグと呼ばれる中高年の言動がどうして薄ら寒いのかというと、笑いのクオリティが低いからではない。幼稚でくだらない発言を、本人だけは本気で面白いと思っている構図がどこまでも気持ち悪いのである。しかも、ある程度の社会的地位がついてきたオヤジだと、「自分ほどの人間がギャグを言ってやっているのだから、笑ってくれないわけはない」という傲慢も見え隠れする。日本のバラエティー番組を見てみよう。お笑い芸人や大御所芸能人が下品な会話をしているとき、女性アイドルたちはひたすら愛想笑いや相槌に徹している。あのグロテスクさこそ、オヤジギャグの害悪そのものだ。

澤本嘉光というクリエイターがいる。ソフトバンクCMの「白戸家」シリーズの仕掛け人と聞けば、それなりの人がピンとくるだろう。澤本は映画の脚本も何度か務めてきた。『犬と私の10の約束』(2008)は人間がペットの気持ちを決めつけ、勝手に盛り上がる典型的な動物エクスプロイテーションだった。『ジャッジ!』(2014)はCM業界で生きる澤本が、CMを題材にしておきながら、その倫理観の危うさだけが際立つ内容だった。メロドラマとコメディ、対局の内容ではあっても両者の感覚は共通している。「犬さえ出しておけばいい」「笑いに逃げればリアリティなど必要ない」と、観客を低く見積もった態度だ。

脚本を手掛けた最新作『一度死んでみた』(2020)でも、その作劇は変わらない。たとえば、キャスティングだ。広瀬すず、堤真一、吉沢亮といった人気俳優のほか、脇役やカメオでも有名人がずらりと顔を並べる。ただ、それらが目立った効果をもたらしているわけではない。あくまでも「有名人がたくさん出ていて楽しい」と観客に思わせる以上の意味はないのである。とにかく人気者を出しておけばよし。それに飛びつかないのはトレンドに興味を持たない人間だけ。こうした作り手の態度を「広告代理店的」と称するのは広告業界に失礼だろう。流行を見せびらかして「どうだ、若々しいだろう」とアピールする姿はオヤジそのものである。

そういえば、なぜか日本映画は若手女優にロックやフォークを歌わせるのが大好きだ。『ソラニン』(2010 宮崎あおい)『覆面系ノイズ』(2017 中条あやみ)『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』(2018 吉岡里帆)―ざっと挙げていってもきりがない。『一度死んでみた』でも広瀬すずがデスメタルバンドのボーカルとしてライブシーンを披露している。別に、若者向けの青春映画でポップミュージックが題材になること自体は間違った組み合わせではない。問題は、そこに「女子がギター弾いたり、メタル衣装に身を包んだりするのってかわいいよね」というオヤジの思考が介在していることである。ここに挙げた映画を見て、作り手に音楽愛があると感じた観客がどれくらいいるのだろう。日本映画ではまるでコスチュームプレイのように、ロックやフォークが消費されていく。『一度死んでみた』はその最新にして最悪級の事例である。

ヒロインの野畑七瀬(広瀬)は父親に「死んでくれ」と叫び続ける自作のデスメタルをステージ上で熱唱する。ほとんどカラオケのような茶番だが、ひどいのはオーディエンスの描写である。ハチマキをしてサイリウムを振り続ける男たちは、メタルというよりもアイドルのファンに近い。そもそも楽曲を手掛けているのはアイドルソングの売れっ子、前山田健一だ。作り手にはデスメタルの知識も敬意もなく、「なんか面白そう」というノリで誤魔化せた90年代的な感覚だけが漂う。

こうした時代錯誤な物語構造は、テレビやCMがいまだに繰り返している無神経さと通底していると見ていいだろう。題材の神髄などどうでもいい。歴史や伝統など無視してもかまわない。ただ、表層的で笑えれば万事がOKなのだ。そして、良識ある人々なら「そんなわけはない」と理解している。『一度死んでみた』は会議室でオヤジ連中が笑い転げながら作った企画を、現場が押しつけられる悲惨さを現代に伝えてくれる作品だ。なお、『一度死んでみた』の製作はフジテレビである。

筆者が思う本作のもっともオヤジ臭い部分はクライマックスの展開だ。それまで父親に押しつけられた人生が嫌で反抗を繰り返していた七瀬は、結局、嫌がっていたはずのシナリオを受け入れる。それを大団円として映画は描き出す。「かわいい娘にはいつまでも言うことを聞いてほしい」と願うオヤジたちの理想だけが、本作のラストには込められている。そもそも、仮死状態に陥った父親が霊体になり、娘をストーキングするおぞましさにも作り手は無自覚だ。誰か、業界ではチヤホヤされているらしいCMディレクターに、脚本の気持ち悪さを指摘できるスタッフはいなかったのだろうか。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?