怠慢な引越し作業

引越しは面倒くさい。公共料金ネット回線大家に連絡廃棄廃棄廃棄。極めて面倒くさい。負けずにひたすら手を動かした。慣れてみれば片付けに己の全存在を投じる気楽さが心地よい。余計なことは考えずに、肉体と精神を取り巻く諸問題についていちいち思い悩まずに、ただ一つの存在として蠢き続ける人生がいいな。

思考停止と世間は叩くだろう。以前そう思ったので、うぶな俺は必死にこの4年間考え続けた。

ちりのような成果しか出なかった。
一定の方向性にむけて全存在を投じた経験に乏しい僕は何も語る言葉を持たなかった。
自分を偽って喋れるほどに僕は器用ではなかった。格好をつけようと言葉を弄するたびに魂が汚れ、疲労と共に、発した言葉に惹かれて自我が発散していくおぞましさを味わった。

思考という営みが空虚に思えて仕方なかった。だが先賢の哲学的な思考業は時代に革命を起こし、現世に怪しい自己啓発本が末裔となりて書店にふんぞりかえるほどだ。これだけの影響力を秘めた営みを非生産的とみなすのは冒涜だ。資格がなかったに過ぎない。方向性が悪かったにすぎない。

脳みそが空っぽで不器用なら、不器用なりに方向を決めてまっすぐ進むべきだ。脳みその中で、平和にガリ勉知識を使いながら遊んでいる場合ではないのだ。進め、生きろ。肉体を開発しろ。他に道はない


「道の最中、勝手に漏れ出た言葉以外信用できない。」

これは、僕の不毛な4年に渡る思考業によって発見した唯一の解かもしれない。

これしか見つからないのだから、他の一切は、俺の元を去った元カノも(肉付きよかったなぁもう一度抱きてえなあ)、馴染めなかったサークルも(逃げずに歌を練習したら少しは変わったのかな)、もう忘れていいんだ。安心して忘れよう。

家財道具を一掃した自室はやけに綺麗だった。
胸がすうっと晴れた。
それでも床にはこまごまとしたガラクタや必要品が散りばめられている。
なんだか片付ける気が起きない。気分転換を期待して床に転がったり、窓の外を眺めたり、ベランダでぼーっと過ごしたり、周囲を散策した。
快晴である。角部屋で南向き。日当たり良好だ。こんなにいい景色が広がっているなんて。
目の前はコンビニのバックヤードが広がっている。顔馴染みの店員がガラガラとキャスターを押している。

床を見渡した。簡単な数式だった。

ゴミ袋を持って、床に散らばる物品を結んだ最短距離を導いて、順番に、廃棄か所有か選別すればいい

合理的に考えたら簡単なのに何故か気が進まない。

ああ、寂しいんだ。

嫌な思い出しか無かったと思い込んでいた。結末は笑えないかもしれないけど、闘ったんだよ俺は。
死なないで生きたんだよ。だから今こうして空気が美味しいんだ。

多かれ少なかれ生きる理由をこの部屋は俺にくれた。失敗も成功も。

見たことない景色を見に行こう。

挫折は運命的だ。


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