親が喧嘩して離婚し、私は母と兄と三人で暮らすことになった。

ある日、母がリビングで携帯をいじりながら、「1980年ころ、お兄ちゃんを妊娠してたとき、わたしは大学四年生だったわけだけど、めちゃくちゃ熱が出て大変だったの。調べたら、Dっていう感染症でね。結局大事には到らなかったけど、どこでうつったんだろうってすごく怖かった。自分が人混みに出たせいかもなって罪悪感に苛まれもした。でもいまなんとなく調べてみたら、Dって主に唾液で感染するんだって。てことはあいつのせいだわ」と元夫、つまり私の父に恨みごとを垂れた。

でも確定はできないよ、と私は言った。唾液というだけでは、父かどうか解らない。通行人の飛沫がかかっただけかもしれないし、と。そのように言ったのは、両親のあいだで感染症が行き来したことを、どこか気持ち悪く感じたからだ。認めたくなかったから。

母は携帯から目を離さずに言った。「でもさ、あんたDの別名知ってる? キッシングディジーズだってよ」

ハワイが危機になったらハワイキキなんですかね?